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1話 初仕事は盗み聞き? その3

 さくらの家のすぐ近くには、東西をつらぬく一本の大きな道路がある。

 殺風景な道路だ。

 電柱などのようなものも立っていなければ、街路樹も無いために見わたしは良く、田んぼ、畑に囲まれて、のびのびと運転できるような四車線がひたすら続いているのだ。さくらの家からこの道を、東に向かえば山脈に入っていき、西へ向かえば人の気配のある繁華街へ、さらには奈良盆地の中心へと行ける。

 さくらと真緒は、西のスーパーへと向かって自転車を走らせていた。

 歩道はとても広いので、二人で並んでいても余裕で人とすれ違うことができる。

 この道路は、近隣の交通の主要となるような道路でもあるのだが、そのわりに車通りはあまり多くない。ただ、さすがに夕刻ともなればどこからともなく車が現れるようだ。小さなヘッドライトを点けた車が、西へ東へと行き交っていた。

 今から一五〇〇年前の古代には、この道路は存在しなかった。その代わりにこの場所では『近鉄大阪線』という線路が伸びていた。その頃は、周りを見渡せばたくさんの家が建っていたものだったが……現在は、田んぼや畑ばかりが広がっている。

 のどかな田園風景だ。

 吹き付けてくる風からは、わずかに稲の香りがするようだった。


「――それからね。学校の先生がやたら物知りで」

「うんうん」


 さくらは、自転車を並走させている真緒に向けて、べらべらと一人で喋り続けていた。

 気分が高揚してどうしようもなかったのだ。まさに時間も忘れて沢山のことを喋った。途中、自分が一方的に喋っていることに気がついたさくらは、ハッとしておとなしくなる。会話はキャッチボールだと言うが、これでは千本ノックだったかもしれない。

 反省して、真緒に話をうながした。

 すると――、

「ねえ、さくら」

「うん?」

「なんだか今日のさくら、妙に楽しそうだね」

 並走している真緒が、首をかしげながら言った。半分おかしそうで、半分困惑したような顔だった。彼女の長い黒髪は、まるで鯉のぼりのように風に泳いでいた。

「そっ……そうかな……そんなことないよっ」

 などと反論しつつも、さくらは自覚していた。

 胸が弾んでいる。ペダルをこぐ足も軽くて、スイスイと自転車がすすんでくれる。

 間違いなく、先ほどの『真緒の抱擁』の影響だった。

 ただでさえさくらはこの日、朝起きたときから「なんとなく寂しい」などと感じていたのだ。一日中もやもやとしていたほどだ。そんなときだったからこそ、あの抱擁はまるで魔法だった。すべてのもやもやが一気に吹き飛んでしまったのだ。…………それどころではないだろう。もう、テンションが高くて高くてしょうがないのだ。

 しかし、そんな胸中を真緒に見透かされてしまうのは恥ずかしかった。

「わっ、私、いつも通りだし!」

「そうかなぁ? 今日のさくらは妙に元気っていうか、そんな気がして」

「気のせいだよ。わっ、私はいつでも元気だよ!」

「……さくら、焦ってる?」

「気のせい気のせい。私はいつでも焦っているよ!」

 とっさに滅茶苦茶なことを言ってしまう。その言葉に、ますます真緒が不審顔になった。

「そっ、そういえばさっき、おねえちゃんが読んでいた漫画って――」と、さくらは話をそらした。





 自転車を走らせること十数分。目的地に到着。

 築年数もまだわずかのスーパーだが、白いペンキはところどころ汚れていた。そろそろ塗り替えをしたほうがいいんじゃないかなぁ、とさくらは思いを寄せながら、駐車場に入って行った。

 四〇台ほどの車がとまっていた。

 最近、スーパー周辺の開発は進み、集合住宅が増えてきた。どこから来たのかは分からないが人口はみるみる増えているようで、なんとなく都会の臭いがするようになった――とは言っても、さくらは本物の都会を知っているわけではない。

