第13話 会談と悪魔
春の暖かな日差しが、火薬の臭いと死臭がたちこめる凄惨な戦場に降り注ぐ。そんな中でオイゲンとレオナルドは、残兵をかき集め対峙する。互いに戦力を減らし、もはや戦える状況ではない。
そこで主だった人物のみで交渉を行い、一時的な停戦を結ぶ事にした訳である。ドラーム側はオイゲン。ロマルク側はレオナルドが代表となり、会談が始まる。ちなみにロッテハイム准将は、あまりの凄惨かつ見事な自軍の惨敗ぶりに気絶してしまっていった。
「私はロマルク帝国陸軍兵坦部所属、レオナルド=フォンターナ特務大尉です」
「俺はドラーム帝国陸軍所属、オイゲン=イェーガー大佐だ。しかし、とんでもない輸送部隊だな。腹ペコ死神に閃光ボルフまでいるとは」
閃光ボルフはドラーム帝国にとって、腹ペコ死神の次に戦いたくない相手として知られる。少数の部隊で奇襲をかけ、多くの部隊を葬ってきた。輸送部隊を主に狙い、ドラーム帝国軍の兵坦計画を大いに狂わせた人物として悪名が高い。
「私が部隊に加えました。私が成すべき事をなすには、どうしても必要な人物ですからね。実力に関しては、イェーガー大佐も見ての通りですよ」
レオナルドが部隊を組織する時、真っ先に選んだのがこの2人だった。エルザは一騎当千の戦闘力を、ボルフは指揮能力を見込んでの事だ。レオナルドは共に戦った結果、2人の実力を大いに見くびっていたと反省しきりであったが。
「この2人を御せるだけの器量を持つ男とはな。どうやら、かなり使える男のようだ、君は」
「恐縮です。突風オイゲンの異名を持つイェーガー大佐には負けますが。それに私はまだ何も成し得てません。まだまだ未熟な軍人ですよ」
オイゲンは、目の前にいる青年士官を見て思う。侮れぬ男だと。己の実力を誇る訳でもなく、他人の実力を素直に認められる。若い時にこういった態度をとれる人間は、そうはいない。
「なかなか謙虚であるな。さて、交渉を始めよう。単刀直入に言えば、護送車にいるブレディエフ大佐を引き渡してもらいたい。それだけで、我らは引き下がろう。どうかね?」
「何故、ブレディエフ大佐を? 理由をお答え願いたい」
レオナルドの問いかけに、苦々しい表情を浮かべたオイゲンはある人物を指差す。見れば、気絶しているモーゼスを軍人達が軍用トラックに乗せる所だった。涙や鼻水等が垂れ流され、軍人にあるまじき醜態をさらしている。
「今、あそこで気絶しているロッテハイム准将の余罪追求の為さ。何せ、敵国の軍人とあこぎに金を儲けていたからな。許容量以上に」
「‥‥なるほど、国は違えど同じような悪行に手を染めていた訳ですな。軍人としての前に、人として恥ずかしいですね」
オイゲンの話では、モーゼスは手にした金の4割を着服していたらしい。その金は、彼の趣味である美術品収集に使われたようだ。話を聞いたレオナルド達もげんなりする。どこの国でも人間がやる事は変わらない。そう実感したからだ。
「イェーガー大佐、グレゴール=ゼリシュ中尉です。残念ですが、ブレディエフ大佐は引き渡せません。ロマルク帝国としても聞きたい事は多いのです。また現在、大佐は引き渡せる状態ではありません」
「‥‥ロマルク帝国でも名高いデスクワークの鬼か。この部隊、本当に人材の宝庫だな。それで? 大佐を引き渡せない理由は何だ」
オイゲンの問い掛けに、グレゴールは呆れた様子で答える。
「ブレディエフ大佐は、私の尋問に耐えきれず寝込んでましてね。唐辛子を鼻に突っ込んだり、足の傷に唐辛子を塗って水をぶっかけただけなんですが。あの豚、面の皮は厚かったが強靭な精神力は無かったようですな」
「そのあとは衛生兵に面倒を見させていますが、誰か近寄るたびに『うわああ、来るな。唐辛子は止めろおお!!』と絶叫してます。自業自得?」
グレゴールとエルザの話を聞いたオイゲン達は顔をひきつらせ、押し黙る。それは、尋問じゃなくて拷問だ。しかも、殺意がありすぎる。ドラーム兵全員が考えた事は同じであった。
((((こいつは、キレさせたらヤバい))))
何とも言えない空気の中でベルントが発言する。
「た、隊長。どうしますか? このままロッテンハイム准将を回収して帰っても構わないんじゃあ」
確かにベルントの言うとおりだった。この敗北の原因を作ったのは馬鹿准将である。ここで撤退したとしても、罰を受けるのは彼が主であろう。しかし、それでは部下達の死が無駄になってしまう。何らかの功は挙げねばとオイゲンは思っていた。
後に彼はこの判断を後悔する事になる。なぜなら、とんでもない人物が参戦したからだ。ドラーム帝国が恐れる魔王の降臨は近い。
帝国軍の人物年齢
オイゲン=イェーガー(30)
ベルント=シュルツ(18)
モーゼス=フォン=ロッテハイム(32)




