幕間 エルザとの約束
リブニク基地での一幕。レオナルドとエルザの距離が縮まるきっかけ。
レオナルド達は明日リブニク基地を出発する事になった。敵司令官ロッテハイム准将を誘い出し、彼を捕らえる為である。物資横流しの主犯たるブレディエフ大佐を餌にした、この作戦。レノスキー少将からは、確実にロッテハイム准将が出て来るとのお墨付きを得ていた。
『ロッテハイム准将も身の破滅を座して待つ程、愚かでは無い。秘密保持の為、少数の兵で来るだろう。君達でも迎え撃てるはずだ。私達も後から援軍に向かう』
レノスキー少将の援軍は来るが、部隊としては初めての実戦だ。不安を感じたレオナルドは、明日に備えて武器弾薬と作戦内容の確認を行う。それが終わり、軍用トラックの近くで腕時計を見た時には夜の10時を過ぎていた。
「‥‥隊長」
宿舎からエルザが出て来て、そう声をかけてきた。寝ていたようで、軍服ではなく黒シャツに短パン姿だ。その姿を見て、レオナルドの心が騒ぐ。
エルザを見て、かつての恋人を思い出してしまった彼はすぐに感情を抑えた。レオナルドにはやるべき事がある。それを果たすまでは自分の幸せを考えないと心に決めたからだ。
「‥‥スタンコ軍曹か。どうした? そんな格好では風邪をひくぞ」
そう言って、レオナルドはエルザの体に着ていた外套をかける。優しくされたエルザは嬉しそうにレオナルドへと礼を告げた。
「ありがとうございます。私が聞きたいのは明日の作戦の事です。隊長、成功の可能性はありますか?」
「成功させてみせる。ただ、物事に絶対は無い。成功率を高める為、小さい事の積み重ねを繰り返すだけさ」
「‥‥どうして私を狙撃手にしたんですか? 隊長も私を前に出して暴れさせるかと思ってましたが。多くの士官が私をそうやって使い、勝利を手にして来ましたけど」
確かにエルザの戦歴を調べてみると、まず彼女を最前線に配置。エルザが兵を倒す様を見せつけ、恐怖と混乱で敵の士気を下げる。最後に部隊を攻め込ませていくという展開が多い事にレオナルドは気付いていた。だが、それはエルザに多大な負担を強いる戦術でもある。
「私の部隊に新型の対人、対戦車ライフルが支給されている。スタンコ軍曹、君は狙撃の腕もかなり優秀だと聞いているからな。この配置の方が敵の動きに対し、臨機応変に対応出来るはずだ。それに‥‥」
レオナルドはそう言ってエルザを見つめる。目の前にいるのは死神と言われても、まだまだ18歳の少女だ。まして、かつての恋人に似ている女性である。前任者達と同じように、捨て駒として使う気はレオナルドには全く無かった。
「女の子を前に出し、後ろから高みの見物をする趣味は無い。しかも、かわいい娘なら尚更だ。私の気分も悪いからな」
「‥‥な、何言ってるの? わ、私を口説くつもりですか?」
「いや、そうじゃない。君のような女性を昔好きになった事があるのさ。君に似て無愛想だったが、優しい所は同じだからな。スタンコ少尉を見ていると思い出すよ」
エルザは顔を赤らめ、動揺を隠せない。今まで、セクハラ紛いの口説きは経験した事はあるが、そういった輩は物理的に排除してきた。だが、ここまで真剣に口説かれるのは始めてである。エルザの理性が溢れる感情を抑えきれない。その感情を否定すべく、彼女は声を荒げる。
「隊長の目はどうかしてるわ! 私はがさつで生意気な女。なによりその娘とは違う人間ですから!!」
「そうかな。普通にかわいいと思うが? 君には君の良さがあるからな。それより、今回の作戦は君の負担が大きい。個人的にお礼もしたい。私に出来る事があれば、なんでも協力するぞ」
「‥‥だったら、1ヶ月ご飯食べさせて下さい。隊長の手作りでお願いします。出来ませんか? 出来ませんよね」
エルザはレオナルドを試す為、あえて無理難題を頼む。自分の食事量を知ると多くの男は逃げ腰になった。過去の経験からエルザはそれを知っている。だが、レオナルドの答えはまるで違っていた。
「そんな事で良いのか? 実家に相談すれば、量も何とかなりそうだ。私、レオナルド=フォンターナ特務大尉はエルザ=スタンコ軍曹の食事を1ヶ月間作るとしよう。料理を作るのが好きだが、1番好きなのは食べた人の笑顔を見る事だ。君の笑顔は素敵だからな。腕の振るいがいがあるさ」
レオナルドは笑いながらエルザの要求をあっさり認めてしまう。そんな彼の答えを聞いて、エルザの心に大きな変化が起きた。ようやく死神では無い自分を見てくれる男が現れた事の喜び。
そして、男が欲しいと言う強烈な欲望が心の奥から溢れてくる。今まで生きてきた人生の中で初めての感情を抱き、エルザは戸惑いを覚える。
(何、この感情。私が男を好きになるなんて信じられない。だ、駄目。我慢出来ない。‥‥隊長が、タイチョウガホシイ!!)
このままだと、エルザはレオナルドを押し倒してしまいそうだった。しかし、時期尚早だと考えたエルザはレオナルドから離れる事にする。心の中に住み着いてしまった強大な獣を抑えこんで。
「ありがとう、隊長。あとプライベートの時はレオって呼んで良いですか? 私の事もエルザって呼んでも構いませんので」
「あ、ああ。私は構わないが、君は良いのか?」
エルザの変わりように驚くレオナルド。そんな彼は彼女のお願いをあっさり聞いてしまう。受け入れた結果、エルザの心はレオナルド一色となってしまった。それを彼はまだ知らない。
「構いません。じゃあ、明日の作戦頑張ります。外套はお返ししますね。おやすみ、レオ」
エルザは外套をレオナルドに返すと兵舎に急いで戻った。部屋に戻るとベッドに潜り込む。寝具の中でエルザは服越しに自分の体を手で触りだす。
小さな喘ぎ声を出しながら、エルザはレオナルドに抱かれる自分を想像する。レオナルドに蹂躙される自分を思い描き、指を激しく動かすエルザ。汗だくになった服を脱ぎ、裸になった彼女は、遂に絶頂を迎える。
「レオ、私はモウ‥‥。ウウッ、アッ!」
エルザの体は震え、声が途切れる。汗が吹き出し、息も荒くなっていた。だが、エルザの顔には満ち足りた表情が浮かんでいる。しばらくして、彼女はゆっくりと体を起こす。
「‥‥シーツ、汚してしまった。明日爆破するし、いいかな? それにしても、私が男に抱かれる事を想像するなんて。レオが欲しい、ホシイヨ。カレノコドモガ‥‥」
その表情は獲物を狙う狩人のそれだった。舌なめずりし、恋する男の名をつぶやくエルザ。彼女は気付かない、自分の瞳が赤く輝いている事に。
「はっ! お、落ち着かないと。一瞬、自分が自分じゃなくなりそうで怖かった。‥‥レオ、絶対に手に入れてみせるから。覚悟してね」
その頃、レオナルドは急に寒気を感じた。肉食の獣に教われる前の獲物のように。周りを見渡すも誰もいない。しかし、明らかに何者かの強烈な気配を感じた。
「何か寒気がする。明日も早い、私も寝るとするか」




