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護りたいこころ

「ここで良いですか?」

机を持ち上げて、僕は指示を待っていました。

「うん、ありがと!」

「いえいえ」

そっと机を置くと、ふと時間が気になり時計を見ました。時計は三時を示しています。これは、そろそろ合流したほうがよさそうでした。あまりにも離れて行動していたら、ラナが無駄遣いに走ってしまうかもしれませんし、今はアトも一緒に居ます。茶色の髪に瞳であるのが、この世界の一般的な容貌。そんな中に、黒髪、黒瞳である黒魔独特の容貌を持ったアトに、緑瞳のラナが一緒では、何か問題が起こる可能性は十二分にあったのです。

(そういう僕も、銀髪銀眼ですが……)

僕は、僕の村人にしか見られない風貌を受け継いでいました。ですが、僕は魔術士というわけでも、何か特別な能力があるわけでもありません。

「兄たん、お茶飲む?」

「お茶ですか? では、少し後にお願いしてもいいですか?」

僕の言葉を聞いて、ククリは首を傾げていました。

「どこかに行くの?」

きょとんとした顔でこちらを見てくるその瞳は、ラナのものによく似ていました。僕にとっては、それがなんだか面白く感じました。こんなにも小さな子どもと成人済みのラナが一緒だなんて言ったら、またラナに怒られてしまいそうです。

「……兄たん?」

「あぁ、すみません。僕は旅仲間を探してきます。三人揃ったら、お茶をご馳走してください」

「うん、分かった!」

にこりと微笑み、この小さな宿を去ろうとしたその時でした。玄関から僕を止める者が入ってきました。

「リオスさん、今は街の方へ行ってはいけません!」

声の主はククリの母親、クリスさんのものでした。クリスさんは血相を変えて必死に僕を止めに入りました。この様子、ただ事ではありません。

「どうかしましたか? クリスさん」

クリスさんは、恐ろしいものを見たかのように、華奢な身体を震わせながら応えました。

「はい……どうやら、ラバースの兵士が何十人も来ていて、今、斬り合いをしているようなのです」

それを聞いて、僕は身体から血の気が引くのを感じました。ラバースの兵士……狙いはきっと、僕たちです。ラナ達が危ないと直ぐに察しがつきました。こんなところで、のんきにお茶をすすっている場合ではありませんでした。今すぐにでも、駆けつけなければ……僕は、ソファーに置いていた剣を携えると、クリスさんに問いかけました。

「クリスさん、詳しい場所はどこです! ご存知ですか!?」

「ティラという名前の店の付近が、広間になっています」

高台にあるこの宿の外から、僕は下の方を窺いました。目を凝らしてみても、何も見えませんが、耳を澄ませば男たちの怒声や金属音が響いていることに気付きました。

「ありがとうございます!」

僕は駆け出しました。今は一刻を争います。

「リオスさん!?」

クリスさんの抑制の声を振り切り、僕は躊躇なくラナ達のもとへ急ぎました。ラナとアトが、どうか無事で居ますようにと、願いながら走りました。まだ、金属音が響いているということは、戦いは終わっていないということです。今なら間に合うはずです。僕はふたりの無事の姿を確かめたく、祈る気持ちでアクアリームの広場へ向かいました。




「はぁ、はぁ……」

息がついに切れ始めてきたラナは、苦しそうに肩を上下させていた。大きな剣を杖にして、何とか立っている状態にまで追い詰められている……敵の数は、あと七人。これ以上ラナひとりで戦うのは無理だと僕には思えた。ラナの手が震えている。それは、きっと疲れより毒が身体に回っているせいだ。

「ラナ……」

僕が再び声をかけると、それを遮るように剣が再び襲い掛かってきた。それをラナは受け止めると、鍔迫り合いをし、何とか押し返そうと歯を食いしばっていた。

「くそっ……アト、ちょっとの間、自分の身を護れ!」

そう言うのと同時、ラナは腰に携えていた短剣を僕の方に投げた。

「えっ……ラナ!?」

直ぐにそれを拾うと、僕はこんなものを手にしたことが無かった為、どうしていいか分からず、強く短剣の柄を握り締めていた。

 一方ラナは、もう自分の前には居ない。レナの方に向かって走り出していたんだ。きっと、ラナはこの戦いを早く終わらせるには、司令塔であるあのレナという男を倒せばいいと……そうしたら、下部の動きが止まると考えたんだ。

「レナ、今日は加減してやんねぇからな!」

「……」

此処に来て、はじめてレナが動いた。それも、不敵な笑みを浮かべながら……。ラナの一振り目は軽く交わされた。いつもの切れが、今のラナにはもう無かった。

「これまで俺に留めを刺さなかったことを、後悔させてやる」

レナの剣を、額の寸でのところで受け止める。鈍く重い音が響いた。続いて、レナの突きが襲い掛かってきた。それを今度は横へ振り払うと、今度は空いた空間目掛けてラナが突きに出た。しかしそれは難なく交わされ、ラナの小手辺りにレナの刃が振り下ろされた。

