真の平和を求めて
恐れるものなど何もない。
恐れるこころに、負けてはいけない。
成し遂げるんだ。
この期を狙っていたのだから。
多くの民衆に、訴えかけるチャンスを……この、ときを!
「真の平和を築くんだ。誰もが安心して暮らせる世界を……築くんだ! 俺たち、皆の手で!」
国民は、怯えているようでした。
声を上げた者は全て焼き尽くすといわれ、レイアスが手を掲げているからです。
「諦めるな! 諦めなければ、人間、何だって出来るんだ!」
だから、ひとは夢を見る。
「俺を信じろ! 自分を……信じろ!」
だから僕たちは、彼を信じ……そして、自分たちを、信じ抜いた。
「ラナンは俺だ!」
民衆の中でフードを被っていた少年が、フードを取った。すると、ブロンドの髪を太陽に輝かせながら、確かに貼り付けられているはずの少年と同じ容姿が露わになった。
「なん……だと?」
国王は驚いた顔をしていた。そんなはずは無いと、処刑台に目をやっていた。
「……っ!」
民衆、いや、この場に居る全ての者たちが困惑し、場が荒れ始めたとき、少年は間髪入れずに駆け出した。手には剣を握っている。素早い動きで民衆を掻き分け、処刑台まで距離を一気に詰めた。すると、柵を難なく飛び越えて、私の目の前までやって来た。そのとき、私は確信した。この少年の正体が分かったのだ。
「すまない。私は……加勢出来ない」
「いい」
短く応えると、少年は処刑台に上り、ラナンの身体を固定していたロープを剣で切り捨てた。
「待たせたな、ラナン」
「うぃ? ちょうどいいタイミングだ」
手足の自由を取り戻したラナンは、グッと拳を作って見せ、改めて集まった民衆の目を、しっかりと見ていた。
「来てくれたんだな、レナ」
「……うっさい。お前を倒すのは、俺の役目だからな」
「うぃ、うぃ」
そう、青い目を持つその少年は、ラナンの双子の弟、レナンだった。敵対しているはずだったが、兄の危機を知り、ラバースを裏切ってきたようだ。
「レナンか……くっ、レイアス。レナンも敵だ。始末しろ!」
「レナ、いいんだな?」
「迷いはない」
ラナンは嬉しそうに笑みを浮かべた。そして、処刑台から飛び降りた。そこで、私と目が合った。
「カガ……は、そっち側の人間か?」
「……」
私が、言葉を戸惑ったときだ。背後から声が再びした。
「ラナ、剣を!」
皇女だった。ラナの愛用していた剣を持っている。
「さんきゅ!」
剣を手に取れば、レナとラナは背中合わせになった。
「ルカを頼む!」
「おっけー」
そこに現れたのは、栗色の髪の毛をひとつに結んだ青年。私には、見覚えのない男だった。
「ヤイ!」
「ルカ。お待たせ」
どうやら、ラナの仲間のひとりのようだ。やはり、助けに来ていたのか。
「今です! ラナを助け出しますよ!」
「魔術士部隊は私に任せろ」
「アト、メイは観衆が巻き込まれないよう、サポートをお願いします!」
リオスと、この声は……サノイ皇子のものか。少ない人数で、よくフロートの城下町まで入り込んで来たものだ。私は、彼らの連携と、ラナンへの忠誠心に脱帽の意を示した。
「行け、ラナン」
「おう! レナ、行くぞ!」
ラナンは、レナンと共に民衆の元へと駆け出していった。そこには、レイアスが集まり始めていた。
「みんなに手を出すな……っ!」
民衆を守るため、ラナは剣を握り、傷ついた小さな身体でレイアスに斬り込みはじめました。城側からはラナとレナが。そして、反対側からは、僕とサノが出向き、挟み込む形で走り抜けました。
処刑場は一気に混乱し、観衆は逃げ惑い始めました。逃げ惑う人たちは、アトとメイが確かにサポートし、レイアスの手に捕まらないように、逃げ出させていました。小さなふたりが頑張っているのだから、大人組が負けてはいられません。
「レイアスを……フロートをコケにしやがって!」
「ファイア!」
ラナに向かって魔術が放たれました。ラナは、すぐさまそれを切り消そうとしましたが、傷が痛むのしょうか。いつもより、精彩さは欠いていました。おそらくこの一週間、飲まず食わずだったのでしょう。ふらふらなところで、大きな剣を扱う為、身体により負担もかかってしまうのです。
「……っ!」
ギリギリのところでそれを消し去りましたが、次々と魔術は放たれます。
「みんな、必ず平和な世界を築いてみせる! だから、俺を信じてくれ!」
ラナは、決して諦めませんでした。
「自分を信じてくれ!」
レナがサポートに回ります。ラナが切り零した敵陣を、切り崩していきます。
「レナ、決して殺すな。命は何よりも尊いもの。奪ってはいけない!」
「分かったって。まったく、甘い……奴っ!」
レナがレイアス兵の腕を斬りました。しかし、命には別状無いところです。
「俺たちは、殺しがしたい訳じゃない。今はただ……この場を収めたいだけだ。ザレス! レイアスと共に退け!」
「……っ」
