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束の間のやすらぎ

 青い空が、こんなにも広く澄み渡っているなんて。


 なんて、綺麗な景色なのでしょうか……この、世界は。


 でも、どこかで不安の波が押し寄せて来る。


 西の空から、少しずつだけれども、雲の流れを感じる。


 何も、起こらなければよいのだけれども……。




 これは私の、所為なのかしら。




「良い天気だな! 雲ひとつないぞ!」

青年は青く済んだ空を見上げました。その瞳はとても美しい深緑色でした。


 あれから……ルカを助けてから僕たちは、宿へと戻って一泊しました。そして、今回はサノはこちらに来られないということでしたので、隣にある小さな街へと移動をしていました。

「ラナ、どうするんだい? やはり、宿から探すのかな」

ヤイが辺りを見渡しながら声をかけて来ました。セミロングの髪は下のほうで束ねられ、すらりとした長身は美しく、それでいて医者であり白魔術士であるというのですから、神は一物どころか、ヤイには幾多もの才能を与えているようでした。

 もっとも、背丈が低く、魔術士でもないラナには、ひとを惹きつける力、そして、どんな武器もおもちゃのように扱ってしまうという力が備わっています。身のこなしも軽やかです。


ヤイとラナ。


どちらが神に近いかと問われれば、不思議と「ラナ」と応えたくなるのです。


だからこそ、こうして仲間が次々と増えているのでしょう。


「そうだな。宿を探さないことには拠点を置けないからさ」

「拠点?」

レラノイルで加わった、小さな仲間……メイが首を傾げて問いかけてきました。それはそうでしょう。ラナと僕の旅の本当の目的は、まだ、他の仲間には告げていないのですから。そのことを頭から忘れているのか、ラナは多々危なげな発言をするので、フォローに回る側としては、困ります。

「ほら、寝床がないと落ち着かないでしょう? 今は旅仲間に女性もいらっしゃいますし、簡単には野宿というわけにもいきませんからね」

すると、同じくレラノイルからの新メンバーであるルカは、マントで姿を隠しながら、顔を少しだけ覗かせて、応えました。

「私の為でしたら、どうかお構いなさらないでください。野宿でも、何でも致しますわ」

僕は、ルカのこの声をどこかで聞いたことがあるような気がしてなりませんでした。しかし、どこで、どんなシチュエーションだったのか、まるで思い出せないのです。

「そうはいかないよ。キミみたいな女の子。旅慣れもしていないんじゃないのかい?」

そう言って、ヤイはルカの足元に目をやりました。それにつられて僕たちの視線もそちらへ向かいます。確かに、旅をするには慣れないヒールのある靴でしたし、綺麗な色白な足には、靴擦れがすでに出来ていました。