「ぐっ……」

避けきれず、深く刃が腕に食い込んだ。そのせいで、ラナの手の力が抜けてしまい、剣先が揺らいだ。それでも懸命にレナの攻撃を受け止めていく。

 注意が完全にラナの方に行っていた僕には隙があった。そこを狙って兵士のひとりが僕に襲い掛かってきた。

「わぁ……っ!」

思わず短剣で応戦しようとしたけれども、非力な僕の力では話にならず、簡単に短剣は振り払われ、遠くに飛ばされてしまった。そして武器を失くした僕のもとに、七人の兵士が集まってきた。

「アト!」

ラナの声が響いた。ラナはレナの剣を受け止めながらも、僕の方に視線を送った。

「余所見とは余裕だな、ラナン!」

容赦なくレナの剣がラナを襲った。しかしラナは、敢えてレナの攻撃を避けず、僕の方に駆け出していた。それを見て、レナは剣をラナに向けて振り下ろす。すると、ラナの肩に深く刃が食い込んでいた。それでもラナはレナの方を向くことはなく、全速力で僕のところに駆け寄った。そして、僕に振り下ろされていた剣を間一髪のところで受け止めると、僕の身体を抱きしめた。左手と右肩に深い傷を負っているラナの身体には、力がもう残っていないのか、剣をついに落としてしまった。

「ラナ……っ」

僕の目には、涙が浮かんでいた。僕が殺されるのは、それこそ運命だったのかもしれない。だけど、ラナは? ラナは何も悪いことなんてしていない。それなのに、どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。しかも相手は、ラナにそっくり。兄弟か家族か親戚か。他人の空似だとは思えない。


 世の中は、狂っている。


「大丈夫。心配すんな」

世の中は、狂っていて、腐っている。けれどもラナは、失望しない。光を失ったりはしなかった。けれども状況はさらに悪くなってしまった。兵士たちが自分たちに切先を向けて、取り囲んでいるんだ。僕はもう駄目だと思って、目を硬く瞑った。そんな中、ラナは息を殺し、ある瞬間を狙っていた。そして次の瞬間、兵士の剣が一斉に振り下ろされたときだった。ラナは待っていたと云わんばかりに、ひとりの足を蹴り倒し、その兵士の剣を拾い上げると別の兵士の剣を遠方へと払い飛ばした。そして少しずつ切り崩し、再びレナの方へと斬り込みにいった。

 まさに、懇親の一撃だった。それが、レナの胸部を掠めた。そして次は足を狙いに行こうとした……そのときだった。レナは背中に携えていた妙な形の剣をラナに突きつけ、引き金を引いた。すると、大きな音と共にラナの身体は数メートル後方まで吹き飛ばされた。

「ラナっ!」

僕は直ぐに駆け寄ろうとしたけれども、倒れていない兵士が行く手を邪魔する。胸を撃たれたラナはまだ、起き上がらない。そんなラナにレナはゆっくりと近づき、今度はその刀でラナの身体を斬りつけた。

「やめて! もうやめてよっ!」

僕が叫ぶと、レナはそのときだけ剣を止め、眉間にしわを寄せると明らかに嫌悪の表情を浮かべ、部下に命令を下した。

「煩いな。早くそいつも始末しろ」

「……っ」

ここまでだ……僕は覚悟をした。

「……ア、ト」

胸を押さえながら、ラナが立ち上がった。そして、ふらふらと歩き出すと、僕のところまで来て、強く抱き寄せてくれた。

「大丈夫……絶対、大丈夫」

僕の耳元で呟く。ラナは決して弱音を吐こうとはしなかった。こんなにも絶望的な光景を前にして、どうして大丈夫だなんて言えるのか、僕には分からなかった。死ぬことが怖くないのだろうか。

「愚かだな。そのような悪魔のために、命を捨てるのか? まぁ、所詮それまでの男だった……ということか」

レナが刃についた血を振り払い、こちらに歩み寄ってくる。震える僕の身体をラナはさらに強く抱きしめてくれた。まるで、ラナは自分の身体を盾にして、僕を護ってくれているようだった。

「死ね」

ラナは歯を食いしばり、目を瞑った。ラナも、覚悟を決めたようだった。


 しかし、いっこうにレナの剣は振り下ろされない。


 レナに背を向けている形のラナには、今、何が起きているのか知る由も無い。


「……!」

僕は、目を見開いた。僕の目の前には、はっきりと映っていた。

「……剣を収めなさい」

低く響いた声は、レナのものではなかった。

「リオ!」

僕の歓喜の声が、ラナの目を開けさせた。

「さぁ、剣を収め、そこの兵士を下げなさい」

「……」

レナは渋い顔をして見せてから、兵士たちに退くよう目で指示を出した。大人しくリオの言うことを聞いているのは、今、レナの首筋には、リオの刀の切先が向けられているからだ。自分の命惜しさに、リオの言うとおりにしている。

