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殺さずの誓いのもとに

 「絶対」などありえない。


 けれども、「絶対」を信じる「こころ」ならある。


 だからこそ、私たちは諦めない。


 「彼」を信じ切っている。


 「友情」とはまた違う、「何か」で繋がっている気がするのだ。




「ラナ、私が下に行き、事情を説明致します。きっと、フロートの使者であるレイアスも、分かってくださるはずです」

「へ? 何がだ? とりあえずさ、俺はレイアスに見つかったら戦わざるを得なくなると思うぞ」


そのときです。勢いよく、扉が蹴破られました。ラナは咄嗟に私を壁側へと押しやると、入ってきた住民と私との間に割って入り、私を守ろうとしてくださいました。

「緑の瞳……お前だな!」

村の人たちは、目の色変えて鍬や鋤を持って、ラナに差し迫って来ました。しかし、ラナは人数を数えているようで、目を右往左往とさせ、ある程度数え終わると、小さく「よし」と頷きました。

「この数なら、何とかなる。ルカ、俺と来ると、きっとルカは辛い思いをすることになると思う。だから、ルカはここに残るんだ」

「ラナは……ラナはどうするのですか!?」

「俺は、なんとかここを切り抜いて、リオたちと合流する……ルカ」

ラナは一瞬、俯いてから、すぐに顔を上げて後を続けました。

「最後まで、守ってやれなくてごめん」

「なんで……なんで謝るのですか! 悪いのは、私なのに……」

「何をごちゃごちゃ言っている! かかれ!」

その瞬間、ラナは剣の柄に手を掛け、走り出そうとしていました……が、その刹那。宿全体がものすごい勢いで揺れるのでした。

「きゃ……っ」

私は思わず、転倒しました。この地域では珍しい、地震かとも思い、私は次なる余震に備えてしゃがんだまま、頭を抱えていました。ラナはというと、この揺れにも動じず、倒れていく村人の中、ひとりこの部屋で立ったまま、辺りを見渡していました。

「ルカ、煙の臭いがする」

「えっ?」

言われてみると、確かに木々が燃える炭の臭いが漂っていることに気がつきました。

「まずいぞ。おい、あんた達も早くこの宿から出ろ! おそらく、レイアスがこの宿に火を放ったんだ!」

「な、なんだと?」

「死にたくなければ、急げ! 一酸化炭素でやられるぞ!」

そしてラナは、私の手を引いて村人たちを掻き分け、階段へと向かいました。すると、一階はラナの言うとおり、火の手がすでに立ち込められており、二階へ煙が回ろうとしているところでした。

「急ぐぞ、ルカ」

「はい!」

私も、ラナに遅れをとらないように急いで階段を駆け下りました。そして、宿の入り口を開けると、外へと逃げ出すことに成功しました。


 しかし、そこからが本当の修羅場でした。


「これは、これは。さすがだな。すぐに逃げ出して来たか」

ブラウンの髪をライオンのように逆立てた、二十代の青年を筆頭に、十数人の白のローブを纏った兵士が宿を取り囲んでいました。もっとも、ライオン頭の青年だけは、一人目立つように、赤いローブを身に纏っています。まるで、血の色をしているかのような赤いローブは、それだけでも威圧感を感じました。吊目の目じりの上がったライオン頭の男は、迷わずラナンに向かって手をかざし、魔術を発動させてきました。

「ファイア!」

「……っ!」

ラナは、私に当たらないように、私を横へ突き飛ばすと、炎の球の魔術を剣で切り落とし、男に向かっていきました。

「ルカ、逃げろ!」

「ルカ?」

それを聞いて、男は私の方を見ました。私は、その凍てつくような優しさのない瞳に、ゾクリと背筋から震えるのを覚えました。

「これは、これは……皇女様ではありませんか。ラナンにさらわれたのかな? ラナン、罪状が増えたな。皇女誘拐の罪で、お前を切り捨てる」

「俺はこんなところで、死なないさ」

(罪状が増える?)

ということは、私のせいでラナが追われていた訳ではないということ。では、どうしてラナは命を狙われているのか……私にはまだ、分かりませんでした。ただ、今私にできることをしようと思ったのです。

「レイアスのお方。私は、自らの意思で外の世界に出たのです。この方は、関係ありません」

「そう言っても、誰も信じないぜ? 皇女様。お前らは、皇女を確保しろ! レイザ、お前はラナンをやれ!」

「はい、ジンレート様」

レイザと呼ばれた男は、ジンレート……レイアスのリーダーよりも若く、やや薄めのブラウンの髪をワンレンに伸ばし、肩までつくほどある、気品のある顔立ちをした者でした。しかし、その目はやはり恐ろしく、狂気に満ちていました。

「ようやく会えたな、ラナン。わざわざレイアス様が出向いてやったんだ。少しは楽しませろよ」

「楽しませるために、俺は剣を握ってるんじゃない。俺は、この国を……この世界を、取り戻すために、戦っているんだ!」

ラナは、レイザと呼ばれた男に向かって走り出しました。その距離、五百メートル程。すぐさま間合いは詰まりました。しかし、魔術士相手に、そこまで近づいて大丈夫なものなのか……戦いに無知な私には、分かりかねました。

