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漆黒の戦士

 とても、とても……暗かった。


 世界は狭く、窮屈なものでした。


 「自由」なんてものは、無い。


 あるものは、絶対的な「支配」。




「……もう、嫌なのです」

「ですが、これがあなた様の運命です。どうか、心をお決めください」

「私は……お父様にとって、一体何なのでしょう」

「大切な……世界で最も大切な、娘にございましょう」

「……下がってください」

「しかし……」

「後で行きます」


 少女は軽く息をつくと、窓に手をそっと触れた。


「私はもっと、自由に生きたい。誰にも囚われず、あるがままに……」


 少女は窓を開けた。


見上げると、一面に青空が広がっている。


「自由な世界へ……」




 ラナは、何か大きなものを背負って生きている。




 ある日、そうふと思った。ラナの瞳の色は、異色を放っていることに加え、あまりにも深いのだ。それに実の弟に命を狙われているなどと、普通ではない何か、深刻な問題があるのだろう。それなのに、ラナはそんな悩みを誰にも漏らすことはなく、明るく振舞っていた。

 僕は何事にも自分らしく立ち向かい、そして自分のために生きる道を真っ直ぐに歩みたいと思っていた。だからこそ、自由奔放に生きているように見えたこの男、ラナに付いていこうとしたんだ。今はまだ、僕は自分らしさというものを見つけていない。自分らしいとはどういうものなのかを見つけたくて、ラナの仲間に加わった。

 初めて目にしたラナは、傷つき気を失い倒れていた。普通なら、そういう姿を見ても惹かれないものである。けれども、ラナの場合は違った。そのときは、まさか瞳の色が「緑」だなんて思いもしなかったけど、何故かラナの体が輝いて見えたんだ。こんなことは、初めての経験だった。そして、意識が戻ったラナの瞳を見ると、吸い込まれそうになった。何の迷いもなく、自由に生きている。そう感じ取ったんだ。

 ただ、それは自分の勝手な思い込みだったかもしれない。自由に生きているものが、ラバース兵に個人的に命を狙われるだろうか。しかし、それでもこうして立ち向かうラナには、やはり魅力を感じずにはいられないのだ。

「ヤイ」

後ろから背中をぽんぽんと叩かれた。そこには、僕より随分と背丈の低い青年、ラナの姿があった。

「疲れたか? やっぱ、もう少し休んでから出発するべきだったよな。力、まだ全快してないんじゃないか?」

僕はふっと優しく笑みを浮かべた。

「ありがとう」

会話の流れでは、この返答はいささか変だったかもしれない。けれども僕にとっては、これが一番適当だと思ったんだ。ラナは不思議そうな顔を浮かべるかと思ったけれども、優しく笑っているだけだった。


 魔術を扱うと、確かに力を消耗する。魔術を使うためには、体力と精神力が削られるんだ。

魔術……つまり、「魔力」とは遺伝するものではなく、突発的にその能力を伴う遺伝子が生まれる。遺伝の問題なので、訓練して習得することは出来ない。ただ、技の数を増やすことならば、魔術士の素質、「魔力」を持っているのならば、可能だった。僕は白魔術士なので、傷の手当や黒魔術を妨害するための防壁を造ることくらいなら、扱うことが出来た。




「酷いな」

鼻を刺すような異臭。体にまとわりつくような嫌な空気。全壊した村の中ひとり、私だけが立っていた。

一足遅かったのだ。もしも間に合ってさえいれば、ここまで酷い状況にはならなかったかもしれない……と、私は悔やんだ。

「レイアス……か」

誰にというわけでもなく、私は呟いた。レイアスは今、私の居る「オズノ大陸」を支配していた。

「旅のお方……ですか?」

老女が瓦礫の下から声を発した。

「あぁ……大丈夫か。ご婦人」

そんなはずはない。けれども、そう言う他なかった。

「私はいい。それより、村の子ども達を助け……」

それっきり、老女は息絶えた。こういう現場は、何度見てもやるせない気持ちになる。こみ上げてくるものは、レイアスおよび、その大元であるフロートへの怒りだった。

 私は指笛を吹いた。すると空から、青い翼の鳥が舞い降りて来た。私はズボンのポケットから紙と黒鉛を出すと、手短に手紙を書き、それを飛んできた鳥、「フア」の足元に結びつけた。

「フア、これを渡してくれ……ラナたちに」

鳥は、再び青空に向かって飛び立ち、西の方へと羽ばたいていった。




「うっわぁ~……すごいひとだなぁ」

港町、レラノイルには、たくさんの船が留まっていました。青い海に青い空。ここの人々は、いつも賑やかでした。辺りをぐるりと見渡すと、いろいろな市場が広がっていることが伺えました。この市場では、他の村や街ではとれない魚介類等が売っている為、少し遠くの町からも、人々が訪れていました。

「まだ、来ていないみたいですね」

一通り見渡してみて、仲間が見当たらないことを確認してから、僕はどうするかどうかをラナに促しました。

「どうします? 先に宿屋を見てきましょうか?」

「そうだなぁ……」

ラナの瞳を覗くと、珍しく悩んでいるのが伺えました。それはそうでしょう。これまでラナは、レナがいくら自分を嫌っているとしても、ここまで本気で命を狙っているとは、思っていなかったからです。今回は、ヤイの白魔術と医学の力によって救われましたが、もし、あの街にヤイが居なかったら……ラナは、命を落としていました。

