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双子の争い

 どれくらいここに居るんだろう。


 ひとりぼっち。


 医者も誰も、まるで見つかる気配はない。


 涙と雨で、ぐちゃぐちゃになった顔をぬぐうと、最後までラバースから僕を護るために戦ってくれたラナを想い、また、歩き出そうとした、そのときだった。

ひとりの男が傘をさし、そっと中にいれてくれた。見上げてみると、先ほど入った料理店の主人だった。

「あっ……あなたは」

「……悪かったな、さっきは。何もしてあげられなくて」

何もどころか、毒を盛ったのは誰だろう。僕は複雑すぎるこの心境をどうしていいか分からない。こころの奥で、怒りさえ感じている。

「こっちに来い。良い医者が居る」

それを聞いて、僕は思わず耳を疑った。誰も協力してくれなかったのに、今になって主人が手を貸してくれるというんだ。わらにも縋る思いで、この主人についていくことにした。

「本当……だよね。もう、毒なんて嫌だよ」

「分かってる。本物の医者だから、安心してくれ。俺たちも、脅されていたんだ」

「……ラバースに?」

すると、主人は大きく頷いた。命令に背けば、命を奪うと脅されていたらしい。武装した兵士にそんなことを言われたら、一般市民は従うしかない。きっと、本当に仕方が無かったんだ。僕は、そう思うことにした。

「俺はウォードだ。医者は、ヤイカという。ヤイカは変わり者だが、腕は確かだ」

そう言って、階段をのぼってこの街では珍しい、木造建ての家の前で足を止めた。ちょっと道が入りこんだところにあるので、僕には見つけることが出来なかった。

「ヤイカ、居るだろ。ウォードだ。中へ入れて欲しい」

トントン……。階段を下りてくる足音が中から聞こえてくる。そして、がちゃりとドアノブが回ると、背の高い、髪を後ろでひとつ結びした二十代後半あたりの青年が出てきた。

「やぁ、ウォード。おや、今日は随分と小さなお友達をお連れのようだねぇ?」

のんびりした口調の青年は、ブロンドの髪に茶色の瞳を持っていた。美しい顔立ちで、一見女性にも見えなくは無い。ただ、背丈が一八〇ほどはあるため、女性と間違われることはないだろう。

「あのね、僕の大切なひとが大怪我を負ったの! お願い、助けて!」

「大怪我?」

ヤイカは窓の方へと歩いた。そしてそこから、街を見下ろす。そこには、傷ついた何十人もの兵士の姿があった。街のものは、僕たちのことも助けようとはしなかったけど、同じように、ラバースの兵士のことも、助けようとはしなかったみたいだ。ラバースの監視下にあるため、ラナを庇うことは出来なかったけれども、今なら……と、ウォードが動いてくれたんだ。

「……その大切なひとっていうのは、兵士なのかい?」

ヤイカの瞳は、どこか悲しそうな色をしていた。

「兵士って……ラバースのこと? ううん、違うよ。ラナは、襲われていた方なんだ」

「ヤイカ、頼むよ。俺が命令で毒を盛っちまったんだが、良い奴なんだ。助けてあげてくれ」

ウォードも頭を下げてくれた。すると、難色を示していたヤイカが軽く息を吐き、僕を見た。

「分かったよ。案内してくれるかな」

「ありがとう!」

僕が満面の笑みで応えると、ヤイカもにこりと微笑んだ。




 宿屋に着くなり、僕は慌ただしく玄関のベルを鳴らし、相手がドアを開けるよりも早くドアノブを回し、室内へ入りました。拒否をされても、困るからです。

「ククリ。ベッドを借ります。あ、汚してしまっても構いませんか?」

雨に濡れ、身体が重くなっていましたが、何とかここまで辿り着きました。ククリとクリスさんの様子を見る限り、先ほどの惨劇についてはあまり知らないようではありました。

「リオスさん……それに、その子は?」

「話している余裕がないんです。早く、手当てをしなければ……!」

クリスさんが車椅子を回して、僕の方へ近づいてきました。そして、傷ついたラナを見ては血相を変え、ククリに指示を出しました。

「ククリ、お医者様を呼んできて」

それを聞いて、僕はククリを止めてラナをベッドに下ろしました。

「それは仲間に頼んであります。ですから、今は少しでも良いので、応急処置がしたいんです。包帯と、あるだけの消毒液をください」

「分かりました。ククリ、薬箱を取ってきて」

僕は、銃弾がラナの身体から貫通しているかどうかを確かめるため、ラナの服を脱がせました。毒を盛られたとも言っていましたから、そのせいでしょう。身体には発疹もあり、先ほどよりもより、火照っていました。

