第15話 好敵手との別れ
「イェーガー大佐、君には死んでもらおう。生かしておいては、ロマルク帝国の脅威となるかも知れんしな」
ウラディミルは、拳銃をホルスターから取り出すとオイゲンの眉間に銃口を突きつける。観念したオイゲンは目をつむり、殺される時を待つ。
「魔王まで出てくるとはな。‥‥あいつとの約束を守れずに死ぬのは無念だ。許せ、リース愛しき女性よ」
そんな弱音を吐いた上司を見たベルントは、声高にウラディミルにくってかかる。こんな所でオイゲンは死ぬべき男ではない。そう強く思ったからだ。
「レノスキー少将閣下! ここで我らを殺せば、ロマルク帝国は大損しますよ。何故なら、イェーガー大佐が作られた英雄となるからです。賢明なる閣下ならお分かりになるはず!」
その言葉に、ウラディミルの持つ拳銃の引き金は止まった。頭をフル回転させ、イェーガー大佐を生かすか殺すかを改めて考えているようだ。思案するウラディミルを前に、レオナルドは意見具申を行う。
「レノスキー少将閣下、彼の言う事は一理あると思います。戦好きのドラーム皇帝は、イェーガー大佐の死を国家に殉じた英雄として称えるでしょう。国民感情を煽るのはお得意な方ですからね」
レオナルドの意見に、苦虫をかんだ表情を浮かべるウラディミル。ドラーム皇帝フリードリッヒ4世は、大の戦好き。現在ドラーム帝国は、ロマルク帝国とフラメル共和国との2正面作戦を展開している。
自国の領土を更に広げんと画策する彼は、オイゲン=イェーガー大佐の死を格好の口実とするだろう。自国民を煽る演説を行う可能性は極めて高いと言える。
「フォンターナ特務大尉、君の意見は正しい。『我々は英雄を失った。これで戦いは終わりなのか、違う! これからが戦いなのだ』とか言いそうではあるな。あの戦馬鹿は」
ウラディミルの言葉に、ドラーム帝国兵士達がため息をつく。敵国の士官にすら皇帝の戦馬鹿ぶりを理解されている事に。国民としては、そろそろ休戦して欲しいと言うのが切なる願いだ。
「と言う訳で、君達は解放する。食糧や寝袋は渡すから友軍と合流したまえ。確か、南に5キラル行けばドラーム帝国軍の陣地があるはずだ」
拳銃をホルスターにしまい、ウラディミルはドラーム帝国軍の位置を教えた。ベルントは安堵の表情を浮かべ、オイゲンは憮然とした表情を崩さない。
オイゲンを捕らえる事も考えたが、部下に慕われている彼を捕らえれば、彼の部隊が死に物狂いで奪還に挑む危険を伴う。リスクを考えれば諦めざるを得ない。ウラディミルが結論を出す中で、レオナルドはドラーム帝国軍人達に向けて大声で話かける。
「陣地に戻ったら、味方に伝えて欲しい。敵の輸送部隊には精鋭が混じっている。その部隊には腹ペコ死神と閃光ボルフがいるとね。今までの陣容では返り討ちにあうのは必至だ。だから、輸送部隊を攻撃する時は兵力を増やした方が良いと」
レオナルドからの発言に、ドラーム帝国の軍人達は戸惑っている。だが、発言の意味を分かった者もいた。
「前線の兵力が足りなくなるな。そして、ロマルク帝国の兵站線を切るのは難しくなる」
「兵の士気も下がるでしょうね。腹ペコ死神と閃光ボルフ、2人同時に戦いたいって変態。そうはいませんから」
今まで、比較的簡単だった輸送部隊の襲撃。これからは、運が悪いと部隊全滅の危険が出てくるだろう。攻撃に躊躇する将兵も現れ、いつまでも兵站線が切れぬまま戦闘は継続。
増援や物資がロマルク側の前線に難なく流れるのは自明の理だ。結果、味方の兵士だけが疲弊し、ドラーム帝国側の前線が崩壊しかねない。
「すかした顔して恐ろしい事を企む男だな。レオナルド=フォンターナ特務大尉、君の名は覚えた。また戦場で会おう。今度は俺の部隊全員で相手をしてやる。覚悟しとくんだな」
「ロッテハイム准将が、横流しの件が外部に漏れる事を恐れてましたからね。少数の兵力しか動かせなかった、それが今回の戦闘の敗因です。だから、次こそは‥‥。いや、次は無い方がいいや。もう魔王と腹ペコ死神と戦いたくないし、命は惜しい」
ベルントの言葉に肩を落とすオイゲン。だが、それは部下達全員の代弁だ。皆がうなずいている中で、彼を叱るに叱れない。
「ベルント君、本音をぶっちゃけすぎだぞ。確かに俺も戦うのは嫌だけどさ。敵の前では弱音を堪えたまえよ」
漫才のような会話をしながら、悠然と歩み去っていくオイゲン達。そんな彼らの姿をレオナルド達は眩しげに見送る。ドラーム帝国、未来の英雄の姿を想像しながら。皆が感慨にふける中で、ウラディミルはレオナルドにある決定事項を伝えた。
「フォンターナ特務大尉。帝都に帰還後、君の部隊は凱旋パレードに出てもらう。残念ながら我々は敗北した。故に英雄がいる。君には悪いが、作られた英雄になってもらうぞ」
「やれやれ。時代は移り変わっても、昔から権力者が考える事は変わらずですね。拒否も出来ませんし、しっかりと英雄を演じてみせましょう」
「ふん。頼んだぞ、英雄殿」
こうしてリブニク戦線においてロマルク帝国の敗北に終わった。だが、この戦いがドラーム帝国に与えた負の影響は大きい。エルザやボルフの影に怯える兵が増えた結果、兵站線に対する攻撃能力が低下。以後、ロマルク帝国に対し苦戦が続くようになってしまう。
ドラーム陸軍軍法会議にて
オイゲン「ロッテハイム准将の命で、少数の重戦車隊で出撃せざるをえませんでした。しかも、戦った相手が先読みのレオナルド、腹ペコ死神エルザ、閃光ボルフに加え、魔王ウラディミルです。ご列席の方々の中で、彼ら全員と戦って勝てると言う方はいらっしゃいますか?」
「「「「無理、無理!!」」」」
「‥‥イェーガー大佐、今回の失態は不問とする。状況も不利な上に、今回は相手が悪すぎたからな。ただし、ロッテハイム准将の横領を暴いた功績は取り消す。これにて閉廷とする」
オイゲン「命あっての物種だからな。しかし、よく生き残れたもんだ。フォンターナ特務大尉には借りが出来た。いつか返さないとな」




