シャドウくん(1)
「荒金くーん?準備オッケーかなー?」
どことなく間抜けな雰囲気を醸し出す女性の声が、特殊トレーラー荷台内のスピーカーから響く。
「はい。いつでも行けます、紘子さん」
「ういういー。ほんじゃー位置について待機しといてねー。お姫さんからのゴーサインが出たら行くよー」
彼女、明智紘子の指示通り、装備自動着脱システムと呼ばれる装置に入る。側から見ればそれはまるで病院の全身精密検査機に挑む患者の様だろう。MRI検査とか言ったけな?
衝撃吸収効果を備えたウェットスーツの様なアンダースーツに身を包まれ、装置に寝へそべりながら俺は紘子さんにいつもの疑問を投げかける。
「今回も真は来ないってことですね?」
「そだねー。でも私としては『プロト』を実践投入出来る機会が増えてありがたいんだけどね」
あはは、と半ば本気で笑う紘子さん。
俺もあはは、と笑って見せるが完全に苦笑いとなってしまう。
2年前に世界に衝撃を与えながら現れた変身ヒーロー女子高生、愛川真。彼女は1年前からほとんど、怪人の現れた現場に出て、スーパーヒーロー「ライトニング」として戦ってはいない。
しかし、月2、3体のペースで出現する怪人は全てライトニングが倒している。と、言うのが世間での一般常識だ。
からくりはこう。誰かがライトニングとして愛川真の代わりに戦っているということ。実に単純だが事実を知るものは俺や紘子さんを含めた少数。
ライトニングへの変身アイテムであるとんでもテクノロジーの「キューブ」は愛川真にしか反応しない。これが絶対条件で全人類共通の情報のためこのトリックは迷宮入り、というかライトニングは彼女以外にはありえないというのが真実を覆い隠しているのだ。
実際、キューブでライトニングになれるのは真だけなのだから仕方ない。
じゃあ、ここ1年のライトニングは一体誰なのか?誰が怪人と戦っているのか?その答えが俺の苦笑いの正体になってくる。
「お姫さんからゴーサイン出たよ!プロト出撃ぃー!」
紘子さんの声が響き、トレーラーが走り出す。
「ポイントまで90秒!荒金くん、変身開始ー!」
「お願いします!」
寝そべっていた場所が足下の方からスライドし装置に引き込まれていく。足の先から頭の先まで全身が格納された瞬間に、緑のレーザー光が身体を撫でる様にスキャンしていく。
「クリア。モード移行。完了まで45秒」
そんな機械音アナウンスの後、周りのフレームが反転しパーツが現れる。パーツは脚部、腕部の順で装着された後、寝台を起き上がらせる様な形で俺自身を起こし上げ、腰、胸部、背中とパーツを組み上げていく。
俺は手をグーパーさせ、肘の曲げ伸ばしをしながら感触を確かめ、最後のフェーズを待つ。
後頭部へクッション素材が触れた後、まるで背後から「だーれだ?」なんて目隠しをされたかのように訪れた暗闇と、少し息苦しいような閉塞感が頭部を覆う。それらはほんの一瞬で、次の瞬間には視界も呼吸もクリアになる。
「ポイントまであと10秒!よろしくね荒金くん!」
トレーラーのスピーカーではなく耳元にあるであろうスピーカーから紘子さんの声が聞こえた後、目の前にあった機材達が道を空け、奥のハッチが開いているのが見えた。
「ライトニングプロト!アクト!」
俺はそう告げ、走行するトレーラーから飛び降りた。