3話 もう笑うしかありません その7
その場にいた全員が、足音に気がついていた。
いっせいに振り向いた。
家の敷地の出入り口。
そこには、いつの間に現れたのだろうか、『大きな男』が立っていた。
「――うわっ!」
さくら・ゆり子は、声を揃えて驚いた。
思わず二人は、どさっ、と荷物を地面に落としてしまった。リュック、たたまれた傘、買い物袋。――逃げ出してしまう寸前だった。
場違いな男が現れたのだ。
ここに現れる訳がない男。そして、見るからに物騒な大男。
身長が二メートル近くある。
ジャージ姿。短髪。太い眉毛。燃えるような瞳。顔にはびっしりと汗を浮かべ、彼はぜぇぜぇと息を切らせていた。
さくらの中学校の教師。四八歳、和田豪雷である。
しかも彼の右腕には――、『剣道着の一人の人間』が、抱きかかえられていた。
間違いなく立浪だろう。
彼は捕まってしまったのだ。
まるで干された布団のように、和田豪雷の腕のなかでぐったりとしていた。
「よ、よぉ……さくら。……来たぜ……」
と、その抱きかかえられた剣道着――立浪――は、気まずそうに片手を上げ、さくらのほうを向いた。――もっとも、金属製のメットの中の表情はうかがえないのだが。
そしてもう一人。
和田豪雷の背後から、自転車を押した一人の少女が現れた。
制服のブラウス、紺色のスカートは、心なしかヨレヨレである。鎖骨のあたりまで届く髪も、ぼさぼさに乱れ、前髪が汗ではりつき、クリーム色のカチューシャがわずかにズレていた。
さくらのクラスメイト。疲れた表情の、飯村葵である。
彼女の右手には、木刀が収まっているだろうプラスチック製のケースが握られていた。
「さーちゃん……ただいまぁ……」
と、そのケースを持ち上げながら、葵は半笑いで挨拶をした。
「…………うん。……おかえ……り?」
さくらは、困惑した。
いったい、誰に状況説明を求めればいいのだろうか。
しかし、すぐに和田豪雷が喋りはじめた。
「……ここが、大月さくらの家で、いいんだな……?」と、息を切らせながらも、強い口調で訊ねてくる。
さくらは一歩だけ後ずさりしてしまったが、恐る恐る答える。
「え……。はい。……そうですけど……」
「じゃあ大月さくらに訊ねるが、『コイツ』は――」
と、彼は、自分が抱きかかえている『剣道着の男』を、ちらっ、と見てから、
「コイツは大月さくらの家に、仮装パーティとしてやってきた『ただのお調子者』ということでいいんだな?」
「……」
さくらは思わず、「へ?」などと言いそうになってしまったが、さすがに空気を読んだ。
和田豪雷の隣で、葵が、パチパチとウインクをしているのだ。間違いなく、「話を合わせて」ということなのだろう。
「……そうです。今日は、そこの『剣道着さん』は、私の家に仮装パーティをするために来る予定だった、お調子者なんです……」
「ふむぅ……話は本当だったのか。まったくまぎらわしい……」
納得したゴリラ――、和田豪雷は、右手に抱きかかえている『剣道着さん』を、そっと地面に下ろした。
「ははは……。そういうことだったんスよ……。スンマセン……」
と、剣道着さん――立浪は、砂利の上へとおろされ、ぺたり、と尻をついて笑った。
もっとも、メットがあるせいで表情はうかがえないのだが。
次に口を開いたのは、近所会のリーダー、勇作だった。
「あのデカイ男はなんだ?」
その問いかけに答えたのは、内田ゆり子のお爺ちゃん。内田豊である。
「ワシの後輩みたいなもんだよ。さくらクンの学校の教師だ」
「お前はほんとうに顔が広いなぁ」
「てめぇだってそうだろう?」
「お前ほどじゃ――」
少年少女たちが呆然としているのもおかまいなしに、『お爺さん二人』は、内輪話で盛り上がりはじめてしまった。やがて、「はっははは」と笑い合う。――完全に、二人だけの世界に入ってしまったようだった。
二人が知り合いだというのは、本当のことらしい。
「さーちゃん」
小さな声で呼ばれ、さくらは振り向いた。
自転車をとめた飯村葵が、汗だくになりながら近寄って来た。