 心臓を狙ったのでしょうか。胸の中心からややずれたところに穴が開いていました。そして、その真下に当たる背中を手探りで触ると、貫通していることを確かめられました。とりあえずは、鉛が体内に流れている可能性が無いだけでも、一安心です。しかし、レナは剣士であり、ラナとは違い銃の扱いには不慣れなはず。何故、ラナが対処出来なかったのかが分かりませんでした。レナに対しては、やはりどこか甘いところがあるのかもしれません。唯一の、ラナにとっては実の家族です。本心では、ラナはレナと戦いたくなどないのです。

「持ってきたよ」

「ありがとうございます」

ククリから薬箱を受け取ると、消毒液のふたを開け、ラナの身体にある傷口にかけました。かなり沁みるでしょうに、それでもラナは気を失ったままでした。

「切り傷なら、これで出血は止まるはずです」

僕は、心臓に近い方を固く紐で結び、傷口にはガーゼを当てて、包帯を巻きました。しかし、銃弾を浴びた傷口をどうしていいかが分からず、そこからの出血を止めることも出来ません。

「ラナ……しっかりしてください。きっと、助けますから」

ラナの唇の色が、どんどん青くなっていくのが目に見えて分かりました。酸素も足りないようで、チアノーゼを起こしているのです。

「ア……ト」

ラナの唇が、そう動いた気がしました。ラナは夢の中で、まだ戦っているようでした。そんなラナを見て僕は、レナに対する怒りと共に、自分が別行動をとったせいで、ラナとアトを後一歩で失うところまで追い込ませてしまったことに対して、自分への怒りも感じていました。


 雨は、より一層強く降り注ぎはじめました。


 誰かが、泣いているかのように。


「リオ! お医者様だよ!」

アトの声が小さなこの白い宿の家全体に響き渡りました。それを聞きつけて、僕はすぐさまラナの元を離れ、アトの連れてきた医者のところへ走りました。

「アト、ありがとうございます。あなたがお医者様ですね? こちらです、お願いします」

僕はラナが寝ている部屋へと案内しました。白衣なども着ていない、一見、旅人にも見えるその医者は、柔らかなブロンドの髪を雨で濡らし、クリスさんからタオルを受け取ると、顔についた雫を拭き取りながらラナの元へ来ました。

「刀傷の方は一通り手当をしました。しかし、胸部の銃で撃たれた傷は、弾が貫通しているかを、確認した程度です」

僕から引継ぎを行った医者は、ラナの左手首を掴んで脈を確認し、身体全体を調べていました。

「……これは酷い」

そう言って、医者は軽く傷口に手をかざしました。何をするのかと、僕とアトは、黙って見守っていました。

「リカヴァリー」

その言葉と同時に、医者の手から淡くて白い光が生まれ、ラナの傷口に吸い寄せられるかのように、まとわりついてきました。そして驚くことに、光はラナの傷口を見る見るうちに塞いでいくのです。この光、そしてこの力……間違いありません。

「あなたは、白魔術士なのですか?」

「はい。白魔術士のヤイカ=オブセントと申します」

これほどまでに、ついていると思ったことは無かったでしょう。このようなラバースに監視されている街の中でようやく見つけた貴重な医者が、白魔術士だったなんて……。ここまで深い傷を治癒できるのは、白魔術士くらいなものです。僕は、この医者……ヤイカに手を合わせて拝みたい気持ちになりました。

「完全には塞がっていませんが、傷の方はこれで大丈夫でしょう」

「本当!? ありがとう!」

それを聞いて、確かに僕も安心しました。けれども、引っかかることがあり、心の奥底から喜ぶことは出来ませんでした。

「発疹が消えていません……」

「はい。魔術では解毒することが出来ません」

はっきりとそう断言すると、ヤイカは自分の持ってきた救急箱から、いくつかのハーブを取り出しました。

「ウォード。キミが盛った毒はイバノかい?」

イバノ。そういえば、このアクアリームのあるビード地方には、野生で雌株に毒を持つ植物が生えていると聞いたことがありました。雌株を砕いて白い粉にして、おそらくはラナの体内へ忍びこませたのでしょう。致死量はかなり吸い込まないといけないため、流石にラナも、そこまで盛られていたら途中で気付くはずです。発疹と軽い呼吸困難の具合を見ると、このウォードという男も、ラナを殺すために毒を盛った訳ではないことが窺えました。