「おねえちゃん、ごめんね」

「へっ?」

 二人で自転車をとめてから建物へと向かって歩く。その途中、さくらが突然謝った。いろいろな気持ちのこもった「ごめん」だった。

 セーラー服の真緒が、きょとんとしてその顔を覗き込む。

「どうして謝るの?」

「……だって、おねえちゃん今日はバイト休みだし。家でゆっくりできたはずなのに、連れてきちゃったから」さくらが小さな声で言う。

「なあんだ。そういうことか。気にしないで」と真緒が、にへへへ、とだらしない感じの笑顔で答えた。

「……うん」

 少しだけ薄暗くなったせいだろうか。若干肌寒い。さくらは家を出る際、シャツのうえに青のカーディガンを羽織ってきたのだが、どうやらその判断は正解だった。

 自動ドアをくぐり、さくらがカゴを一つ取る。

 焼きたてのパンが並ぶコーナーを通りすぎるとき、真緒はくんくんとにおいをかぎながらパンに吸い寄せられて行ってしまったが……ぶんぶんと首を振って自制した。

「い、いけない……あまりの良い匂いに、さっそく我を失うところだった」

「あはは……間違ってもパンにかぶりついたりしたらだめだよ」

「パンによだれを垂らすのは?」

「……意味が分からないよ。……もっとだめに決まっているでしょ」

「でも親切な店員さんが奥から出てきてさぁ。『パンによだれを垂らしてしまったなら仕方ないですねぇ、どうぞ持って行ってください』とかって展開に――」

「ならないからね」

 さくらの目が鋭くなる。

「そうだよねえ」

「おねえちゃん、そんなに食べたいんだったら普通に買――あっ!」

「え?」

 そんな会話がうかつにも聞こえてしまったらしい。パン屋さんの奥、真っ白いエプロンをきたお爺さん店員が、明らかに真緒を警戒していた。怯えたような表情で、ちら、ちら、と視線を向けてくる。

 二人は深々と頭を下げ、そそくさとその場を離れた。さすが姉妹なのだろう。動きがシンクロしていた。

 小走りで乳製品コーナーにやってきてから、さくらが口をとがらせる。

「も、もう。おねえちゃん。完全に迷惑なお客さんだよ」

「冗談が過ぎたかも」

 と言いつつも、やはりパンが名残惜しかったのだろうか。真緒はさきほどの場所に視線を戻した。

 さくらは牛乳を選びながら言う。

「おねえちゃん、やっぱりもうお腹空いたよね」

「うん。でも間食とかは我慢するよ。家に帰ったら美味しい料理が食べられるんだし」

「……だから、そんなこと言われちゃうと作りづらいんだってば」

 一リットルの牛乳パックを二つ、かごに入れたさくらは、ちょっとだけわざとらしい半眼を作って真緒をにらんだ。

「そうかあ。じゃあ私、今夜のさくらの料理にはまったく期待しないことにするよ。けど一応、間食とかは我慢しておくね! お腹が空けばなんでもおいしくなるって言うし!」

「そ……そこまで言われちゃうと悲しくなっちゃうかな……」

 真緒は「なんちゃってね」と言わんばかりに舌を出した。

 いきなりこんな意地悪を言われてしまうとは思わなかった。文句の一つでも言ったほうがいいのだろうか。さくらは頭を巡らせるが、すぐに「どうでもいいか」と考え直した。 

「……まあ、いいか。おねえちゃんの言うことだし」

「そうそう。私の言うことを真に受けちゃだめって――あれ? もしかしていま、ばかにした?」

「そ、そんなことない……かな?」

「さくらが反抗期! さっそく反抗期!」

「なっていないのに! ていうかさっそくってどういう意味なのっ」

 いまにも喧嘩がはじまるのではないかという大きな声に、付近の買い物客から視線が集まってしまった。

 さくらはハッとして、隣の真緒に言う。

「静かにしよう……」

「さくら、エビ入れよう、ボンゴレエビにしよう」

 真緒が目を輝かせて海鮮コーナーを指さした。ちゃっかりと小声になっている。「あと、食後はヨーグルトが良いんだけど――あ、スイカが売ってるよ」と、あくまでも小声ではしゃぐ。どうやら公共のマナーくらいは意識しているようだが、いつのまにか彼女の中でおかしなエンジンがかかってしまったようだ。

 これは大変な買い物になりそうだ……と嫌な予感をおぼえたさくらだったが、とくに悪目立ちするようなことも、かごの中が混沌としてしまうようなこともなかった。ぐるりと店内を一週する頃には予定通りのものが揃った。

 真緒は思いのほか静かだった。


 レジには五〇代の女性店員がいた。

 商品のバーコードをすべて通してもらうと、会計が三八〇円と表示された。さくらは学生証を店員に提示して、その裏に貼ってあるバーコードを機械に読み取らせる――会計が〇円になった。

「ありがとうございました」

 二人は食料品をバッグに詰めこんだ。大容量のバッグが膨れあがった。

「荷物は私にちょうだい」と真緒が言う。

「えっ? いいよ。おねえちゃんは私が無理やり連れてきちゃったようなものだし」

「私、普段は姉らしいことしてないし。このくらいはしないとね。っていうかどうせ自転車のかごに入れちゃうし」真緒が笑ってバッグを持ち上げた。肩にかけて歩き出す。

「あ……」

 真緒が外へ向かって歩き出した。さくらは何かを言うタイミングを逃し、黙ってその背中を追うが……バツの悪い気持ちになった。

 自動ドアをくぐりながら、さくらは考える。

 ――充分なんだけどな。

 大月真緒はたとえバイト帰りの夜であっても、疲れた様子などは全然みせずに会話に乗ってくれる。そもそも彼女が一生懸命にバイトをしているから、『余計なもの』が買えるのだ。服、おやつ、ジュース、漫画の本は……さくらは買わないにしても、真緒は買いまくっている。むしろ真緒がバイトをする目的はそれしかないのでは、とたまに思わなくもないのだが、働く動機どうきなどというものはいくらあっても良いだろうし、さくらには文句をいう資格はない。

