最高位クラスの刺客
能天気の始末なんざ、造作もないこと。
俺はそれより、取り戻したいだけや。
昔の……仲間を。
「ふぅ、食った、食った」
船乗りがたくさん居る酒場に、どう見てもここの場所にはそぐわない二人組が奥の部屋で食事をしていた。色素の薄い茶系の髪の少年。年は十六くらいに見えるが、実は成人していることを僕は知っている。僕の年は十歳。
「メイ、たくさん食ったか?」
僕は黙ったまま、こくりと頷いた。それに満足したようで、少年ラナは笑っていった。
「よし、じゃあメイの母親を探してやっからな。マスター、お金はここに置いとくぞ?」
そういうと、ラナはサッと席を立ち、店を出ようとした。それを見て、僕はすぐさまラナのズボンを引っ張った。
「ん? どうした?」
しゃがんで、僕の目をじっと見つめてきたラナの瞳は、澄んでいた。一方、僕の瞳は年の割りにくすんでいると自分でも思う。光を放っていないんだ。赤みを帯びた瞳をしている僕の瞳も、珍しいものだった。髪は茶系だ。
「僕、親は居ない」
「……そうか」
このご時勢、珍しいことではない。現に、前に居るこの男、ラナにも親は居ないのだ。
「メイ、行くあてが無いんなら、俺たちと来るか?」
僕はそれを聞いて、驚いた。こうも話がすんなりいくなんて……。この男は、馬鹿なのか、単純なのか。それとも、何か裏があるのか……。
「いいの?」
僕が問いかけると、ラナは優しく僕の頭を撫で、笑いながら言った。
「あぁ、メイ。よろしくな」
手を差し伸べてきたので、僕はその手を躊躇しながら、握った。そしてそのまま、ラナは歩き出した。
「どこへ行くの?」
「仲間のところへさ!」
「リオ?」
アトが珍しく僕にラナとサノのことを聞き出そうと、引き下がらずたずねて来ていました。僕は苦笑しつつも、これ以上応えようとはしませんでした。
少々重苦しい空気が漂っているその雰囲気を変えたのは、新しく入った仲間である、ヤイでした。ヤイの歳は二十五。この中では最年長でした。
「リオ、ラナを探しに行ったほうがいいんじゃないの? アクアリームの二の舞はごめんだよ」
それを聞いて僕は、一瞬曇った表情をして見せました。確かにその通りです。ラナに自由な時間が必要なことも確かでしたが、戻ってくる時間が少々遅くも感じられました。
「そうですね。僕が探してきます。ヤイとアトはここに居てください」
「……分かった」
ようやくアトも諦めてくれたようで、僕は安心してにこやかに微笑みました。そして、ドアノブに手をかけ、扉を開けようとしたそのときでした。僕が扉を開けるよりも早く、誰かがドアノブを回したのです。ここの場所を知っているのは、この室内以外の仲間といえば、ラナだけでしたから、笑みを浮かべました。
「ラナですか? お帰りな……」
僕の言葉はそこで途切れました。そしてそこに居た者の顔を見て、一瞬硬直しました。ラナではない男。しかし僕は、この男を知っていました。
「ゼルヴィス……」
それは、ラバースの兵士のひとりでした。
「リオスやないか。何やお前、まだラナンなんかと一緒におんのか?」
そこに立っているのは、僕と同じくらいの背丈の青年です。名をゼルヴィスといい、腰に剣を携え、腰ベルトには「ラバース」の紋章が刻まれています。ラバースの軍服を着込んでいる、どう見ても現役兵士でした。
「……リオ。このひと……知り合い?」
後ろから、アトが顔を覗かせて来ました。それを見てゼルヴィスはニッと笑いました。
「ほぉ……そいつがレナンの報告にあった、黒魔術士か? ガキやないか。ま、それでも悪魔に違いはないな。ラナンを始末するついでに片付けんとなぁ」
その瞬間、僕とアトの顔色が変わりました。僕がアトを隠すように前へはばかり、ゼルヴィスをにらみました。緊迫した空気が漂います。
「リオス。ラナンはどこや」
ゼルヴィスの目が部屋の方に移ります。端から端へとラナンの姿を追い求めているようです。しかし、どこを見てもそこにはラナンの姿はありません。
「知りませんよ」
