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こたつの魔女とわたしの瑠璃色の芋虫

作者: マルタ

 こたつは昔から魔物という。いったん入ったらその魔力にとらわれて、コタツムリになってしまうのだ。


 年が改まってお正月。わたしは実家のこたつでだらだらごろごろと寝正月を満喫していた。



 ――あんた、いい人はいないの?



 新年一発目に実の母からかけられた言葉がこれ。


 大学を卒業して四年目。まわりの友達が次々に結婚し、親からの結婚しろ圧力も年々キツくなってきた。なんとか就いた仕事もいつまでたっても最低賃金に毛が生えたような給料で、上がる見込みもない。


 もう人の親になっている友だちもいる。順調に人生のステップを踏んでいるようにみえる友だちに会うのが、このごろではちょっと怖い。



 絵に描いたような幸せの「圧」みたいなものに、息が止まりそうになるのだ。四捨五入したらもう三十路なのに、あかるい将来がみえなくてため息が止まらない。


 ゆううつなことはいろいろあるけれど、すべて頭の片隅に追いやって今はこのあたたかさに浸りたい。


――あー、もう。ここではないどこかにいきたい。


 あたまの奥がぐぅーっと重くなって、うとうととまぶたが落ちてくる。




 このまま夢の世界に旅立つのかなって思ったとき、わたしはハッと目を見開いた。こたつのなかの足が、なにかものすごい力に引っ張られているのだ。


 あわててこたつ布団をめくってみると、こたつの奥が果てのない闇になっていた。そこにゴオオォと猛烈に渦巻く空気が吸い込まれていく。こたつが巨大な掃除機かブラックホールになったみたいだ。


 バタバタと空を蹴るもなんの効果もない。音を立ててはためくこたつ布団にひっしとつかまる。しかし、わたしのひ弱な握力じゃいくらも持たなかった。わたしはあっけなくこたつの奥に吸い込まれてしまった。




 ◇◇◇




「あらら。どうしましょう」



 気がつくと、わたしは見知らぬ女性に顔を覗きこまれていた。

 その人はとてもうつくしく、年齢不詳だった。顔はゆでたまごみたいにつるりと皺ひとつないのに、古木のようなふしぎに老成した雰囲気につつまれている。


 神秘的な藤色の瞳に、長い黒い巻き毛を色とりどりのリボンとともにゆるく編み込んでいる。それに、毛織りのあたたかそうな紺色のワンピースを着ていた。



 慌てて身を起こすと、そこは本当にまったく見覚えのない部屋だった。


 全体に居心地の良さそうな空間だ。


 壁は丸太がむき出しで、昔キャンプで泊まったバンガローを思い出す。家具はすべてカントリー調で統一されていて、電化製品やプラスチックのたぐいは一切ない。

 そのかわり、テーブルの上には燭台、棚にはポップな花の絵のカップやポットがあり、天井からはいい香りのするドライフラワーの束がいくつも吊り下げられていた。床には幾何学的な模様の絨毯が敷いてあり、ビタミンカラーの刺繍が楽しいクッションが並べてある。


 全体におとぎ話の絵本に出てきそうな部屋だ。

 

 そして、部屋の真ん中にはなんとこたつがあった! デデーン、と鎮座ましましてる。カントリー風の部屋にこたつ。違和感がありそうなものだけど、とってもしっくりしている。

 わたしは部屋の真ん中にのこたつに下半身を突っ込んで気絶していたのだ。他人の家で。


 なんて言ったらいいんだろう。わたしは夢を見ているのか。

 

 こたつに吸い込まれたら、知らない人の家のなかに居た。なにを言っているのかわからないと思うけど、わたしだってわけがわからない!