先ほどまで彼女は、『立浪たち』を自転車で追いかけていたのだ。さすがに、疲労困憊、といった感じの顔つきだった。
「助かったよ。話を合わせてくれて」
「うん。葵ちゃんこそ、和田先生にうまく説明できたんだよね」
「――あはは……。危なかったけどね」
葵は、木刀の収まっているだろうプラスチックケースを、さくらへと押し付け、スカートのポケットからハンカチをとりだした。
「いやぁ……すっごい汗かいちゃったわ……あはは」と苦々しく笑いながら、葵は自分の顔や首を拭きはじめた。
「ねぇ。葵ちゃん。シャワー浴びちゃったら?」
「うーん。どうしようかな?」
「使ってよ」
「じゃあ、後で使わせて」
「うん」
さくらは、木刀の収まったケースを片手に笑った。
それまで黙っていた内田ゆり子は、とてとてと小さな歩幅で歩きだした。そして地面にへたりこんだまま座っている『剣道着さん』の元へと近づいて行き、
「立浪先輩。だいじょうぶですか?」
と声をかけた。すると彼は、
「あぁ。全然大丈夫だから……っていうか、キミ誰?」
「後輩の内田ゆり子です。きょうは、さくらちゃんに招待してもらって来ました」
「ふうん? まあいいや。そんなことより――」
立浪は座り込んだまま、メットを脱ごうともせずに、和田豪雷のほうを向いた。
そして呼びかける。
「和田先生、俺、不思議なんですけど――」
「ん? なんだ?」
「なんだか先生、朝からピリピリしていたみたいっすけど、本当にどうかしたんですか? なんだか、『俺の姿』を見た瞬間に、迷いもせずに指をさして『お前が不審者だな!』って叫んで、追いかけて来ましたよね?」
「……あぁ。まあな。最近、不審者が出たらしいからな」
「どんな不審者なんスか?」
「鎧だよ」
「や……、やっぱり鎧っすか……」
「鎧だ」
その会話に――、
さくらと、ゆり子が、ぴくりと反応した。
嫌な予感。
とてつもなく嫌な予感を覚えたのだ。思わず見つめ合う――、お互いに、同じことを考えているような顔つきだった。
和田豪雷は、
「まあ、どうやら内田センパイも見てくれているようだし、なにも問題はないだろうな。なにより、仮装パーティっていうのも本当らしいし」
と、太い腕を組みながら言った。
さくらは、堂々と答える。
「はい! そうです。ただのパーティです。不審な人なんて一人もいないですよ。安全かつ健全なパーティです。だから先生はさっさと帰っちゃっても、大丈夫です!」
「そうだな。なにも問題は無さそうだ」
「はい! 問題はありません」
「そこに隠れている『鎧』も、どうやら仮装パーティのメンバーらしいしな」
「はい! そこに隠れている鎧も、……え? 隠れている?」
「ん? 違うのか? アレ」
和田豪雷は、あごをしゃくってその先を示した。
すると、その場に居た少年少女たちは、一斉に視線を向けた。
さくらの家。
その建物の影から、『銀色の甲冑』が、こちらを覗き込んでいたのだ。
薄暗い場景になじめずに、ギラギラと怪しく光る、物々しい甲冑。
全身を覆うタイプのものである。
頭の先から足の先までの全身を、すっぽりと覆い隠し、肌の露出をなくしてしまっている。どの方向からの『攻撃』にも備えられるようにと、たくさんの金属のプレートが重ねられているような、『防御』に特化した甲冑なのだ。
そんな甲冑へと、一斉に視線が集まってしまうと、
びくっ! と『中身の人間』が驚いた。
そして、タイミングが悪かった。
中身が未来ちゃんであることを知っているさくら・ゆり子の両名はともかく、そんな予備知識のない立浪・葵の両名が、
「――うわっ! なんだありゃっ!」
と口を揃えて驚いてしまったのだ。
その反応を、不審に思ってしまったのだろう。和田豪雷は、思いきり眉をひそめ、銀色の甲冑を、ギロリ、と睨みつけた。
そして彼は、
「おいコラそこの奴」
と、凄みのある声を出した。
さくらは、やばいっ! と思い、
「ちっ! 違いますそれは怪しい人じゃないんですっ! 中身は未来ちゃんっていう女の子で――」と、早口で、大きな声で説明をしたのだが、和田豪雷は聞く耳を持たなかった。