「すみません、気づかなくて。あなたの靴も買う必要がありますね」

「いえ、とんでもありません。私なら大丈夫ですわ」

ルカは戸惑った顔でそう応えました。足手まといだとでも、言われているように聞こえてしまったのかもしれません。僕には、決してそういう意はなかったのですが……。

「ルカは仲間だ。これからも一緒に旅する為には、やっぱその靴じゃ歩きにくいだろ?」

「……私、やはりお邪魔なのではないでしょうか」

「何言ってんだ! そんなことないって。邪魔な人間なんて、居ないってば」

ラナはにかっと笑ってみせました。そして、ルカの手を掴むと、今まできょろきょろしていたのは宿らしき建物を探していたらしく、そこへ向かって歩き出しました。

 いきなり手を掴まれたルカは、少し驚いた表情をしていましたが、突き放されるよりはいいと思ったのでしょう。どこか安心した表情をしていました。

「僕たちも、置いていかれないようにいきましょうか」

僕は、残りの仲間を引き連れて、宿の方角へと向かって歩き出しました。


 セスタ。


 レラノイルから少し離れたところにある、小さな街でした。


「ラナンさん。アトラさんと靴の他にも何かお買い物をしてこようと思うのですが、必要なものはありますか?」

宿屋の二階の部屋のベランダで背伸びをしていたラナに、金髪青瞳の美しい少女、ルカは声をかけていました。

「え……あ、あぁ」

その少女の声を聞いた途端、ラナの鼓動は脈うちました。そして、ラナの頬は柄にもなく赤く染まっているのでした。僕はそれを傍目に見ていて、口を挟みました。

「そうですね。適当に必要そうなものを買ってきていただけますか?」

あたふたしているラナの答えを待たずに、僕がそう応えました。それにラナは目をぱちくりとさせました。

「分かりました。それでは、行って参りますわ」

ルカは上品な笑顔を浮かべ、アトとともにここ、宿屋アシストを後にして、セスタの街の中に姿を消していきました。それを見送ってから、ラナは僕の方に歩み寄ってきました。

「リオ、何で横から口を出すんだよ」

ラナは頬をぷっと膨らませていました。それを見て僕は軽く嘆息し、洗濯物を干しながら応えました。

「いけなかったのですか? 何故です?」

僕は知っていました。こう言えば、ラナが黙ってしまうということを。何故ラナは、最近様子がおかしいのかということを。

 案の定、ラナは何も言い返せませんでした。ぷいっと後ろを向き、ベランダに手をかけました。そして、ルカの姿を目で追っていました。


 そう、ラナはルカに恋をしているのです。


 僕とヤイから見ればそれは一目瞭然。しかしラナ自身は、そのことに気づいてはいませんでした。ラナの頭の中に「恋」という文字はないと、僕は思っていましたので、僕自身、この事実には驚いているところです。

 ただ、ラナが気づいていないことは幸いでした。僕は、このままでいいと思っています。ラナは単なる二十歳の男ではないのです。ラナには使命があります。「恋」などというものに、走っている場合ではないのです。ラナには悪いですが、僕は徹底的にラナとルカを引き離そうと内心で思っていました。ルカをアトと買い物へ行かせたのも、他でもない、僕でした。

「ラナ。サノと会うのは次の機会にするのでしょう? それなら、レラノイルよりもっと離れたところへ行きませんか。セスタも近すぎますし、結構な大きさの街ですからね。もしまたレナが狙ってきたら、困るでしょう?」

それを聞き、ラナは遠くを見据えるかのようにして目を細めました。

「そうだな。この街近辺で騒ぎを起こすのは色々とまずいだろうなぁ」

レラノイルはこの世界で最も大きな港街でした。各大陸とも繋がっており、各地から船が集まってきます。この「セリアス大陸」から他の大陸に行くには、レラノイルの船を利用するしかないのです。

「もっと遠くの街へ行くの?」

部屋の奥から小さな男の子、メイが顔を出しました。

「あぁ、そうだ」

メイは何も言わずに再び奥へと戻っていきました。メイは身体こそ小さいけれども、ラナ以上に大人びた雰囲気がありました。不思議な少年です。

「なぁ、リオ。今度はどっちに行く? いっそのこと、海を渡るか? こっちから、サノの方に行ってもいいし」

ラナがベランダから戻ってきて、まじめな顔をして話しかけてきました。時折見せるこの真剣な眼差しを知っているからこそ、僕はラナに付いているのかもしれません。

「僕はまだ、この大陸でいいと思います。そうですね……南に行きましょうか」

それにラナは素直に賛成してくださいました。南に進路をとる……それは、ラバース、フロートから距離を置くということになるからです。僕たちは、ここ最近連続で戦い抜いてきました。ここまで攻め込んで来るとは、フロートも僕たちを潰そうと必死なのでしょう。

「それから……」

僕はこの部屋にメイが居ないことを確認してから、ヤイにそっと声をかけました。

「ヤイ、話しておきたいことがあります」

するとラナは、ますます厳しい顔をしました。




 時間は待ってはくれない。




 敵も……待ってはくれない。




 足音がもうそこへと、近づいてきている。




 着実に……。


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