第14話 魔王降臨
「ゼリシュ中尉、君は悪魔か何かか? 敵の俺から見ても、ブレディエフ大佐が悲惨すぎると感じたんだが」
オイゲンの非難を受けても、グレゴールはまるで動じない。むしろ、怒りの表情を浮かべて反論する。
「‥‥不正を見つけた私を左遷させ、私の家族をも消そうとしましたからね。そりゃ、あの豚に不寛容にもなりますよ! それよりイェーガー大佐。こちらを受け取って下さい。気絶しているロッテハイム准将の取引先と横流しの売買書類です」
そう言ってグレゴールは、オイゲンに書類を渡す。オイゲンは、書類をすぐに読み始める。物資の売買記録と売買に関わった商人のリストだ。これを見たオイゲンはある決断を下す。
「ふむ、分かった。ブレディエフ大佐を連れていくのは諦めよう。しかし、ドラーム帝国にとって君達は危険すぎるようだな。残念だが、ここで倒させてもらう。主砲、用意!!」
オイゲンは、戦車の主砲をレオナルド達に向ける。うろたえるレオナルドの部下達。しかし、レオナルドのみは冷静であった。その時、彼らの後方から黒い軍服姿の兵士達が現れ、オイゲン達に突撃銃を向ける。
「イェーガー大佐。今のうちに未来の脅威を消そうと考えましたか。悪くない選択です。ですが、少々遅すぎましたな」
「た、大佐ああ! 敵に、敵に囲まれてますう。兵数は1000近くいますよ。戦車に戦車砲、榴弾砲まで確認できます。このままじゃ、逆に我らが壊滅の憂き目にあいますよおお!」
「ちっ、そういう事かよ。交渉で時間を稼ぎ、援軍を待つ。常套手段を見抜けないとは情けねえ!」
落ち着きを取り戻したベルントの言葉に、舌打ちをするオイゲン。そしてレオナルドを睨み付ける。どうやら、この状況も計算していたようで本人は涼しい顔だ。両軍が緊迫する中で、指揮車が1台滑り込んで来た。後部座席から降りてきた人物を見て、ベルントは恐怖する。
背は高く、細身で筋肉質な体を持つ男は黒の軍服を完璧に着こなしていた。カミソリのように鋭い眼光、冷厳なる表情を浮かべて歩いて来る人物。彼の名をドラーム帝国軍人で知らぬ者はいない。ロマルク皇帝の懐刀にして、皇帝直属の情報機関影の騎士の隊長。その知謀は人知を越えると恐れられ、ある異名で呼ばれる事の多い男であった。
「ま、魔王。腹ペコ死神に続いて、魔王ウラディミル=レノスキーの登場。終わった、僕の人生‥‥」
「噂に名高い影の騎士の隊長さんかよ。今日は厄日にも程があるな、おい」
悪態をついているオイゲン達の前に、ウラディミルが立った。その顔を見るに少し笑みを浮かべている。オイゲン達を出し抜けた事が愉快なようだ。
「君が突風オイゲンか。噂に名高いドラームの英雄に会えて嬉しいよ。はっはっは、だが残念だったな。君の企みは邪魔させてもらおう。まずはロッテハイム准将を渡してもらおうか」
「ちっ、最悪すぎるぜ」
「ううっ、だから帰りたいと言ったのにいい!」
指揮車に続き、兵員輸送車も戦場に到着。次々と兵士達が降りて来て、ドラーム帝国兵を捕まえていく。この後、ドラーム帝国兵は武装解除の上、解放する手筈である。捕虜を帝都までの輸送が大変だからだ。それに、敵地を早く離脱したいという事情もある。
「フォンターナ特務大尉、任務ご苦労だった。今回の功績は大きい。ブレディエフ大佐とロッテハイム准将を捕らえ、前線の兵士を救い、イェーガー大佐の重戦車を手に入れたのだからな」
「ありがとうございます。しかし、レノスキー少将閣下。私だけの力ではありません。戦闘ではヤルステイン少尉とスタンコ軍曹。事務ではエシェンコ大尉とゼリシュ中尉の力があってこそです」
レオナルドに言われた面子が敬礼でウラディミルに応じる。それを見た彼は皆に近付き、ある人物の前で止まった。
「ふむ、君達もよく頑張った。この事は陛下にも伝えておこう。そうそう、スタンコ軍曹。今度は私達が勝つ。精々腕を磨いておく事だな」
「レノスキー少将閣下、ご安心を。私は前線で戦い続けてますから。腕が上がるのはともかく、下がる事はありえません」
「‥‥そうか。君との再戦が実に楽しみだな。フォンターナ特務大尉。良い部下を持ったものだ」
ウラディミルはうなずき、敬礼を返す。そして、捕虜となったオイゲンとベルントの所へ再びレオナルドと共に向かった。後に残された者達はといえば‥‥。
「あれがレノスキー少将閣下か。皇帝陛下の親友にして、娘婿。敵味方共に敵に回せば、号泣する程に悲惨な目にあうという。スタンコ軍曹、君は閣下を知っているのか?」
「こ、怖すぎる。レオ君、どうして普通に接してるのよ。そういえば、貴女! レノスキー少将閣下と知り合いなの?」
グレゴールとアーンナが怯える中で、エルザは平然として答える。
「知ってる。相変わらずの鉄仮面ぶりね。以前、戦った時よりもおそらく強い」
「エルザ。頼むから強そうな奴に出会ったら、すぐ戦うのは止めてくれ。命がいくつあっても足りんぞ」
エルザとボルフの会話に、グレゴールとアーンナは仰天した。何せ、魔王と腹ペコ死神が戦ったのだ。どんな地獄が展開されたか、考えるだけでぞっとする。
「レノスキー少将閣下とスタンコ軍曹が戦った理由は?」
「模擬戦で影の騎士部隊と戦ったんだが、エルザの奴が部隊の半分を倒してしまいましてね。レノスキー少将閣下直々に勝負を挑んできて、対決。勝負は決着がつかず、引き分けですよ」
「あの魔王と引き分けですって! どんだけ強いのよ、貴女」
「世界は広かった。もっと強くならないといけない」
エルザは再戦に向け、気合いを入れ直す。そんな彼女を見て三人は同じ事を思った。
(((これ以上、強くなってどうすんだ(のよ)。ドラゴンでも倒す気か!!)))
魔王、レノスキー少将に対する隣国の反応
ドラーム帝国
「お父さーーん、魔王が来るよおお。策略と暗殺諸々を仕掛けてくる! 領土削られる。助けてくれええ」
トルド帝国
「聖戦を恐れはしない。神の信仰の為なら命は惜しまない。‥‥あれ?ロマルク帝国に送った、うちのアサシンと連絡つかない! しかも、何故か我が国でテロが続発してるし。止めてくれ、魔王。謝るから民族対立を煽らないでくれ!!」
イダルデ解放軍
「お母さーーん、魔王が来たああ。何故か解放軍の情報がただ漏れなんですけど。‥‥エレナちゃん、何? 解放軍の幹部の名前が聞きたい? 教えてあげるよ、シニョリーナ。今晩は帰してあげないからね」
ノルディン連合王国
「‥‥あーーあ。何で死神と魔王なんて英雄が隣国にいるのかしら。ねえ、宰相。退位したいんだけど、駄目? 私の胃がもう限界なのよ!!」
ズヴェース連邦
「‥‥腹ペコ死神と同じ匂いがするな。いいか、お前ら。出来れば戦場では戦闘を避けろよ。死にたくなければな」