僕の目は、いつもになく厳しいものでした。
「リオス、どうしてお前はあいつ側につくんや」
ゼルヴィスが不思議そうな顔をしてみせました。
「お前のような剣の達人が、あんな能天気でふざけた奴につくのは、おかしいやろ。リオス、クランツェ様かて、今ならまだ、お前のことは許してくれるで? 戻って来いよ……ラバースに」
その言葉に対して、僕は思わず笑って返しました。分かっていない……まるで分かっていないのです。
「ゼル。あなたは、何も分かっていませんね。ラナのことも、そして……僕のことも」
「いいや、分かっておるで。俺らは同期やないか。あのお気楽野郎のことは知らねぇし、知りたくもないが、リオスのことは、分かっとる」
そう、僕とゼルは同じ時期にラバースに入隊した、元は仲間でありました。そしてふたりで、最下位クラスではありましたが、Dクラスを指揮していた頃がありました。その当時、ラバース内で、「最高コンビ」とまでうたわれるほど、僕たちは仲もよかったのです。
しかし、そのようなふたりではありましたが、ある者の入隊によって、正反対とも呼べる道を、歩むことになりました。その、「ある者」というのが、「ラナン」でした。ラナがDクラスに来てから、僕はそこにとどまり続けることを望み、ラナについていく道を選びました。一方、ゼルは「リザート」というSクラス隊長を尊敬し、出世の道を歩むことにしたのでした。
後に、ゼルは見事に出世をし続け、僕はDクラスの隊長の座を退き、副長の座に甘んじると共に、ラナの脱隊と共に、ラバースを後にすると、ラナを筆頭としたレジスタンス「アース」の一員となったのです。
「あなたは、何も分かっていません」
僕は繰り返しそう言いました。そして部屋に戻ろうとした時でした。
「お? 何だ、俺たちに客か? 珍しいな」
緊張した意図は、その言葉によりほぐされました。先ほどから厳しい顔をしていた僕の表情も和らぎました。ラナの顔を見てみると、この街へ来たときまではあまりよくなかった表情も吹っ切れ、今では先日のレナのことを気にしている色がまったく出ていなかった為、安堵の笑みが自然と浮かびました。
しかし、ほっとしたのも束の間でした。僕は再び厳しい顔でラナに向かって声をかけました。
「ラナ、来てはいけません! ゼルヴィスがあなたを狙って……って、ラナ、その子は何です?」
僕の声は風と共にかき消されました。僕の目に映っているもの、それは、笑っているラナとその服の裾をキュッと握っている見覚えのない小さな男の子でした。
「メイって言うんだ。新しい仲間だ」
そんな警戒心のまったくないラナに向かって、ナイフが投げつけられました。ラナはそれを軽く避けると、ゼルに向かってプッと頬を膨らませてみせるのでした。
「あっぶねぇなぁ、ゼル。メイに当たったらどうするつもりだったんだよ」
「阿呆! お前、俺が何しに来たと思うてんね!」
ゼルの怒声が響き渡りました。ラナに関わると、昔からゼルはカッとなり、機嫌を悪くするのです。おそらくは、波長が合わないのでしょう。
「そういえば、何しに来たんだ?」
平気にラナは、馬鹿らしいことを聞いていました。ラバースのエリート兵士が、抹殺命令の出されている男の前に、武装して出向いているのです。何をしに来たのかなんて、聞くまでもないことでした。それでも、ラナは悪気なく聞いてしまうため、ゼルはさらに苛立つのでした。
「ラナン、ラバースの命令や。お前を抹殺させてもらうで!」
ゼルが鞘に手をかけました。その瞬間、僕とヤイが戦闘体勢を作りました。しかしゼルの視線が向けられているラナは、一向に戦う姿勢をみせません。むしろ、ラナは困っているようにも見えました。
「ゼル、少し待ってくれよ」
子どもが親におねだりするかのように声をあげました。
「何を待つんや」
応えてもらえたことに嬉しさを覚えたのか、ラナはにぱっと笑いました。
「俺、腹減っちまって……」
その言葉に、メイと紹介された小さな少年は驚いた顔をして見せました。そして、ラナの服の先端を引っ張ります。
