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左遷からの成り上がり  作者: 流星明
第1章 左遷からの復活
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第9話 リブニク撤退準備

「撤退か‥‥皇帝陛下も軍務省も何を考えとる!! あたら兵を無駄に殺しただけで撤退などと。だとすれば、この戦に何の意味があったと言うのだ!?」


リブニク基地内にある会議室。怒ったアレクサンドルは、机に拳を思い切り叩きつける。机の上に置いてあった花瓶等が床に落ち、割れる程の衝撃だ。


レオナルドが物資と共に預かっていた軍務省からの指令書。それをアレクサンドルが読み、激昂しているのが今の状況である。


「レーム少将閣下。さぞ無念とは思いますが、リブニク放棄は決定事項であります。帝国軍情報部と影の騎士から、同じ情報が入って参りました。この地にドラーム帝国が全面攻勢を仕掛けるようです」


「‥‥その数は?」


驚きの情報を聞いたアレクサンドルは冷静に対応する。怒りをすぐに押し殺せた所は、さすが歴戦の名将であった。


「兵力5万に加え、ドラーム帝国軍が誇る重戦車部隊も投入して来るようです。リブニク基地周辺は平地ですので、これといった遮蔽物や障害物も見辺りません。故に策はあまり意味を成さず、兵力の多寡がそのまま勝敗に直結します。また、兵士もロマルク帰還への思いが強く、士気も低い。とても戦になりません」


対抗するには数多くの塹壕を作るか、援軍を呼ぶかしかない。しかし、こちらにそんな時間はある訳が無い。となれば、デュルク山脈にあるローグ要塞まで後退し、追撃してきた敵を包囲殲滅するのが上策である。


レオナルドは怒れる戦鬼に作戦計画の説明を行う。激昂していたアレクサンドルもようやく落ち着いたらしく、椅子に深々と腰かける。


「‥‥故に、デュルク山脈を防衛ラインとするか。陣地構築も既に完了しておるとは、こうなる事を予測していたようじゃな。フォンターナ特務大尉、誰が言い出したか分かるか?」


リブニクの北にあるデュルク山脈は、かつてロマルクとドラーム両国の国境線であった。3年前よりロマルク帝国軍がドラーム帝国領内に侵攻。一進一退の攻防を続けていたが、ブレディエフ大佐の怠慢と将兵の疲弊を鑑み、帝国上層部は撤退を決断する。それを主導した人物の名は‥‥。


「ウラディミル=レノスキー少将閣下であります。ブレディエフ大佐を血祭りにし、貴族出身の無能を徹頭徹尾これを排除する。補給線の維持が難しいリブニク戦線を後退させ、デュルクラインで防衛する戦略に転換すると主張し、皇帝陛下よりも勅許を得ております」


「合理主義者の奴らしいわ! だが現実は変えられんか。ここに至っては、撤退せざるをえんな。既にリブニクへ通じる敵側の橋はことごとく落としておいた。この基地を爆破して、速やかに撤退するとしよう。多少の時間稼ぎにはなるはずじゃ」


撤退と決断したからには、すぐに行動するアレクサンドル。食事と補給を済ませた部隊から撤退を開始させる事にした。彼の部隊は最後まで残って殿軍を務めるらしい。


一方、レオナルドの部隊は司令室で証拠書類を押収していた。ブレディエフ大佐が、まだ隠している事柄があるかもしれないからだ。


「書類は全部運び出してくれ。あの豚大佐、裏社会どころかドラーム帝国の連中とも取引してるじゃないか!」


憤るグレゴールに対し、アーンナは売買記録を見て驚いていた。相場以上の値で取引を成立させていたからだ。実家が商会である彼女。父親並の商才を持つデミトリに、少し感心してしまう。


「随分と手広くやってるじゃない。しかも、利益をかなり出しているわ。見た目はよろしくないけれど、商才だけはあったみたいね、彼」


「‥‥エシェンコ大尉。感心してる場合じゃありません。さっさと手を動かして下さい。時間が無いんですから」


作業の手が止まっていたアーンナにエルザが注意を促す。時間が差し迫っているのだから当然の指摘ではある。だが、部下からの叱責。特にエルザに言われたのが、彼女にとっては面白くない。


「うるさいわね。言われなくても分かってるわよ、スタンコ軍曹」


アーンナは、ふてくされながらも書類を部屋から運びだす。それを見送ったエルザは、ふと壁の本棚に違和感を覚える。そして、本を片っ端から取り出し始めた。


「どうした、エルザ? 何かあるのか」


「金目の物のにおいがします。これかな?」


ボルフにそう答え、エルザは本に似た物体を奥に押し込んだ。音がすると同時に、本棚が横に動く。エルザが本棚を最後まで動かすと金庫が現れた。エルザが拳銃で鍵を破壊し、大きな扉を開けると大量の金塊が積まれている。司令室にいた人々がどよめく中で、エルザはグレゴールに尋ねた。


「この金塊も没収しますか?」


「ああ、頼む。横領していた物資の代金を金塊に変えていたか。しかし、よく分かったな? 隠し部屋を見つけるなんて、大したものだよ」


「こういう物を見つけるのは得意なので。昔とった杵柄です」


エルザの言葉に苦笑するボルフ。昔のエルザは、貧民街では知る人ぞ知る女だった。男張りの身体能力で悪党どもから金を巻き上げ、貧しい人々に施していた義賊をしていたからだ。


(エルザに困り果てた連中が、裏社会のドンに泣きついて軍に強制入隊させたんだよな。報復しようにもエルザと仲間が強すぎて、逆に始末されそうになっていたし。まあ、エルザにとっては天職なんだがな。実戦経験を積んだせいで、益々強くなっちまった。強いわ、女らしく無いわで、嫁の貰い手なんてあるのかねえ)


そんな事を考えていたボルフの前に、いつの間にかエルザが立っていた。笑顔ではあるが、目は笑っていない。考えていた事を本能で察知したらしい。


「ヤルステイン少尉、殴っても良いですか? 何故かイラっとしたんですけど」


「おい、よせ! お前の拳は凶器だぞ。戦場で何人殴り殺したと思ってやがる?」


エルザは格闘戦も得意で、敵兵と組み合っても軽く倒してしまう。銃器の扱いも帝国で右に出る者はいないと言われ、ロマルク帝国最強の女兵士として、皇帝直々に勲章を授与された。腹ペコ死神の異名が生まれた瞬間である。そんなエルザがボルフを殴るべく、凄みのある笑顔で距離を詰めてくる。


「うーん、100人からは数えてない。大丈夫、気絶するだけにしますから」


「気絶するのも嫌なんだよ!!」


その後、何とかエルザをなだめたボルフ達は書類や金塊をトラックへと移送。これらの証拠が後にブレディエフ大佐を更なる地獄へと落とすのだが、まだまだ先の話である。




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