どうやら戦闘モードに入ってしまったらしい。
「なるほど、お前が『うわさの不審者』か」と断定したように言いながら――、
二歩目。
彼は地面を蹴って走り出した。
「――ひいいっ」
と銀色の甲冑から、少女の、怯えたような声が漏れた。
次の瞬間、
さくらが高速で動いていた。
和田豪雷の動きがスローモーションに見えるほどの素早い動作だった。彼女は大地を蹴り、一瞬で彼の前へと立ち塞がる。しかもそのわずかな時間のうちに、手に持っているプラスチックケースから、一本の木刀を、するり、と抜き取っていたのだ。
流れるような動きでふりかぶって――、
「だめええええええええええええええええええええええええっ!」
大声とともに、横なぎ一閃。
ぼこっ!
という鈍い音。
「ほぐっ!」
というよく分からない悲鳴。
フルスイングされた木刀が、和田豪雷の股間に直撃していたのだ。
遅疑もなく、情けも容赦もない。あらんかぎりの握力が込められた渾身の一撃だった。
やがて彼は、がくっ、と両膝をつき、どさっ、と前のめりに倒れてしまった。
失神したようである。
「……」
「……」
「……」
その場に居た一同、唖然。
銀色の甲冑――未来ちゃんは、完全に腰が抜けてしまっていたらしい。建物の影で、がしゃーん、と音をたてて尻もちをついた。
内田ゆり子は、絶句して立ちつくす。わずかにウェーブのかけられた髪が、緩やかな風になびいていた。
立浪・葵の両名は、さくらと銀色の甲冑とを交互に見比べながら、「あれ? さっき未来ちゃんって言った? どういうこと?」とでも言わんばかりの不思議な表情に。
それまで内輪話に夢中になっていた『お爺さん二人』も、話すのをやめ、まん丸の瞳をさくらへと向けていた。
「――あっ!」
と、さくらが我に返り、しゃがみこんで呼びかけた。
「だっ、だいじょうぶですかっ! ああっ、どうしよう白目むいてる! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
さくらは謝りながら、倒れている大きな身体を揺らした。
そこに近寄ってきたのは、ピンクのポロシャツ。白いロングパンツの内田豊だった。
白髪の混じった短髪を、ぽりぽりとかきながら、
「ふーむ。一撃か……。や……、やるのぉ……」
などと言いながら、しゃがみこんだ。倒れ込んでいる大男を観察する。
その背中に、ぼそっ、と声がかかった。
「お爺ちゃん……。あなたも、さくらちゃんの家でなにか変なことをしようとしたら、こうなるんだからね……。よく覚えておきなさいよ……」
内田ゆり子の声だった。
するとそのお爺ちゃん。内田豊は、うっすらと冷汗を噴きだした。
「んーっ、ごほんっ、ま、まぁ――」
気を取り直したかのように、彼は言う。
「豪雷クンは、気を失っただけだな。心配するこたぁないぞ」と言いながら、さくらに向け、ニカッ、と笑った。
引きつった笑顔だった。
「そ、そうですか……?」
「ここで寝かせときゃ、やがて目覚めるだろう」
「ここで、寝かせておけば……、ですか?」
さくらは、天を見上げた。
濃い灰色の、重たい雲がたちこめている空だった。
ひゅう、と吹きつける風は涼しくて気持ちいいのだが、なんとなく、冷たい雨を予感させるような空模様である。
「あー、でも。内田お爺ちゃん」
と、少女の声がした。
さくらのクラスメイトの、飯村葵である。ハンカチをスカートのポケットにしまい込み、クリーム色のカチューシャの位置を直しながら、意見する。
「さすがに『ここ』じゃあ、まずいですよ」
「……おや。キミも、ワシがゆり子の爺ちゃんだって、知ってたのか?」
「まあ。先ほど、ちょっと」
と、愛嬌のある笑顔でごまかしてから、
「とにかく、もうすぐ雨が降ってきそうですもん。ここじゃだめですって」
「……んむ。言われてみれば、そうかもしれんなぁ」
「だから、中に入れておきましょう」
「俺の車のトランクに?」
「別にそこでもいいんですけど」
いいのかよっ!