 わたしは目の前で目を丸くしている見知らぬうつくしい人(おそらく家主だろう)に必死で弁明した。


「まさかこんな。誓っていうんですけど、わたし間違ってここに来ちゃったみたいなんです。不法侵入とかするつもりなんてなくて、わたしはただ実家のこたつに吸い込まれてしまっただけなんです」


 自分でもバカみたいな釈明だと思った。けれど予想に反して、女性はあっさりうなづく。


「わかっているわ。またこたつが気まぐれに人を飲み込んでしまったのね。困ったことね」


「???」


「窓の外をごらんなさい。ここはあなたの世界じゃない」



 女性が指差す先に顔を向けると、可愛らしいカーテンのかかった出窓があった。花の鉢植えのあいだに手をついて身を乗り出すと、分厚い窓ガラス越しに歪んだ月がみっつあった。


 えっと思って、窓を押し開けてよく確かめてみる。

 漆黒のベルベッドに銀砂を散らした星空を背景に、真珠の月がみっつ浮かんでいた。えー、なんだこれ、なんだこれ。月がみっつもある奇妙な星空のすみには暗い色合いの虹のカーテンがゆらゆらしていて、あれがオーロラなんだろうかと思う。


 ぱっかーん、と開いた口がふさがらない。見たことも聞いたこともない、背筋がうすら寒くなるようなうつくしい空だ。



「あなた、名前は?」


「松本梨沙。あなたは……?」


「わたしは魔女だから、人に明かせる名前はないの。リサ。あなたをもと居た場所に帰してあげなくちゃ。でも、簡単には無理。対価をもらわなきゃならない」


「対価って? わたし、お金になるようなものなんてなにも……」


「わたしは魔女だもの。対価なく力を使うことはできない。ただ働きは魔女の力を殺すのだわ。大丈夫。リサの払えるものしか要求しないから」


「払えるものって」


「からだで払ってもらうわ」


 魔女は明快に答えた。真意をはかりかねて見つめ返すも、正体不明の笑みを浮かべるだけ。

 わたしは両手で、自分のからだをぎゅっと抱きしめた。心臓がほしい、とか言われたらどうしよう。


 魔女がこちらへ身を乗り出す。藤色の瞳には逆らえない力があって、蛇ににらまれたカエルみたいに動けない。


 赤いくちびるが短く歌のようなものを口ずさむ。すると、全身から力が抜けて、両腕がだらりとわきにさがった。そのまま人差し指でとん、と胸を突かれる。


「あっ」


 瞬間、胸の奥が熱くなって、朝陽のように金色の光が漏れ出す。

 魔女の指先に力が入って、細い指がわたしの胸に沈む。

 服も肉も関係なく、やわらかなバターに潜り込ませるように抵抗なくズブズブと自分の胸のなかに埋まっていく魔女の手を信じられない思いで見つめた。


 全身凍りついたようになってからだがピクリとも動かず、なすがままだ。


 痛くもないし血も出ない。でも、でも、とてもこわい……! ゾッとしない光景だ。冷や汗がにじみ出る。


 彼女は眉間に皺を寄せてなにかを探っているようだ。しばらくすると、パッと顔を輝かせてわたしの胸から手を一気に引き抜く。


「あった!」


 ゆっくりと開かれた魔女の手のひら上には、一ぴきの瑠璃色の芋虫がもぞもぞしていた。ラピスラズリみたいに鮮やかな色だ。


 カブトムシの幼虫のようなかたちで、ふくふくとやわらかそうだ。長さはわたしの人指し指と同じくらい。


「ヒッ」


 口から短い悲鳴が漏れて、のけぞる。からだの自由が戻ったみたいだ。わたしは慌てて魔女から距離をとる。


 うそ。なんであんなものがわたしのなかから??? きもいきもいきもい。やだやだやだ。泣きそう。

 

 魔女はそんなわたしの様子をおかしそうに見守るだけ。


「リサ、この幼虫を育てて羽化させなさい。羽化したものがわたしへの報酬になる。無事に羽化させることができたら、ちゃんと帰してあげるから」


「ななな、なにそれ。きもちわるい」


「そんなことを言っても、これはリサの分身だもの。それにわたしはきれいだと思うわ」


「わたしはそんな毒々しい色の虫なんて知りません!!! どんなマジックか知らないけど、他人のからだに変なことしないで!!!」


 魔女はだだっ子を相手にしたように眉根を下げて困った顔をするだけで、涙目のわたしの抗議に取り合ってくれなかった。


 これが夢なら、覚めてほしい。だってわけがわからないし、気味が悪い。

 



◇◇◇




 結論からいうと、瑠璃色の芋虫を育てないとこの奇妙な空間から抜け出せないというのはマジだった。

 芋虫を放置し続けていたら、まったく夢から覚める気配がなかったし、魔女にあきれられるだけだった。


 