「……リオ」

「何です?」

「俺、ちょっと散歩してくるよ。先、宿に行ってきてくれ」

ラナはそう、笑顔で言った。逆に、不安げに応えたのはアトだった。脳裏にアクアリームのことが過ぎったのでしょう。別行動をとった後、あのような惨事になってしまったのですから。苦い思い出を、そう簡単に忘れるはずはありません。しかし僕は、あえて止めようとはしませんでした。

「えぇ、わかりました。では、また一通り見てきたら、宿屋へ来てくださいね」

「うぃ」

そういって、ラナはたくさん居る人ごみの中へと姿をくらましました。その刹那、ヤイが僕に声をかけました。

「……リオ、僕がラナの後をつけていこうか?」

この何ともいえない雰囲気を察してのことでしょう。

「いや、そっとしておきましょう。今のラナに必要なのは、時間です。それにラナ、人一倍敏感ですから、後をつけるなんてこと、出来ませんよ」

僕は、何事も起きないよう、祈る気持ちで人ごみに消えたラナの幻影を心配そうに見つめていました。




「……」

別に、どうだってよかった。そのひとに、恨みがあるわけでもないし、ただ、言われるがままに、僕はここへ来ただけ。そう、誰でもよかったんだ。

 レラノイルの街はとても栄えていて、賑やかだ。それなのに、あの男はひとり、淋しそうな顔をしている。噂で聞くところによると、あの男は単なる能天気だというけれども、ひとりで何をしているんだろうか。僕は、立ち止まって観察していた。

 すると、男は僕の視線に気づいたのか……僕の方へ歩いてきた。先ほどまでの、暗い表情はなかった。

「どうしたんだ?」

僕は黙っていた。

「迷子か?」

それでも黙っていた。相手を観察しているからだ。

「違うのか? じゃあ……なんだろう」

男は頭をかいた。そして男が困りはじめた為、僕は口を開いた。

「お腹が空いた」

すると、男はパッと笑い僕の頭を撫でた。

「そうか、腹が減ったのか! 俺が何か食わせてやるよ。こっちにおいで!」

男は先ほどまで浮かない顔をしていたことを、忘れてしまっているようだ。今頭にあることといえば、僕のお腹を満たすこと……なのだろう。変わった男だ。

「あっ!」

いきなり何を思ったのか、男は声をあげた。

「キミ、名前は?」

「メイト」

僕の声は、小さな見た目よりはしっかりとしている方だと思う。背丈は一四〇センチ程だ。僕の背丈から推測するに、この男は一六〇あるか無いかくらいの背丈だ。

「メイト……メイか。俺はラナン。ラナって呼んでくれな!」

ラナは、僕の手を握り、店の方へと駆け出した。




「ラナ、大丈夫かなぁ」

一足先に休憩に入った僕たちは、部屋でラナの帰りを待っていました。

「大丈夫でしょう。ラナはお強いですから」

「そうかな」

ヤイが口を挟みました。ヤイは、ラナが戦っているところを見たことがありません。ラナの力をどれほどまで見抜いているのか、分かりかねました。

「ヤイ……」

僕も本当はわかっている、いえ、気づいています。ラナのこころが他人が思っているほど強くないということを……。しかし今は「ラナは強い」と信じていたかったのです。

「待ちましょう。ラナならきっと……大丈夫です」

僕は、自分に言い聞かせるようにそう言いました。

 そのとき、窓から一羽の青い鳥が現れました。その鳥の足には、折りたたまれた紙が結ばれています。

「フアじゃないですか」

僕は窓を開けてその鳥を部屋の中へ招き入れました。全身が美しい青い羽で覆われている、珍しい鳥でした。

「わぁ、綺麗な鳥だね、リオ」

「えぇ、フアって言うんです。友人との交信は、このフアを使って行っているんですよ」

そう言いながら。僕は手紙に目を通しはじめました。すると、その紙に書かれていた内容を見て、思わず歯を噛締めました。

「どうやら、今回は友人……仲間には会えないようです」

「……何かあったのかな? その、ご友人さんに」

ヤイが少し心配そうにたずねて来ました。僕は、ヤイの方を向いて応えました。

「わかりません。理由は書かれていませんでした。ただ、そう心配することはありませんよ。彼は本当にお強い方ですから」

「ラナより?」

アトが会話に加わってきました。僕はその質問を受けて、思わず懐かしさを覚えました。

「どうでしょうね」

ラナと僕。そしてその友人、サノは、以前は敵同士でした。

「フア、またお願いしますね」

僕が両手を広げると、フアは青い空と一体になって、羽ばたいていきました。そして僕は、それを見届けると窓を閉めました。

「ねぇ、リオ?」

アトは、ラナとサノのどちらが強いかにこだわっているようでした。おそらくは、アトは自分を救ってくれたラナに絶対的信頼を置き、崇拝にも近いものを感じているのでしょう。そんなラナには、絶対的力を持っていて欲しいとも、思っているようです。

「そうですね……」

僕はふっと笑みをこぼしました。


その友人と出会ったのは、今から四年前のことです。まだ、僕とラナがラバースに居た頃。そのときラナは、ラバースのDクラスの隊長を、僕はその副長を務めていました。

 当時はまだ、王国「クライアント」のある「オズノ大陸」が王国「フロート」の領土になっておらず、フロート軍であるラバースが、度々クライアントに攻撃をしかけていた頃でした。その出兵に自分たちも駆り出されていました。しかし何度戦っても決着はつきませんでした。その要因は、クライアントの兵士の統括者、「サノイ」にありました。サノは、クライアントの軍師でもありました。

 漆黒の戦士、または、孤高の軍師とも呼ばれるサノは、誰の手にも落ちることはありませんでした。




 唯一、負けた相手が……ラナでした。






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