「大地よ!」
大きく地面が揺れた。サノの魔術が発動したのです。すぐさま低姿勢を取り、安定するのを待つと、ラナは背後を見ました。
「サノ……リオ!」
「待たせたな」
「お待たせしました、ラナ」
ラナはにこやかに笑みを浮かべました。そこへ、ルカとメイも加わり、民衆を逃がしたアトとメイもやって来ました。
「お父様。私はラナと共に行きます。皆が平和な世界を、私も築きたいのです」
「黒魔術士も生きられる世界を、僕は望む」
「医療も充実させたいしね」
「……平和がいい」
「くっ……」
国王は、苦渋を飲まされた顔をして見せた。眉間に皺を寄せ、険しい顔をしながらも、もはやこれまでと思ったのか、レイアスに撤退命令を出しました。
「ラナン。いや、アースよ……いい気になどなるな。これで終わったとは思うなよ」
「肝に銘じておくさ」
そして、国王を護るようにして、ジンレートを中心にレイアスは全員撤退していきました。その一番後ろには、カガリさんの姿もありました。どこか、申し訳なさそうな顔をしていましたが、カガリさんがラナに手を出さなかったことで、事はここまで上手く運んだのです。
「終わった……な」
ラナが、ふらっと倒れこみました。すぐに僕は、ラナを抱きとめました。
「ラナ、大丈夫ですか!? 誰か、白魔術を……!」
「いや、平気。まだ、刺客が居るかもしれないし、力は残しておいてくれ」
「だったら、尚更癒しておいてもらえ。その傷では、足手まといになるだけだろ」
ラナは、目を閉じてからじっとサノの顔を見ました。続いて、ルカ、メイ、ヤイと見ていきます。疲労度を測っているのでしょう。一番今、魔術を使わせても大丈夫そうな人を見定めているのです。
「サノ、頼む」
「あぁ」
すると、ラナの身体に手をかざし、白いぼんやりとした光の球を作り上げました。それが、すーっとラナの中へと入っていきます。優しい光は、ラナだけではなく、僕たちの中にも流れ込んでくるようでした。これが、サノの……神子魔術の力であり、本当の魔術のあり方だとも思いました。
「力は、間違えば戦争を招く。だけど、上手く使えば世界を変える、ひとを変える、人生を変える」
ラナは、立ち上がると僕たち、「アース」のリーダーとして言葉を紡ぎました。
「小さな人間でも、みんなで力を合わせれば、平和を築くことが出来るんだ。これからも、共に戦って欲しい。正しく、力を使いながら……」
僕たちに、異論はありません。僕は、ラナを囲みながら手を前に突き出しました。
「ディヴァインに、真の平和を」
「平和を……」
そこへ、サノも手を重ねました。さらに、皆が手を重ねていきました。
「レナ」
「……平和には、俺も賛成だ」
そして、レナの手も加わると、ラナは嬉しそうに笑いました。
「よ~っし、これから新たなアース出発だ! 打倒フロート。平和を築くきっかけは、俺たちだ!」
緑の瞳を持つ少年、ラナン。
この「ディヴァイン」を創ったとされる神「セルヴィア」に似た容姿を持った少年は今また、新たなる神話を築こうとしていました。
僕たちは、彼を信じ、自分を信じ、そして……。
「平和への旅路に、いざ、出発……!」
同志……「アース」を、信じ抜く。
僕たちの旅は……まだ、終わらない。
はじめまして、小田虹里と申します。
「COMRADE」~信じるべきもの~
これは、「COMRADE」シリーズの第一章として、幕を閉じました。今後、またこの先を書くか、いえ、もうすでに書き始めているのですが、アップしていくかは分かりません。ただ、ラナンたちの旅は、まだまだ終わりませんし、「真の平和」が訪れるまでは、彼らは「同志」を信じ、自らを信じ、旅を続けていくのだと思います。
私は、「甘い」と言われるほどの「平和主義者」です。
けれども、そんな「甘い戯言」が通じる世界を信じています。
いつかは、そんな時代が来ると……いつかは、そんな世界がはじまると、諦めたりなどしません。
自分の描いていく作品が、そういう世界を築き上げるきっかけとなれたら……と、ひとつ、ひとつの作品に、愛情と信念を注ぎ込み、お届けしているつもりです。
しかし残念ながら、まだまだ及第点には至らないのでしょう。
それでも、やはり諦めるつもりにはなれないのです。
これまでのシリーズに出てきた、「カガリ」は終盤、ちらりと出てきましたが、「ルシエル」の登場がありませんでした。個人的には「ルシエル」もとても好きなひとなので、チャンスを作っていきたいと思います。
この作品を通して、「希望」を感じ取っていただけたら……自分自身を、大切なものを、信じることが出来るようになっていただけたら、本当に嬉しいです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
こころより、感謝申し上げます。
また、別の作品でもお会いできることを楽しみにしております。