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絶望しないもの

 とても、眠れなどしなかった。


 運命とは残酷だ。


 私の最愛なる家族、村を焼いたあの日を思い出させる。


 


 ただし、今吹く「風」は……何故だろう。


 とても、優しいものであった。




「信じましょう。僕たちの力を、人々を……そして、ラナを」

「あぁ」

「うん」

「そうだね」

「……ん」

サノ、アト、ヤイ、メイが順に応えました。それから、ようやく辿り着いたフロート城下町に入ると、どのような街の構造になっているのかを調べる為に、念入りに、細かな通用路まで歩き、尺を測り、歩き始めました。どのような高さの建物が、どの程度あるのか。身を潜めるならば、どの辺りになるのか。全てを決める必要がありました。処刑執行日は、多くの人が集まることが予想されます。人を掻き分けて奪略に当たることも、視野に入れる必要がありました。

(ラナ……きっと、助け出します)

僕は祈る想いを噛み締めながら、図面に城下町の詳細を書き込みながら歩き続けました。


宿はすでに取ってあります。城下町に取るのは、流石に危険を覚えた為、少し離れたところに取って来ています。これから執行日までは、宿と城下町とを行き来することになります。そして宿に帰れば何度も入念に、役割分担をするという日々を送ります。




 そして、ついにその日がやって来ました。




 パン、パン……ッ!




「……ラナン」

処刑が始まろうとしていた。豪勢に、花火が上げられている。まるで祭りごとだ。私は朝、国王に呼ばれていた為、国王の部屋へと向かっている途中だった。

「何用でしょうか」

部屋に着くなり、私は顔も見たくないというように視線を合わせないよう、相手の胸元を見るようにしながら言葉を発した。すると、国王は相変わらず冷淡な声で話を始めた。

「ねずみが居るようだな」

「?」

私は何のことかと、顔を上げた。

「ラナンは処刑台に括り付けたそうだが、傷がすでに治ってきているようだ。誰かが牢屋で、癒しの魔術を使っていたとしか思えん」

「……癒しの魔術?」

「しらばっくれるのか? お前が牢に居たという情報は、レイザから報告を受けている」

「……あぁ」

確かに私は、ラナンの様子が気になり、度々ラナンの居る牢屋を訪れていた。だが、私は魔術士ではない。傷ついたラナンを、癒してあげたいのは山々だったが、とてもそんな神業、することなど出来るはずが無かった。そもそも、私が魔術士ではないことは、国王もレイザも周知のことだ。

「私は、魔術士ではありません」

「魔術が芽生えたのかもしれぬだろう?」

私は首を横に振りました。

「お言葉ですが、魔術とは血筋でもなければ、努力で会得出来るものでもありません。生まれ持った力。私がいくら手にしようとしても、出来ないことは陛下もレイアスの者も、誰もが知っている理ではありませんか」

そう、魔術とは特殊な才能なのだ。欲したところで、生まれてきたときに「要素」がなければ、開花されることは一生無い。親が魔術士であったからといって、その子も魔術士かといえば、そうでもないのだ。こればかりは、天によって決まる。

「お前は人間ではないからな。疫病神という名の神だろう?」

「……」

結局はそれが言いたかったのかと、私はこの場を後にしようとした。そのときだ。

「お前にも、栄誉を与えてやる」

「……?」

私は踵を返し、部屋を後にするのを一度やめ、国王の方に向き直った。

「ラナンに止めを刺すのはお前の役目だ」

「!?」

「なんだ? その顔は……やはり、お前が癒しの魔術を?」

「違います。今回の件はレイアスの手柄。レイアスがするべきです」

違う。単に私には出来ないからだ。ラナンは、私の可愛いこころの拠り所。殺せる訳がない。

「レイアスも、満場一致で認めている。お前に譲るとな」

「……」

嫌がらせか……と、私は苦虫を噛み締めた。何を言ったところで、この決定が覆ることは無い。

「分かりました」

「剣でも槍でもいい。心臓を一突きしてやれ」

「……」

国王は楽しげな笑い声を上げながら、そう言っていた。私は一礼すると、足早にこの場を去った。




 処刑まで、あと一時間。




「あの子が、レジスタンスのリーダー?」

「まだ、子どもじゃないのか?」

ラナンを初めて見るのであろう平民は、その容姿を見て、動揺を隠せないようであった。人が殺されるというのに、多くの者が集まったというものだ。所詮は他人事なのだ。ラナンが何故、フロートに楯突いていたのかは分からないが、楯突く者の末路を見せ付けるには、まさに絶好の機会となった。

