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新たな仲間と共に

 「ラナ」という信念が崩れただけで、ここまで不安になるものなのだろうか。


 僕はこんなにも、弱く脆い人間だったのだろうか。




「ラナ、身体を拭きますね」

ラナが倒れてから、一週間が経ちました。ラナの意識は未だに戻りません。しかし顔色は随分と良くなりましたし、呼吸も脈も落ち着いています。まるで、お昼寝をしているような感じです。これは、ヤイカが毎日ラナを診てくれているおかげでしょう。今日もまた、ヤイカは来てくださっていました。ヤイカはラナだけではなく、無償で足の悪い、此処、小さな宿屋の女将さんであるクリスさんの身体も診て下さいました。

「ヤイカの兄たん、ありがと! お母さん、すごく元気になったよ!」

ククリの笑顔に対してヤイカは笑って応えました。

「僕のおかげじゃないよ。キミがお母さんのことを大切にしているからだよ」

アトはこの光景を見て、微笑ましそうにしていました。アトがこれまでどのような人生を送ってきたのかは知りませんが、黒魔に生まれてきたからには、それなりに苦労ある道のりだったのではないかと思えます。

「ヤイカさん、ありがとうございます。あの、お金の方……本当によろしいんですか?」

クリスさんが申し訳なさそうにしているのも、無理はありません。治癒だけではなく、ヤイカは部屋の掃除から模様替え。車椅子が通りやすくなるよう、僕と一緒にリフォームも手伝ってくださいました。

「いいんだよ、お金なんて。お金が欲しくて通っている訳じゃないんだから。それに、あなたを歩けるようにはしてあげられなかった」

「そんな……それは、仕方がありませんもの。これはもう、古傷ですから」

「とにかく。お金は要らないよ」

「そいつぁ、ありがたいな!」

階段の上から、明るい声が響き渡りました。四人の視線がその声の主へと向けられました。

「ラナ!」

最初に叫んだのは、アトでした。

「ラナ……もう、いいんですか?」

続いて僕も、ラナに声をかけました。するとラナは、にこりと笑って応えました。

「あぁ……心配かけたな、リオ」

ラナの足元が少しふらついていました。失血多量、そして、この一週間食事をとっていなかったせいでしょう。ただでさえ華奢な身体つきだったのが、より一層蒼白で、身体つきが細くなっていることに、僕は不安を覚えました。

 ラナをサポートしようと、手を差し伸べると、ラナはお礼を言いながら僕の肩を借りました。そしてゆっくりと、ヤイカの方に向かって歩き出しました。

 ヤイカはラナよりもずっと背丈があります。僕よりも背が高いのです。当然ながら、ラナはヤイカの顔を見るには、見上げる状態になりました。

「ありがとな、その……疲れなかったか?」

「えっ?」

ラナは、くしゃっと髪をかき上げて言葉を続けました。

「いや、夢うつつでよく覚えてないんだけどさ。ヤイの力で救われたんだろ……俺。毎日、力を使わせちまって、悪かった」

ヤイカはくすっと笑っていました。ラナは自分の身体が治ったことよりも、ヤイカの身体に負担をかけてしまったことを先に気にしているのです。僕から見たら、これはいつものラナのやり取りの光景でしたが、ヤイカにとっては、特別だったようです。

「ラナンさん……」

「ラナでいいぞ」

ヤイカは再び笑みを浮かべると、ラナの目を真っ直ぐに見つめました。

「……ラナ」

ヤイカの茶系の瞳に、どこまでも純粋で陰りのない緑の瞳が映っていました。

「あなたは、どうして旅をしているのかな?」

ラナは笑っていました。答えようとはしていないようです。お互い、腹の探りあいになっているように窺えました。

「言えないんですか?」

問い詰めるようにヤイカがそう切り出しました。

「言わない」

しかし、ラナはあっさりと切り捨てました。


 「言えない」と「言わない」では微妙にニュアンスが違ってきます。ラナはその中で、後者を選びました。


「ま、敢えて言うなら……色んなモノを見てみたくて。それでもって、自由に生きたい……そう、思ったからかな」

ヤイカは、またくすっと笑っていました。「言わない」と言っておきながら、全てではないにせよ、ラナは語ってしまっている。本人に自覚がないところが、素直で可愛いところだと僕は思っています。一週間ぶりに、ラナの緑の瞳を見て、元気な声を聞いて、ラナらしい発言を聞いて、思わず笑みがこぼれました。