と、誰かがつっこんだ。
男の声だった。
というよりは、剣道着の立浪である。地面にべたりと座り込んだままの姿勢で、ちら、とさくらのほうを見てから言う。
「――まぁ、さくらが中に入れてもいいよって言うならば、の話だけど」
「えっ、も、もちろんいいよ。っていうか殴っちゃったのは、私だし……」
さくらは顔に罪悪感を浮かべながら、しゅん、肩をすぼませた。――それでも木刀を握りしめたまま、かたくなに離そうとしないところは、まだまだ和田豪雷にたいして警戒心を働かせている証拠なのだろう。
それを見て、立浪は「ふっ」と苦笑。
なんとなく。
ほんとうになんとなくだが、さすがの立浪にも『今の状況』が分かってしまったのだ。そしてそれは、飯村葵も同様であるようだった。二人は、ちら、と銀色の甲冑を見て、ニヤリ、と笑った。
未来ちゃん。
あの銀色の甲冑の中身は、未来ちゃんなのだ。
やがて葵は視線を、甲冑からさくらへと戻した。
「とにかく『コレ』。さーちゃんの家の中に、適当に入れておきましょ?」
さくらは、うんうん、と同意して答える。
「私もそう思う。みんなで運べば持てると思うし」
「みんな揃っても、こんなにでっかい図体、持ちあがるのかな? って感じだけどね、アハハ」
「うーん? 持ちあがるんじゃないかなぁ? みんなで頑張れば」
二人が相談をはじめると、
がしゃ、がしゃ、がしゃ、と足音を立て、銀色の甲冑が近寄ってきた。
そして、
「うーん……、こんなに大きな人間じゃ、さすがに『我』一人じゃ持てそうにないかな……」
彼女は、仰々しいヘルメットの中から、静かに声を発した。
さくらは、きょとんとした。
「……えっ? なに言ってるの。こんなに重たそうな図体、一人じゃ絶対むりだよ」
「うん。たぶん、わ、『我』もそう思う」
「へっ? たぶん?」
「うん。たぶんだけど」
「っていうか『未来ちゃん』……お願いだから、その鎧、脱いでおいてね……」
「う……、そ、そうしようかな……」
そんな会話をしていると、
ぽつり、
と、大きな雨粒が、さくらの顔をたたいた。
「あっ! 降ってきちゃった!」
「しゃーねえ、運ぶか。野郎だけで充分だから、手ぇかせ」
内田豊が、体重一〇〇キロを超える和田豪雷の背中を、なんと、一人で抱え上げた。続いて、剣道着を着たままの立浪、それから近所会のリーダー勇作が、それぞれ足を持ち上げた。
――うわぁ。やっぱり男の人って、力持ちだなぁ。
などと考えながらも、さくらは玄関へと近寄った。
そして、右手でドアノブをまわした。
瞬間。
さくらの脳裏に、一つの疑問が浮かびあがった。
――あれっ? おかしいな……。こんなにぎゃーぎゃーと騒いでいるのに、おねえちゃん、どうして出てこないんだろう……?