「ほら、皇女様は城にお戻りに。ここに居ては、ザレス国王陛下がさぞ、心配されます」

「嫌です、離してください!」

男の力に、女である私が敵うはずも無く、私は腹部に痛みを覚えると共に、視界がぼやけて意識が遠のきそうになりました。一瞬、意識が遠のきますが、唇を噛み締めなんとか意識を保とうとしました。ここで意識を手放せば、ラナがより心配してしまうと思ったからです。




「ルカ!」

「人の心配している暇があるのかよ。舐められたもんだな!」

相手は、思ったよりも小さかった。ラバースの元最下位クラス隊長、ラナン。どんな奴かは、会ったことも無かった俺には、知る由も無かった。背丈は百七十程しかない、決して大柄とは呼べない自分よりも、さらに小さい。こんな小柄な剣士ひとりに、何が出来るという。俺は魔術士のエリートだ。言葉を発するとそれを呪文とし、稲妻の魔術を発動させた。激しい光と共に轟音が鳴り響く。この至近距離ならば、相手を捕らえられないはずがない。

「邪魔だ!」

ラナンは、ジンレート様……つまり、レイアスの隊長の炎の魔術を切り捨てたように、稲妻よりも早く動き、それを右に飛び退き避けると、すぐさまダガーをこちらに向けて投げ飛ばしてきた。物理の攻撃を、シールドの魔術で跳ね返すことは出来ない為、俺は自ら身体をひねり、ダガーを避けると、再びラナンを追って攻撃の手を休めることをしなかった。

「お前の相手は俺だ!」

「ラナ……!」

レイアスの仲間たちに手を引かれ、皇女はこの村を少しずつ後にしていく。王国フロートを倒そうと反旗を翻したレジスタンス「アース」のリーダーに続き、皇女誘拐の容疑を掲げられれば、この男、ラナンは間違いなく即日処刑されることだろう。

 絶対的な死が、この男には迫り来ている。それなのにも関わらず、男は自分の身を案じるのではなく、皇女の身を案じている。愚かだ。皇女は、城に戻る方が懸命な判断だということすら、分からないのだろうか。

「馬鹿な奴め」

「……っ!」

炎の魔術が男の背中を焼いた。男は避けようと思ったら避けられただろうに、敢えて避けることをせず、背中に傷を負うのと引き換えに、俺から距離をとり、隊長と皇女との距離を詰めた。

「ルカを離せ!」

「愚かな」

隊長が手を突き出した瞬間、男は身体を屈めて地面すれすれのところまで腰を下ろすと、足蹴りを繰り出した。それを颯爽と避けると、すぐさま立ち上がり、剣を隊長の背中目掛けて袈裟懸けに振り下ろした。しかし、ローブを脱ぎ捨てた隊長のそれを切り裂くだけで、身体には当たらない。一瞬視界がローブでいっぱいになった男は、すぐさま左に避け、視界が開けるようにすると、目の前に隊長の手が広がっていた。魔術を発動される直前、男は後ろに飛び退いた。

「ガスト!」

「く……っ!」

勢いよく身体を飛ばされると、空中で一回転し、体勢を立て直す為に手を地面につき、ザザ……っという音を立てながら地面に着地し、すぐさま駆け出そうとする……が、そこには一斉に炎が放たれ、一瞬にして男は炎に囲まれた。俺と隊長以外のレイアス兵が、炎の魔術を放ったのだ。目に見える燃やすものが無くとも、空気中に酸素がある限り、炎はどこでも放出出来る。その為、炎の魔術を得意とする魔術士は多い。

 背丈の小さな男を、飲み込むほどの壁のような炎は、徐々にその面積を狭めていった。男もろとも、燃やし尽くして消えるかのように……。

「ラナ、ラナ……っ! 離しなさい! これは私の……フロート国、皇女の命令です!」

皇女が鬼気迫った声で、そう言い放った。おろおろとしていた先ほどまでとは違い、毅然とした、確かに皇女らしいという振る舞いで、隊長のことを睨み付けていた。けれども、そんな睨みに怯むような隊長ではあるまい。

「皇女様。我々は、ザレス国王直属の部下。貴女様の部下ではありませんので、その命令には従えません。ラナンを抹殺、もしくは捕らえ帰ることが、我々の使命です」

「そんな……っ」

絶望に満ちた顔は、大きくなる炎を前に青ざめていった。皇女という地位があっても、魔術が無ければ結局何も出来ない。人間とは、脆いものだ。ラナンという男も、所詮はやはり、力を持たぬラバース元傭兵。単なる民間人と、何ら変わりない。

「口ほどまでにも無かったな」

隊長の言うとおりだ……と、思ったその時だった。

「……っ!」

炎の後ろから、身体に火傷を負いながら突然男は現れた。炎から飛び出てきた男は、剣でレイアス兵の一人の腕を切りつけると、その勢いで隣の兵士の首元に、切っ先を当て動きを止めた。