 仕方ないので、今ではしぶしぶ芋虫の世話をするようになった。

 瑠璃色の芋虫をこわごわ人差し指でつつくと、思った通り絹のようになめらかなさわり心地。


 虫のくせに人肌みたいにあたたかくて、やっぱり気色悪いと思う。


 芋虫はなにも食べない。お世話というのも、いつも様子を気にかけてそっと撫でたり話しかけるというものだけ。今のところ目に見える変化はない。成長しているんだか、していないんだか……。



 食事をとらないのは、なにも虫だけではない。

 魔女もだ。ここでは俗世の物理法則が通用しない。わたしだけ、食事をもらってもうしわけない。



 ここ「魔女の館」は時空間から切り離された場所にあるらしい。いつも空は真っ暗で、月がみっつ浮かんでいる。日付の感覚もない。

 だから、わたしはこたつで寝た回数をカウントしている。もしかしたら、また吸い込まれてもとに戻らないかなって期待しながら。

 ここではもう14回も寝ている。



 時おり人が訪ねてきては、魔女に願い事をひとつ叶えてもらって帰っていく。

 服装も年代も文化もさまざまで、博物館でしか見ないような古めかしい格好をしている人もいれば、見たこともないほど洗練された謎の素材の服を着ている人もいた。

 対価は人それぞれ、払えるものを払えるだけ。


 対価をもらうと、魔女は薬やお守りのようなものを渡したり、アドバイスしたり、歌のような呪文を唱える。

 わたしは呪文を唱える瞬間を見るのが大好きだ。パッと光が散ったり、小さな水龍が現れたり、いちばん魔女っぽくて。



 ときには、しゃべる動物も来て、対価にきれいな石や木の実を置いていった。ヒグマそっくりの客が来たときは驚いたけど、むくむくの毛皮の奥の目がやさしげでなんとか悲鳴をあげずにすんだ。



 ヒグマそっくりのお客さんはわたしを見つけると、つぶらな目をさらに丸くした。


「おや、魔女さん、その子は弟子かい?」


「いいえ。迷子なの。リサもいずれここを出ていくわ」


「でも、魔女さん。なんだか楽しそうだ」


「そうかしら? ここには長居する人がいないものね」


「居なくなったらさびしいかい?」



 ヒグマさん(と心のなかで呼ぶことにした)とのやり取りに邪魔にならないように居間のすみに控えていたわたしは魔女の様子を横目でうかがった。

 魔女はからかうヒグマさんの言葉をきっぱりと否定する。



「いいえ。すべてのものはあるべきところにあらねばならないのだわ」



 その瞬間、わたしは胸の奥がチクッとした。


 「お前はここに居てはならない」と拒絶された気がした。魔女はずっとわたしに親切で邪険にされたことなんてなかったのに。


 わかってる。いつまでも出ていく気配のないわたしなんて、厚かましい邪魔ものでしかないってことくらい。



 魔女はとても親切だけど、わたしに一線を引いている。


「魔女と人は親しく交わらないのよ」


 いつか、彼女はそう言っていた。



 ヒグマさんを見送る魔女の背中になんとも言えない気持ちがこみあげた。






 わたしは毎日(?)、こたつで寝る前に芋虫を手のひらに乗せて語りかける。


 魔女が「虫を育てるにはそれが一番いい」って言うから。小声で魔女に聞かれないように、色だけは宝物みたいな虫にそっとささやく。


「はやくおおきくなって。大人になって」


 いつもはこれだけ。けれど、今夜(?)はもう少し付け足す。


「……おまえは何者かにほんとうになれるの?」


 芋虫が答えるはずもなく、やつはもぞもぞとしているだけ。それがたまらなくみっともない。

 口のなかに苦いものがわいた。

 見ていられなかった。


 マグマのような苛立ちがのど奥にせり上がり、衝動のままに芋虫を壁に叩きつけようと、腕を振り上げ……深呼吸し、ゆっくりとおろした。


 長いため息がもれた。


 虫をきっちりハンカチで包むと、こたつにもぐり込んで眠った。





「起きてリサ。みてみて! サナギになったわ」



 目が覚めると、魔女がこたつの天板の上に丸まったハンカチを指して、にっこり笑っていた。

 