 ヤイカは、まだ何かを訊ねるつもりだったようなのですが、自分の中で解決をしたようです。

「アト、キミはラナのことが好きかい?」

「うん、大好きだよ!」

ヤイカは、僕には同じ質問をしませんでした。きっと、聞くまでも無いと感じ取ったのでしょう。それを悟って、僕はただ頷きました。

「ラナ」

「うぃ?」

ヤイカに名前を呼ばれると、ラナはけろっとした顔で返事をしました。もう、腹の探りあいをしていることなんて、頭の片隅にもないのでしょう。

「僕も、キミの仲間に入りたいな」

その発言を聞いて、僕はハッと目を開けました。一週間前に僕が勧誘したとき、ヤイカは応えはラナが起きてからだと言っていました。今の遣り取りの中で、ヤイカのこころを突き動かすものが、どうやらあったようです。


 ラナには、ひとのこころを動かす、不思議な力がありました。


「いいけど……本気か? 俺の勝手に振り回されっぞ?」

「構わないよ。私は、あなたのようなひとに出会える日を、待っていたんだ」

ラナはただ、ニッと笑って頷くだけでした。ラナは「何故」と問うことがありません。どんな相手にでも、言いたくないものがある。触れて欲しくないことがある。だからこそ、相手の発言、行動に対して「何故」とは問わないのです。アトの過去について、ヤイカの突然の発言に対して追究しようとしないのは、ラナにとっては当たり前のことでした。

「リオ、アト……良いな?」

ラナが僕たちのほうを振り返り、問いかけました。

「勿論です」

僕は大きく頷きました。

「うん!」

否定するはずがないと言わんばかりに、アトも賛成の声をあげました。


 春風が吹き、アクアリームを水色の花弁で埋め尽くす暖かな日に、僕たちレジスタンス「アース」にまたひとり、仲間が加わりました。


 それも、どこか謎めいた、けれども決して悪人ではない白魔術士という素質を持った、頼もしい仲間が……。




「Sクラス、レナン。戻りました」

深々と頭を下げるその先には、ラバースSクラス隊長、リザートの姿があった。茶色の長い髪を後ろで束ね、前髪はワンレンになっている。

「結果を報告せよ」

言われるがまま、俺は顔を上げ、そして右手を胸に当てた。これが此処、ラバースでの敬礼の仕方だった。

「はい。ラナンを後一歩のところまで追い詰めましたが、リオスに邪魔をされ、やむを得ず退いて参りました」

「リオスが?」

声の主はリザートのものではなかった。右の壁にもたれていた青年だった。短い金髪の髪を逆立てている。

「あいつ、まだラナンのような奴について廻っとったんか……」

その青年は、リザートの方にと歩いてきた。カツン、カツン……と、石で出来た部屋に足音が響き渡る。

「リザート様。今度は俺がラナンを始末しに、いっちょ行ってくるわ」

その言葉を聞き、俺はすぐさま青年の顔を見た。

「お言葉ですが、ゼルヴィス様。この任務は俺のもの。あなた様が出向く必要はありません」

するとゼルヴィスはまるで呆れたと云わんばかりの顔で、俺を睨んだ。

「レナン。お前は一体何度失敗してんねん。お前、ホンマにラナンを殺そ思うてんのか?」

俺はカッとなり、感情のまま言葉を投げつけた。

「お言葉ですがゼルヴィス様。俺はいつだって本気です!」

「よせ、二人とも……」

制したのはリザートだった。お互いに熱くなり過ぎてしまっていたことを自覚すると、俺とゼルヴィスはリザートの方を向き、敬礼しなおした。

「レナン。次回はゼルヴィスに任せよ。ラナンはお前の実の兄だ。心のどこかに、痞えるものがあるのだろう」

「そのようなことは……」

すぐさま否定に入ろうとしたが、それより先にゼルヴィスは声をあげた。

「そうやで、レナン。これは、Sクラス隊長の命令だ」

それを言われては、隊長でも、副長でもない俺には、どうすることも出来なかった。思わず悔しくて、歯を食いしばった。

「……分かりました」

そう言うほかなく、内心では納得が言っていないのだが、一礼するとこの場を後にした。




「ゼルヴィス」

「何や?」

レナンが去ったのを見送ってから、俺も外へ出ようとしたときやった。隊長が声をかけてきたからに、足を止めてそちらへ顔を向けた。

「ラナンを甘く見るな。あの者も、元はラバースの隊長だ」

隊長の声は、真剣だった。この空間が、その一言で一気に重くなった。

「大丈夫や。元隊長言うてかて、最下位クラスのやで? ちょろいもんですわ」

隊長の顔はまだ、深刻そうな顔をしている。そないに俺のことが信用できないってことなんやろか。それはそれで、Sクラスの副長を任されてる俺にとって、面白くないことやった。

「ラナンは確かに最下位のDクラスの兵士だった。しかし、それを本当の奴の力だと見ているのならば、レナン同様。お前もまた、奴には何度戦おうと勝てまい」


警告するように、隊長は俺にそう言った。


何を考えているのかさっぱり分からなかったラナンのことを、リザート隊長は昔から冷たい目で見てきた。根本的にラナンとは考え方が違い、よく、衝突もしていた。完全にリザート隊長派であり、尊敬してきていた俺からしたら、ラナンやラナンを慕う一派は、同じラバースの傭兵であったとしても、敵だと思えるほど嫌っていた。いや、憎んでいる者だって居たぐらいやった。