嫌な予感、とまではいかないのだが、なんとなく妙な感じがした。
まぁいいか、とは思うものの、さくらが左手に握りしめている木刀には、じわり、と汗が浮かびあがっていた。
重たいドアを、ゆっくりと開ける。
そして中を覗き込むと――、
玄関口に、姉――真緒が倒れていた。
さくらの血の気が、さーっと引いた。
うつぶせで、セーラー服を着たまま、長い髪をばさりと広げ、力尽きたかのように倒れているその姿はまるで――、
「きっ――」
さくらは、悲鳴をあげてしまった。
まるで殺人現場にでも遭遇してしまったかのような、鬼気迫る悲鳴だった。
「――――お、おねえちゃん! おねえちゃんっ! 大丈夫っ!」
声を張りあげながら近づいた。
深刻な感じのするその声に、後に続いてきた男三人が、
「どうしたっ! なにがあった!」
と焦りながら、和田豪雷の身体を、どさっ、と落として玄関へと殺到した。三人が同時に入ろうとしたためなのだろう。お互いの身体が引っかかってしまう。
「うおっ! ちょっとどけって!」
「いててっ! こらどかんか!」
「あたたっ! 足がっ!」
もつれながら、お互いに声を張りあげ――、
その騒ぎで、真緒があっさりと目を覚ました。
「ん……? なんの騒ぎ……」
「えっ?」
呆気にとられるさくらの目の前で、真緒は、むくり、と身体を起こした。そして彼女は、にへらーっ、と、だらしない顔で笑った。
「さくら、おかえりぃ。でもおそーい」
「眠っていた……だけ……?」
「あ……。うん。眠っちゃったみたい」
「……」
「帰りが遅いからもう、お腹ぺっこぺこだよ」
「いやいや……、遅いって言ったって、まだ……」
呆れたような顔をしながら、さくらは、壁にかけてあるアナログ時計を見た。
六時になる一分前だった。
「どわああっ、いててっ!」
と背後で大声。どたどたっ、と足音がした。『二人のお爺さん』が、薄暗い玄関へとなだれ込んできたのだ。
内田豊。
勇作。
彼らは、同時に声を張りあげる。
「どうしたっ! さくらクンっ!」
「一体なにごとだ! さくらっ!」
「あっ」
ごめんなさい。なんでもなかったんです。
そう伝えようとした。
しかし、本当に間の悪いことに、ある『偶然』が働いた。
それは、
「変態だああああああっ! 変態だああああああっ! 変態が出たぞおおおお!」
いきなり家の奥のほうから、男の怒鳴り声が聞こえてきたことだ。
それは、かつて六時にセットしたことのある、『目覚まし時計』である。勝手にアラームが鳴りだしてしまったのだ。
本日、セットしたような覚えはないのだが――、なにかの拍子に、機能がONになってしまったらしかった。そういえば、今朝、ベッドの上に放り投げちゃったっけな、とさくらは思い出した。
とにかく、さくら・真緒姉妹には、その声の正体は分かっていたのだが――、
すぐ側にいたお爺さん二人には、分からなかった。
だから彼らは、
「変態はどこだああああああああああっ!」と声を張りあげ、土足で上がりこもうとした。
しかし――、
大月さくら、一三歳。
自分の部屋はつねに綺麗にしてあり、余計な物も置かず、見られたら恥ずかしいような物などは、一切をクローゼットに収納しているような彼女であっても、さすがに思春期まっただ中である。男が、勝手に部屋に入り込んでしまうのを見過ごすわけにはいかなかったのだ。
当然、
二人の勇敢な行動を、さくらが妨害した。
「まってええええええええええええええええ!」
と叫びながら、またしても木刀を使った。
しかも、使い方が巧妙だった。お爺さんたちの足をひっかけるように、水平に構えたのだ。
彼らは脛に、ごすっ、と木刀を打ち付け、ばたーん、と倒れた。
間もなく剣道着――立浪が、
「なにがあったんだあああああっ!」と叫びながら現れた。
彼の手には、二本のたたまれた傘があった。一見すると二刀流の武士のように見えなくもなかった。
そして、このタイミングで、『もう一つの偶然』が働いた。
それは、リビングルームで起きた。
脱走癖を身に着けてしまったゴールデンハムハムスターの『賢太』が――、
ぼかーんっ!