「……今日のところは退こう。だが、次こそは斬る」

そう言い残し、レナの軍はその街から姿を消した。

「ラナ、アト……」

リオがゆっくりと歩み寄ってくる。僕の顔からは不安の色が消え、笑顔が戻っていた。しかし、ラナの顔にはまだ、いつもの元気な表情が戻っていない。それどころか、顔は青白く、唇の色も悪い。

「ラナ、大丈夫ですか!?」

リオが膝をついてラナの肩に手をかけた。すると、ラナの身体が小刻みに震えているのが分かった。

「……怖かった」

ラナは、下を向いたままそう呟いた。やっぱり、ラナも怖かったんだ……死ぬことが。




 リオは何も言わずにただ、ラナを抱きしめた。




「ラナ……」

僕は、ラナが「怖い」なんてことを口にしたのを、初めて見ました。ラナにとって、これは初めての経験だったのでしょう。これほどまでに、「死」と隣り合わせになったことが……。しかしそれは、僕の思い違いでした。ラナが恐れていたのは、「死」などではなかったのです。

「アトを……護れないかと、思っちまった」

ラナは、自分が死ぬことよりも、自分を慕い、目的も知らないこの旅に、一緒について来てくれた小さな仲間を、護れないことの方が怖かったのです。「ラナ」とはこういうひとでした。一にも二にも、相手のことを大切に出来る。そういうひとでした。また、そういうひとだったからこそ、今、あの組織を共に脱退し、旅をしているのだと思い返しました。

「ラナ、すみません。僕が勝手に別行動をとったりなんかしたせいで、こんなことに……」

「違う。リオは悪くねぇ……俺の、不注意……俺が、弱いから……」

「弱くないよ! ラナが居なかったら、僕は斬られて死んでいたもん!」

アトの言葉を受け、微かにラナの口元が笑いました。しかし、それっきりでした。ラナはぐったりとしています。

「ラナ……ラナ! しっかりしてください!」

ラナを仰向けにして、寝かせました。すると胸部に刀傷とは別のものがありました。それを見て思わず目を疑いました。

「アト! この傷……まさか、撃たれたのですか!?」

「うっ、うん……」

僕まで一気に青ざめました。こんな傷、多少の医学の知識があったところで、どうにもなりません。さらに、ラナの身体に発疹が出来ていることに気付きました。身体が火照っているのは、撃たれた影響かもしれませんが、この発疹はまた、別の要因がありそうです。

「これは……毒を盛られていませんか!?」

「そうかもしれない! 街のひとがみんな、ラバースの言いなりだったんだ」

それなら、ククリやクリスさんはどうだったのだろうかと、僕は疑問に思いましたが、それより今は、ラナを助けることを先決にするべきだとかぶりをふりました。

「誰か……誰か! お医者様はいらっしゃいませんか!?」

叫ぶと共に辺りを見渡します。けれども、こんなにも静かな街だっただろうかと思うほど、静まりかえっていました。僕は冷静になろうと深呼吸をし、今出来ることを探しました。

「……とりあえず、ラナを安静な所に運びましょう」

「えっ……でも、どこに?」

あの宿が安全なのか、今となっては怪しいところですが、賭けるしかありません。このままでは、ラナが死んでしまいます。

「少し行ったところに、小さな宿屋があります。そこに運びます」

「……安全なの?」

こんな目に遭わされたのですから、当然、アトも慎重になっていました。

「大丈夫です」

そんなアトに不安の追い討ちをかけても仕方が無いので、僕は笑みを浮かべてそう応えました。

「分かった! じゃあ、僕はお医者様を探すね!」

「お願いします」

僕はラナを背負い、ククリの家にと急ぎました。ラナはすでに意識はなく、ぐったりとしていました。こんなところで、ラナを失うわけにはいきません。僕は祈る気持ちで走りました。




「お医者様、どこですか……誰か、ラナを、ラナを……!」

僕は、精一杯声を出して涙を零しながら街を走った。

「ラナを助けて!」

ラナみたいに温かくて、優しいひとに、僕は出会ったことがない。こんなにも素晴らしいひとを、失いたくなかった。

 

 ぽつり、ぽつり。


 先ほどまで、澄んだ青空だったのが、急に空模様が悪くなり、雨が降ってきた。広いアクアリームの街を、くまなく探してみたけど、ひと気がまるでなく、誰も応えてはくれなかった。どうすることも出来ないのかと、道の真ん中でたたずんで雨に濡れた。



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