 汚い仕事でも、金のためにならばと平気でやってのけるのが、ラバースの兵士としての役割やった。しかし、ラナンはどんなにターゲットを殺せと命令が来ても、生かして逃がすという手法で、命令無視は日常茶飯事やった。純粋無垢で、人懐っこく、ラナン派の中ではみんなの「弟」的存在やった。

 ラナンの下で働きたいというラバース兵は少なくなく、また、こころ清い者が多かった。その中のひとりが「リオス」やった。リオスは、ラナンの優しさ、生き方に惑わされた「犠牲者」やと、俺はみてる。上位クラスへの移動を蹴ってまで、最下位クラスにとどまり続け、ラナンが脱隊するそのときまで、最下位クラスの副長を務めていた。


「ラナンは、どれほど強いねん」

隊長は息を呑んだ。そして、視線を下げて言葉を発した。

「正直、分からぬ。奴はこれまで、本気を出したことがない」

それを聞いて、どこまでも好かん奴やと思った。

「どこまでもふざけた奴やなぁ。ま、良いですわ。リザート様、今のお言葉。肝に銘じておきます。では、失礼」

隊長に一礼し、部屋を後にした。




「……例の者を呼べ。出番は近い」




「さてと、行くか!」

「傷は大丈夫ですか?」

心配そうに僕がそう訊ねると、ラナは「平気、平気」と笑って見せた。

 食料や、ヤイのための武器も調達出来ましたし、これ以上アクアリームに留まる理由も無かったので、僕たちは、次なる街、あるいは村に向けて歩き出しました。

「ラナ、しばらくは僕の作った薬草汁しか口にしないように」

「えっ!? それって、マジ!?」

僕は健やかに笑うと、ラナの方を向きながら足を進めました。

「良かったですね、ラナ。良い健康管理人が現れて」

「そうだな……って、いつまでも子ども扱いすんな!」

「子どもでしょ?」

さらっと言ってしまったのは、勿論、ラナの年齢をまだ知らないヤイでした。アトが笑いながら、ラナが成人済みだということを伝えると、ヤイは物珍しいものでも見つけたかのような顔で、ラナを見ました。

「栄養が足りていないんだろうね。背丈は低いし、声変わりもまだか」

「ですが、ラナが急に野太い声になっても、嫌ですよね」

僕が勝手に、野太いラナの声を想像したものだから、何だか自分で言っておきながら、笑えてきてしまって、ラナに悪いと思いつつも、一生このまま小さな身体で居てくださいと内心で呟きました。

「それで、どこへ向かっているんだい?」

ヤイがそう訊ねると、ラナが振り返りながら歩むのはやめずに応えました。

「レラノイルを目指しているんだ!」

「レラノイル?」

ここ、セリアス大陸にある有名な港でした。僕も兵士時代、何度か足を運んだものです。他の大陸と繋がりを持つ、唯一の港です。そこで、もうひとりの仲間と合流することになっていました。

 ラナがそういうと、アトは不思議そうな顔をして見せました。それはそうでしょう。大きな街に立ち寄れば、今回のアクアリームのような惨劇が繰り広げられないとも言えないからです。ですが、オズノ大陸に居る仲間と合流するには、港へ行く他ありませんでした。

「大丈夫なんですか?」

ヤイも心配に思ったようです。

「大丈夫。仲間と合流するだけだからさ!」

「仲間?」

ヤイは再び疑問の表情を浮かべました。


 アクアリームとレラノイルは、それほど離れた街ではありませんでした。レナのチームが待ち構えている可能性だってあります。ですが、この旅のメンバーが増えたことにより、もうひとりの仲間にも顔合わせをしていただく必要がありましたし、その仲間は非常に強いのです。そう簡単に崩される「アース」ではなくなっていることは、間違いありません。黒魔術士に、白魔術士も加わり、戦闘中に傷を負ってもリカヴァリーしてくださるひとが出来たのですから。魔術士が居るのと居ないのとでは、随分と違いがありました。ただ、これはあくまでも「ラバース」相手なら……の話でした。ラバースの兵士は魔術を使うことが出来ませんでしたから。しかし、フロートのもうひとつの勢力、いえ、この世界中で最も脅威である勢力「レイアス」相手では、僕たちはまだ、対等に渡り合うことは出来ないでしょう。フロートを倒すには、レイアスを倒す必要がありました。




 僕たちの旅は、まだはじまったばかり。


 こんなところでは、終われません。


 「ラナ」という信念を再び取り戻し、新たな仲間と共に歩き出す。




 更なる仲間を求めて……。





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