と、ケージの扉を、中から蹴り飛ばして開けてしまったことだ。
さくら・真緒には、その音がなんであるか予想できたのだが――、
立浪には分からなかった。
ただでさえ、あの目覚まし時計――「変態だあああああああああ」という声も、奥のほうから聞こえてくるところなのだ。
だから彼も、なにかを盛大に誤解した。
「クソッ! 『本物の不審者』かっ! さくら、その木刀を貸せっ!」
叫び、彼はさくらから木刀をひったくると、二本の傘を放り投げた。土足で家に上がり込もうとしたのだが――、
さくらの脳裏には、懸念が閃いた。
万が一の可能性だ。
音の発生源――リビングルーム――へと走っていった立浪が、あの視界の悪いメットによって足元がうまく見えず、脱走してしまったゴールデンハムスターを踏みつけてしまうような可能性――、
だからさくらは、立浪の勇敢な行動を、妨害した。
「ちがうのおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
と叫びながら、素早く二本の傘を拾いあげ――、
またしても巧みに使った。
二つ傘の、柄である『J』の字になっている部分を、立浪の両足に引っかけたのだ。
立浪は、「うおっ!」と驚きながら、
ばたーんっ! と倒れ込む。お爺さんたちの背中へと。
「――っぐほあ!」
「いってええっ! こらなにしやがる!」
「くそっ! 服がかららまって――」
男たちがぎゃーぎゃーと騒ぎ、玄関からは『少女』や『鎧』が顔を覗かせて、「な……なに? こんどはなんのさわぎ……?」と訊いてくる。
呆然とする真緒の目の前で、さくらは、はぁ、はぁ、と息を荒らげていた。
「変態だああああああっ! 変態だああああああっ! あれっ? しまったああああ! 鏡に映った俺じゃねえかあああああ!」
と、目覚まし時計がセリフを言いきると、その場にいるほとんどが、「は?」と言いながら硬直した。その隙をのがさず、さくらは、顔を真っ赤にしながら大声で謝り、早口で状況を説明した。
先ほどの、さくらが上げてしまった『悲鳴』は、なんでもないのだということ。奥のほうから聞こえてくる『男の声』は、ただも目覚まし時計の声だということ。さきほどの『ぼかーん』は、ただハムスターがやんちゃをしてしまっただけなのだということ。
さくらは、ますます申し訳ない気持ちで、というよりは恥ずかしくて恥ずかしくて、しょんぼりと小さくなってしまいながらも、大きな声で謝ったのだが――、
その声を遮るかのように、姉――セーラー服の真緒が声をはりあげた。
「ねえねえ! これなんの騒ぎっ?」
彼女の顔は輝いていた。
続けて喋る。
「ねっ、ねえ! さくら! こんなにいっぱいお客さん連れて来てくれたの? すごいよ! こんなに賑やかなの、お父さんお母さんのお葬式のとき以来だよっ! しかもなにこれ! 仮装パーティっ?」
たしかに、真緒がそう思ってしまうのも無理はなかった。
いきなり『大勢』が家へと押しかけてきたかと思えば、よく見れば剣道着や、銀色の甲冑、お爺さん、少女、ゴリラのようなでっかい人間(気絶)などといった、どんなまとまりなのかも分からない、混沌とした集団だったのだ。
誰にも収拾がつけられない状態だ。
すると、
ふっ、と誰かが噴きだして笑った。
頬のあたりで髪をウェーブさせている少女。内田ゆり子だった。
それにつられて、クリーム色のカチューシャ、飯村葵も失笑してしまった。
きっと、笑うしかなかったのだろう。