「ラナ、さっき食べたばかりだ」
「あれだけじゃ、俺は足りないんだ。リオ、飯にしてくれよ」
そう言うと、ゼルの反応にはお構いなしで、部屋の中にさっさと入って来ました。僕はラナらしい……というような感じで、くすくすと笑ってしまいました。しかし、このほのぼのとした空間が、ゼルには不快でしかないようでした。
「ふざけるな!」
ゼルの剣がラナの背中を襲いました。ラナはそれを振り向きもせずに交わして見せます。空気の流れを呼んだのです。ラナは先ほどまでの暢気な表情とは打って変わって、目の色を変え、真剣な表情をしていました。
「ゼル、退くんだ。俺は、お前とはやりあうつもりはない」
その言葉を僕は、じっと聞いていました。僕には分かっていたからです。どうしてラナが、ゼルに手を出さないのかを……。
「ゼル、お前はリオの友達なんだろ? そんな奴に剣を向けられるかよ」
「ふん……」
ゼルは鼻で笑っていました。そして剣を強く握り締めました。
「そういう考え方が気に食わんのや! それらしい事柄をあげて逃げるんやろ。臆病者やなぁ」
「ラナはそんなひとじゃないよ!」
ラナの前に両手を広げて、アトが割り込んできました。僕は内心「しまった」と舌打ちしました。
「邪魔や!」
ゼルは刃を返し、アトを斬ろうとしました。アトにはそれを避けるだけの術がなく、ただただ目を瞑って想像される衝撃をこらえることしか出来ませんでした。
「アト!」
一瞬の出来事でした。僕とヤイがアトに駆け寄ろうとしたこと。そして、ラナがアトをその場から払いのけ、自分の短剣を抜き、ゼルの大剣を受け止めたことは……。
「アト、大丈夫ですか!?」
僕はアトを自分の背中に隠し、ゼルを睨みました。
「ゼル、そんなにも戦いたいのでしたら、僕が相手をしましょう」
「リオス。お前は黙っててくれや。リザート様も、お前の力は認めとる」
僕は不適な笑みを浮かべていました。
「僕はリザートを認めていません。ラバースのやり方にはもう、うんざりしているんですよ」
そういうと、ゼルは分からないとでも言いたげな表情で、僕に向き直りました。
「昔はふたりで、ラバースの為に働いていたんやで!?」
「そう、昔の話です。今はもう、違うんですよ。僕は昔のリオスではありません」
そう言うと、僕は剣を抜きました。僕の目つきは鋭く、ゼルを睨みつけています。そして僕から仕掛けて行きました。それに応対したゼルの剣とぶつかり合い、金属音が鳴り響きました。
「やめろ!」
その押し合いの間に、ラナのダガーが入りこみ、僕とゼルの剣は再び離れました。
「ラナ、何をするんです」
ラナはキッと僕の顔を見ました。その表情に僕は少し驚きました。ラナが僕にこのような眼を向けてきたのは、「あの時」以来でした。
「リオ、ゼルはお前の友達だろ!? 剣を交えるなんてするなよ!」
「……しかし、ラナ。ゼルはラバースの任務であなたを殺しに来ているんです。誰かがやらなければ、ゼルは帰りません」
「……」
ラナは黙って下を向きました。そしてゆっくりと剣を鞘から抜きました。
「ほぅ、ようやくやる気になったんか?」
「……やりたくないさ。でも、リオが友達と遣り合うなんて、もっと嫌だからな」
ゼルは声をあげて高らかに笑った。その様子を冷ややかな眼でラナは見ていました。
「とんだ甘ちゃんやなぁ。こんな奴に、レナンは勝てないんか?」
ザクッ……。
ラナの剣が宿屋の柱に深く食い込んでいました。その破壊力、並みのものではありません。ここの柱に使われている木材は、最も硬いといわれているもので、傷ひとつをつけるのにも、なかなか苦労するものでした。それなのにも関わらず、ラナの一撃は、柱に付深々とした傷を負わせたのです。
「……レナを悪く言うな」
ラナは目の色を変えて、厳しい眼差しでゼルを睨んでいました。
ラナは、大切なものを護りたいとき。
そのときだけ、本気を見せる。
敵を倒すためにではない。
「護る」ために、戦ってきた。