「あぁ、そうだ。ヤイカ、何とかなるか?」

「うん。なるよ」

黄色のハーブとこげ茶色のハーブを取り出すと、ヤイカは二つのハーブを擦り合わせ、粉状にすると、僕の方に視線を向けました。

「キミ、水を持ってきてくれる? 飲ませないと」

「分かりました」

僕が台所へ水を取りに行くと、ヤイカはラナの顔を見ながら問いかけてきました。

「キミたちは、何故ラバースの兵士に命を狙われたんだい? 何日か前に、通達が来たよ。銀髪に銀瞳の剣士に、色素の薄いブロンドの髪に緑の瞳を持った青年が現れたら、生け捕りにするように……と」

僕は言葉を考え、選びました。ここでレジスタンスであることを言うべきかどうか、悩んだのです。すると、アトが言葉を発しました。

「僕、黒魔術士なんだ。だから……悪魔狩りをしたかったんじゃないのかな」

ヤイカは表情を変えず、ただ頷いていました。そして、僕から水を受け取ると、解毒剤を水に溶け込ませ、ラナの口に注ぎました。上手く飲めないようで、殆どが口から零れ落ちていきます。

「それは、想像つくんだけどね。キミと、この子は? 魔術士ではないんでしょ?」

ラナの頭を抱え、少しずつ用量よく飲ませていきながら、ヤイカはなおも問いました。

「何者なんだい? キミたち」

「僕も……知らないんだ。リオ、どうしてなの? それに、あのラナを撃ったひとは、ラナに……そっくりだった」

アトが僕の方を向きました。これはもう、言い逃れは出来まいと感じ取った僕は、ラナに相談するべきことではありましたが、致し方ないと、言葉を紡ぎ始めました。

「……僕とラナは、二年程前、あのラバースに居たんです。しかし、幹部と意見が食い違いまして。それで、ラバースを脱隊したんです。これが、ラバースとの繋がりです」

そして僕は、アトの顔を見て話を続けました。

「ラバースの軍服を身にまとった、あのラナにそっくりな少年に命を狙われているのは、簡潔に言えば、兄弟喧嘩です」

「兄弟!?」

アトが驚きの声をあげました。しかし直ぐに、むしろ納得といった表情で応えました。

「もしかして……」

「えぇ、双子です。一卵性の……」

ラナとレナは、本当に瓜二つでした。ただし不思議なことに、一卵性双生児なのにも関わらず、レナの瞳はこの世界でも珍しくのない青色なのに、ラナの瞳は異端児扱いされるほど、出会ったことのない「緑」なのです。どうして色が違うのか、それを知るものは、今のところ居ないようですし、医学的にも分からないそうです。

 ラナとレナは、二歳のときに孤児院に捨てられていました。ラナ自身、親の顔を見たこともなければ、名前さえ知らないというのです。ただ、「ラナン」「レナン」という名札が首にかかっていた為、シスターはそれを名前と捉えたそうです。孤児には苗字がありません。ただし、軍人に限っては、成人と同時に好きな苗字を語れるのです。だからこそ、ラナンもレナンも、傭兵組織、ラバースへと編入したのかもしれません。

「兄弟なのに、どうしてレナはラナを殺そうとするの!?」

アトが、悲痛の叫びをあげました。僕はそれを聞きながら、色々な光景を思い出していました。

「……色々、あるのです」

ヤイカは話を、黙って聞いていました。しかし、ひと段落すると口を開き、話に入ってきました。

「ねぇ、旅仲間の知らなかったことを、会ってすぐの私に話してよかったの?」

ヤイカは試すような目で、僕のことを見てきました。それに気付いた僕もまた、ヤイカと同じような目で見ました。

「……お願いがあります」

ヤイカはにやっと笑いました。大方、想像がついているのでしょう。

「何かな?」

それでも、敢えて僕に言わせようと次の句を出しました。

「僕たちのチームに、入ってほしいんです」

それを聞いて、アトがハッと顔を上げました。

「チーム? この旅仲間に加われと?」

今度は僕が口元を緩めました。

「少し違います。でも、似たようなものです」

ヤイカは、解毒剤を飲み終え横になっているラナに視線を移すと、目を細めました。

「……応えは、この子が目を覚ましてからだね」

僕は、黙って頷きました。




 雨はまだ、止んでいない。




 しとしと……静かに降るその雨は、悲しみを運んでくる。




 まるで、僕たちの心境を表しているかのように。



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