「集まったなぁ」

これまで、牢の中でも沈黙を保っていたラナンだが、板に張り付けにされ、民衆の前に立たされてからは、いつに無く冗舌だった。これが、これから処刑される者の顔なのだろうか。

「お前、分かっていないのか? 間もなく死ぬんだぞ」

「上手くいけばな」

「……?」

俺は眉間に皺を寄せた。この男、まだ助かる気で居るのか? なんて楽観的な奴だと、呆れ顔で俺は言ってやった。

「お前には、死ぬしか道はない」

「道を決めるのは、お前……レイザじゃない」

男は、初めて俺の名を口にした。

「レイザはさ。何でレイアスに入った? 私欲か? それとも、別の理由があって?」

「……お前には、関係ない」

「うん。関係ない……だけど、理由はあるんだろ?」

男はそれ以上、追求はして来なかったが、ただ、真っ直ぐに続々と集まってくる民衆の目を、ひとり、ひとり見つめるように視線を送っていた。


 とても、勝機に満ちた……自信に溢れた目だ。


 この男からは、「絶望」というものをまるで感じない。


「俺にも、理由があるんだ。ちゃんとな」

「その結果が、これか?」

背後から声がした。テノール声の男。いつもとは違い、白のローブに身を包んでいた。貼り付けにされているラナンからは、この男の姿は見えていないはずだ。

「カガリか……あぁ、処刑遂行はお前の役目だったな」

「……先ほど、国王から仰せつかった」

「ならば、この場は任せるぞ」

俺の任務は終わりだ。後はこの疫病神カガリの役目だ。高みの見物と行こうじゃないか。

「くれぐれも、しくじるなよ?」

「……分かっている」

カガリの声は、どこか沈んでいるように思えた。この男は、甘い男だと聞いている。人を殺したことなど、おそらく無いのではないかとさえ言われている。陛下直属の臣下がそんな甘い奴で、大丈夫なのかと疑問に思う日もあったが、そこにもまた、理由があるのだろう。

(理由……か)

ラナンに影響を受けたのか。そんな言葉が不意に零れた。




「ラナン……大丈夫なのか」

「あんま喋ってると、叱られるんじゃねぇの?」

「……」

ラナンの顔など、とても見られなかった。死ぬしかない男の姿など、見たくはない。

「毎夜、牢屋まで来てたけどさ、大丈夫だった? あ、気にするな。独り言だと思ってくれよ」

「……」

何故、そんなにも明るく振舞える。空元気なのだろうか。それとも、絶対的な「死」を前にして、可笑しくでもなったのか……。




 いや、ラナンはそんな男ではない。


 ラナンは私とは違う。


「絶望」している私とは、違う。




「信じているからな」

「うぃ」




 ラナンが、遠くを見た気がした。


 どこか遠く……何かを、見つめるかのように。




 そこを見つけられたら、私にも見えるのだろうか。




 ラナンが「絶望」しない理由が……。  


 ザワザワ……っ!


 一気に民衆が慌しく声を一斉に上げはじめた。国王が、姿を現したのだ。フロートの紋章は虎。心底猛獣のような男だと思う。赤いマントを身にまとい、高そうな宝石を散りばめた首飾りなどを付け、処刑場には似つかわしくない振る舞いだった。まるで、これから宴を楽しむかのような様子だ。周りには、レイアスを控えさせている。ジンレートが赤いマントを身に着けているのは、国王を崇高している為なのかもしれない。もしくは、忠誠の証なのか。

 レイアスを固めて置いているのは、万一、謀反を考えている他レジスタンスから身を守る為だろう。

(そういえば……ラナンのレジスタンス、アースの仲間は一体……)

リオスとは、面識もあった。彼は、忠誠を誓ったら最後まで尽くし通す男だ。ラナンをこのまま見捨てて、身を隠しているだろうか。いや、そんなはずは無い。どこかに身を潜めている可能性は高い。だがしかし、アースの一員は少ないと聞いている。その数人で、何とか出来る修羅場では無いと、利口なリオスなら分かっているはずだ。敢えて修羅場に姿を現すことはしないのだろうか。




 忠誠心を取るか。


 保身を取るか。




 どちらが正しいのかなんて、私には分かりしれぬこと。




 ただ、願わくは……レジスタンスに、幸多からんことを。




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