「ほぅ。素早いな!」

地面が歪んだ。隊長の魔術が発動したのだ。蠢く地面にバランスを取られるかと思いきや、男は器用に剣でバランスを取ると、そのまま次々と周りのレイアス兵に狙いを絞って、切り捨てて行った。斬られていくレイアス兵達は、慣れない痛みに悲鳴をあげる。これまで俺たちは、無傷で勝利を得てきたツワモノだからだ。こんな一般人に傷つけられるなど、考えられなかった。


 俺たちは、隊長、俺、そして残り十八名の二十名の構成で来た。しかし気づけばもう、俺たちを含めて十名となっていた。


「半数が斬られたな」

「そうっすね」

隊長は、皇女の手を決して離さなかった。ただ黙って動かず、相手の動きを観察していた。相手は確かに素早い。小柄にしては、刃渡りの長い剣を扱っている。魔術を切り裂くことから、「魔法剣」という特殊な剣を扱っていることは、最初から気付いていた。生半可な攻撃は、相手によって掻き消される。だが、隊長のように地面を揺るがすような魔術を放てば、剣で防ぐことは難しい。

「ラナ! お願いです、逃げてください! 私のことはもうよいのです!」

「……」

男は黙ったまま走り続けた。背後から、炎の攻撃が飛び交うのを察知すると、すぐさまそれを横目で見るだけで速度と角度を計算し、飛び退き凌ぐと、その場に否妻が落ち、タッチの差でその場を蹴りだしていた為、命中はせず、その先には光の矢が幾つも落ちてくるが、剣を地面に突き刺すと、そこに光は落ちていき、男は身軽となり遂に隊長の元に向かって走り出した。

「おい、レイザ。相手してやれ」

「はい、ジンレート様」

隊長は、皇女の手を引きながら一歩後退すると、俺がその間に割って入り、俺がもっとも得意としている高度な攻撃魔術を発動させた。手を突き出し、相手の身体目掛けて呪文を唱える。魔術は、声を出し空気を振動させることで初めてそれが具現化するのだ。

「デストラクション!」

「!?」

空間が激しく歪むと同時に、爆発が起こった。隊長は、何が起きるかを予想していて、俺から距離を置いたのだ。万一、ラナン捕獲もしくは抹殺の為とは言え、皇女に傷をつける訳にはいかないからだ。

 ラナンは、流石に回避出来ず、俺の攻撃を直に受けた。身体中が切り裂かれ、火傷に加え裂傷を負った。

「かは……っ!」

血を吐き、膝を地面についた。しかし生きている。それだけでも不思議だった。これだけの魔術の直撃を受けて、何故意識を失わないのかが分からない。

「いい加減、諦めろ」

隊長だ。思い切り、男の頭を踏みつけた。身体中から大量の失血をしている男は、徐々に力なく、屈服させられていく。

「随分と俺の部下をやってくれたな」

「……て、なぃ」

「ん?」

「俺は誰も、殺してなどいないい!」

その刹那。男は左足に隠し持っていた銃をホルダーから抜くと、至近距離で発砲しようと引き金に指を掛けた。

(まずい!)

銃弾は、魔術では防げない。俺は焦りを覚えたが、隊長は不敵な笑みを浮かべると、皇女を自らの前に差し出した。勿論、手は拘束したままだ。

「……っ」

男が、引き金を引けるはずが無かった。目の前に居るのは、今は憎きレイアスではなく、皇女。武器も何も持たないただの女。この優男には、撃てまい。

「その武器も、没収だな」

男はうな垂れるように俯くと、力尽きたのか、どさりとその場に倒れこんだ。

「ラナ……っ!」

「うるさい」

隊長は、再び皇女に向かって睨みを利かせた。隊長は、かなりの高身長だ。背丈の低い女ごとき、なんてことはないのだ。

「皇女様、帰りますよ。レイザ、皆のもの」

「はっ!」

「お前はラナンを運べ。国王陛下の下へ連れて行くぞ。まだ息がある」

一番身体の大きい、かつ、負傷しなかった者がラナンを負ぶう任を負かされた。ローブが汚れるなどと、愚痴を零しながらも、隊長命令は絶対。兵士はラナンを背負うと、隊長を筆頭に皇女、俺、そしてラナンとフロート城へ向かい歩き出した。

「リオスは居なかったな……逃げられたか。まぁ、いい。リーダーさえ潰せば、こちらのものだ」

隊長は、満足げな笑みを浮かべると、切り裂かれた赤のローブを脱ぎ捨て、身軽になった身体で歩き出した。




 まさか、ただの元ラバース兵にここまでやられるなんて思ってはいなかった。


 緑の瞳に白い肌。




 「セルヴィア」と呼ばれる伝説の創造の「神」と、何か関係があるのだろうか。




 まぁ、そんなことは知ったことではない。




 これで、ラナンの「伝説」も「旅路」も、完全に終わり……だ。




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