 丸まったハンカチのなかをそっと覗くと、そこには光に反射してキラキラ輝く白い糸の繭があった。大きさはちょうど鶏の卵くらいだ。



「無垢の色だわ。可能性のかたまりね」



 繭を見つめる魔女はとてもうれしそうだった。神秘的な藤色の瞳を三日月がたに細めている。



 わたしは素直によろこべなくて、繭から目をそらした。なかから何が出てくるんだろう。

 魔女は虫のことを「リサの分身」と言った。わたしはどうしても虫を好きになれない。どちらかというとうとましく、できればどこかに捨ててきたい存在だ。


 この繭がなにか素敵なものに羽化するなんて、信じられなかった。







 それでも日々は穏やかに過ぎ、わたしはこたつで寝た回数を数えるのと、寝る前に繭に一言二言いやいや話しかけるのをひたすら繰り返した。



 睡眠をとった回数が二十を越えたころ、魔女に忠告された。


 いわく「繭にもっと話しかけなさい」だって。


 「なにも思いつきません」と答えると、魔女は「そう」とだけ言った。


 わたしはほんとうに最低限しか繭に話しかけなかった。そのかわり、魔女が繭に話しかけるようになった。「おはよう」とか「おやすみ」とか他愛ないことだけど、ひんぱんに声をかける。まるで繭に人格があるみたいな態度。やさしげにするりと撫でたりもしている。


 なんだかそれが面白くなくて、ますます繭に話しかけるのが嫌になった。



 そんなときはぎゅっと目をつぶって、こたつにもぐり込むのだ。そうすると、ちょっとだけ繭への嫌悪感を忘れられる。





 ◇◇◇





「リサ、自分を見失わないで」



 眠った回数が四十を越えたころ、魔女が言った。

 繭はあいかわらず繭で、うんともすんとも言わず、石のように沈黙を保っていた。色も灰色でくすんでいる。


 芋虫はもう繭のなかで死んでしまったんじゃないかとわたしは思い始めていた。

 だって、振るとカラカラとかわいた音がするのだ。



 「いつまでも羽化しない繭なんて、かまどで燃やしてしまいたい」と相談すると、魔女は爪を黒く塗った手でわたしの頬をやさしく撫でた。



「リサ、あなたは迷っている。だから、こたつに飲まれてここに来たの。いまはその迷いのなかで、わけがわからないかもしれない。でも、繭はかならず羽化するわ」


「そんなの、信じられない。羽化しないかも。わたしは役立たずで、みんなに遅れている。わたしにできることなんて……」


「リサ。大事なのは、なにかを残すとか、役に立つかどうかとかじゃないのよ」


「わかりません」


「思い出して。こころなかの一等大事な記憶を。いちばんあたたかいものを。思い出せたら、それを繭に語ってごらん」



 藤色の瞳には真摯な光があって、有無を言わせなかった。




 その日から、わたしは眠るまえに、半信半疑ながら、繭に語りかけるようになった。


 両手のひらにつつんだ繭にそっと息を吹きこむように、とてもとても小さなころの記憶から小学校に上がりやがて思春期になり社会人になった最近まで記憶をたどる。


 いままで、だれにもそんなことはしたことがなかった。

 自分の幸せな思い出だけをじっくり語るなんてことは。


 たどたどしく、つっかえつっかえで、時系列もめちゃくちゃで、どうしようもなく絡まった毛糸みたいにわかりにくく聞きづらい話し方になってしまったと思う。幸せな思い出だけじゃなくて、ときどき身を切るようにツラくて、かなしかった話もまじった。


 一晩では足りず、何日も何日もかかった。


 けれど、いつも繭は黙ってそこにあって、わたしの話をしずかに受け止めてくれた。



 少しずつ、わたしは繭にやさしい態度をとることができるようになっていった。思い出を語っているのでないときも、手のひらに乗せてそばに置くようにした。まるで卵を守る親鳥みたいに。



 魔女はそんなわたしをほほえましげに見守り、そっと応援してくれた。



 すべて語り終えるころには、しらず涙が流れていた。胸に小さな太陽が生まれた心地がした。あたたかい。


 わたしは繭を抱いたまま、満足感と達成感につつまれて眠りについた。



 夢をみた。暗い森のなかを、蛍のような光に導かれて進む夢だ。転んで傷だらけになってやっとつかんだ光がまっすぐにわたしの胸に吸い込まれて、わたしは花になり、蝶になり、雲になり、さまざまに変化して、さいごに雨になり虹がかかったところで、夢がシャボン玉になってはじけた。