 自分はなにもしていないのだから。

 実際のところ、さくらは家事で家を支えてはいるのだが、そんな実感はなかった。

 そんな実感がないからこそ、罪悪感をおぼえる。

 さくらはなんとなく、重たい荷物をあねに持たせつつ、自分は手ぶらで歩いていることが、そしてこの青いカーディガンを羽織っていることが――申し訳ないような気分になった。

 薄暗くなった駐車場を二人で歩き、自転車へと向かう。

 まだ空はぼんやりと明るいが、ほどなくすれば真っ暗になってしまうだろう。いつのまにか街灯も光っていた。先ほどまでは無かったはずの光だ。なんとなくその光に目を向けると……、

 なんの前触れも無く、ひとつ閃いた。

「あっ!」

 つい大きな声で言ってしまう。

「どうしたの? なにか買い忘れたの?」真緒がバッグをかごに乗せながら訊いた。

「ううん……えっと、帰ってから言う」さくらはそそくさと自分の自転車に近寄った。

「……ふうん?」

「それより帰ろう。暗くなっちゃった」

「そうだねえ」

 二人は自転車に乗って帰路についた。





 さくらが住んでいるこの世界では、あらゆる科学技術などが発展の途中であるが、『発展』というよりはむしろ『復興』というほうが近いかもしれない。

 復興というのはつまり、一五〇〇年前、人類が滅んでしまってからの復興という意味だ。

 ほんの八〇年ほど前になってようやくガソリン車が現れて、道路も綺麗に整備されるようになったらしい。二人が自転車を走らせている歩道も、広くて綺麗なものだった。

「バッナナ、バッナナに牛乳があ、イッチゴ、イッチゴに牛乳があ」

「お、おねえちゃん……なにその適当な歌」

「あれ? 子どもの頃にテレビでやってなかった?」

「……あったのかな」

 思わずさくらは不審顔になって見つめてしまう。真緒はまったく気にした様子もなく、上機嫌で自転車をこぎつづけた。

 太陽は沈み始めていた。

 辺りは薄暗く、道路には街灯がいとうが光っていた。集合住宅の窓からも光が漏れている。

 しかし街には、一切の電柱でんちゅう電線でんせんがない。

 それにも関わらず夜の街が輝くのは、それぞれの家庭や電灯が『エネルギー受信』をしているためだ。一体どこから、具体的にはどんなエネルギーを受信しているのか……さくらは説明をうけたことがあったがよく分からなかった。どうやら古代、西暦二〇〇〇年の頃にはじめて生まれたテクノロジーであるらしい。この世界で使われるようになったのは、わりと最近であるようだ。

 電気代なども発生しない。

 よって電気は誰もが使い放題となるのだが……こんな便利なエネルギーが使われるようになったからといって、家庭から石油ストーブのようなものが消えたり、または道路からガソリン車が消えるようなことはなかった。

 多くの家庭には石油ストーブが置いてあるし、道路にはガソリン車と電気自動車が混在している。

 このデタラメな街の姿は、この世界に住んでいる人々の人間性そのものかもしれない。あらゆるものを受け入れて暮らしているのだ。

 良く言うならば、人々はみんな脳天気のうてんき寛容的かんようてき

 少しだけ悪く言うならば……人々はみんな『真緒』なのだ。

「キャベツにキャベツに牛乳が、トマトにトマトに牛乳合わない」

 真緒は歌い続ける。

「……やっぱりすごい歌」たまらずにさくらがつっこむ。

「だよねぇ。でも、もっとすごい歌がいろいろあったよね?」

「あ、サイボーグおばあちゃんとか?」

「そうそう! 私もそれは今思い出した!」

 思い出話に盛り上がっているうちに、あっというまに田んぼだらけの風景になっていた。小道に入り、家の庭に到着する。

 自転車を降りて車庫にしまうと、二人で玄関に向かって歩く。

「……よし」

 と、さくらが小さな声で呟いた。

「ん? なに?」

「あっ……えっと、あとで言うね」

「え、またそれ? 教えなよお」真緒がせがむように言う。

「うっ、ううん、まだ言わないの!」さくらが焦って大きな声を出してしまう。

「は……反抗期?」

「……ちがうのに」

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