 子どもの高い歌声が聞こえる。素朴で明るいメロディーを繰り返し繰り返し、ゴムまりみたいに弾む声で口ずさんでいる。


 目を開けると、とんぼみたいな薄いガラスの羽根をもつ妖精がいた。


 肩くらいまでの黒髪を揺らし嬉しげに宙を飛び回っている。


 抱えて眠ったはずの繭を探すと、割れていた。中身は空っぽ。




「羽化したのね」



 寝室から出てきた魔女が、華やいだ声で言った。口のなかで短くなにか唱えると、指揮するみたいにさっと手を振る。


 部屋中に祝福の花びらが降った。


 さわやかな甘い香りと、水琴みたいな澄んだ高い音、世界中の花という花から集めたようなカラフルな花弁たち。


 そのなかを妖精が飛ぶ。きゃらきゃらと声をあげて笑っている。よくみると幼いころのわたしそっくりな顔をしていた。

 魔女が手を差し上げると、小鳥みたいに指先にとまった。魔女の人指し指の上で、足をぶらぶらさせて遊ぶ妖精。魔女は妖精のとまっているのとは反対の手で、そのあたまをやさしく撫でた。



「リサ、あなたをもと居た場所に帰すときがきたわ」


「帰らなきゃいけませんか」


 せっかく羽化したばかりなのだ。もう少しここにいたい。わたしははじめに想像していたよりもずっとずっと、羽化した存在に親しみを覚えているのに気づいた。


 魔女は首を横にふる。どうやら、ダメらしい。



「リサ。あなたのなかに道しるべはある。迷ったら思い出して。いつでもそこにあるから」



 魔女の言うことは、あいかわらずよくわからない。でも、わたしはうなづいた。


 わからないけど、嘘は言っていないだろうという実感があったからだ。だって、魔女の言った通り、繭が羽化したから。ちゃんと元気な妖精が出てきた。



 魔女がわたしの両耳をふさぐように手ではさんで、額に口づける。


 ぶわっと風が起こった。春一番だ。部屋中の花びらを舞いあげる。妖精が大きな口でなにかを歌っている。知らない国の言葉だ。エキゾチックな響きのある童謡のメロディー。

 風がどんどん強くなり、竜巻みたいになる。大量の花びらで前がみえない。ごうごうという風音が耳を壟する。


 魔女がわたしのあたまから手を離した。



「リサ、わたしはあなたを祝福するわ」



 鈴をふるような魔女の声が聞こえたのをさいごに、わたしはぱったりと意識を失った。




 ◇◇◇




 目覚めると、わたしは実家のこたつのなかに居た。つけっぱなしのテレビからは駅伝の実況中継が流れている。



――ぜんぶ、夢だったのかな。



 ほっとしたような、残念なような、マーブル模様の気持ちで起き上がると、はらりとなにかがこたつ布団に落ちた。


 それは、一月にあるはずのないひまわりの花びらだった。あたまに手をやると、どんどん落ちてくる色とりどりの花びら。


 わたしは花まみれの姿で、寝ていたらしい。



 少しして居間にやって来た母には「部屋を散らかして!」と怒られたけれど、胸がぽかぽかした。



 わたしには魔女の祝福がある。それをずっと覚えていようと思う。

 違う世界のどこかに、わたしの羽化させた妖精がいて、それはわたしの分身で、幸せな思い出でできていて、魔女が見守っている。



 わたしはからだじゅうにくっついていた花びらをすべて押し花にして、一部をしおりにして持ち歩くようにした。


 わたしだけのお守りだ。

 

 わたしはこれをずっと持っていようと思う。わたしのなかにある祝福の(あかし)だもの。


お題、「こたつ」をいただいて書きました。どうしてこうなったのだろう?

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― 新着の感想 ―
[良い点] こたつからというのが斬新でした! 暖かい気持ちになれる短編でした。ほかの世界に自分の分身がいるかもしれないというのは、ステキですね‼ [一言] 新作楽しかったです。絵本をよんでいるような…
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