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1話 初仕事は盗み聞き? その10

 結局、さくらにとって、支部長とはよく分からない人間だった。

 なにより若すぎることも驚きだが――、

 挙動不審。目だけは鋭くて怖い。でもやっぱり挙動不審。髪が綺麗。もの知り。親切……いじわる。

 そして、

「ねえおねえちゃん?」

「うん?」

「支部長さんって、超能力者ちょうのうりょくしゃなの?」

「え? チョウノウリョクシャ?」

 超能力者とは、漫画や映画に出てくるような、強力な『特技』を持った人間のことを言う。

 ちょっとだけ真緒は、きょとん、としてから、

「あ、そうか。そうだね」と、なにかを納得した。

「やっぱり」とさくらも納得。

 真緒はキッチンテーブルでパイ生地を練り、その隣ではさくらが魚――スズキを焼いていた。後にこの魚は冷蔵庫で冷やし、パイ生地で包んでもう一度焼くつもりだった。

 お魚のパイ。

 二人はたまにこれを協力して作る。出来上がるまでの過程も楽しいし、やはり二人で作ったものは味もまた特別なのだ。


 西暦に換算すると三五〇〇年。この世界では、土曜日にも普通に学校がある。だから休日は、日曜日だけとなる。

 七月三日の、日曜日。

 あのぐだぐだとしてしまった『面接』から、一夜があけていた。

 さくらは昨日のことを思いだしながら、真緒とのお話を楽しんでいた。

 二人はこの日、私服だった。

 さくらは、白いシャツにこんのショートパンツ。そこに薄いピンクのカーディガンを重ねている。

 真緒は、やや大きめのサイズの、薄いグリーンのTシャツに、足にぴったりとフィットしたジーパン姿だった。

「いきなり超能力者なんていうからさぁ」

 と真緒が言った。

「うん?」

「どかーん、ぼかーん、みたいなのを想像しちゃったけど、でも、ああいうマリンちゃんみたいな特技のことも、超能力っていうのかもね」

「うん。そうだよね」

 ド派手な爆発を起こしたり、瞬間移動してしまったり。

 きっと、真緒の頭の中ではそういう映像が流れてしまったのだろう。

 さくらも、支部長の言葉を思いだした。

 昨日の会話だ。





「とにかくね、この『現代』では、わたしたちが産まれるよりもずっとずっと前に、電柱、電線みたいなものがあっというまに消えてしまったわ。フリーエネルギーなんてものを使えるようになったおかげよ。原子力発電所もすべてが停止した。この世界は大きく変わったの。分かるかしら」

 支部長は説明した。

「はい。私もくわしくは知らないんですけど、お父さんがそんな話をしていたかもしれません」

 さくらは頷いて、支部長に話を促した。

「このHDPLエネルギー、フリーエネルギーはね、古代人の科学技術なの」

「そうなんですか?」

「西暦二〇〇〇年の頃に生まれた、と言われているものよ。私たちはそれを再現して使っているだけ」

「……古代人って、頭がいいんですね」

「そうね……でも」

 いったん言葉を置いてから、支部長は言う。

「滅びてしまった」

 その通りである。

 古代とは、一度、滅びてしまっている。たくさんの科学技術、人間も、いなくなってしまったらしい。だが、その古代の科学技術は再現することができた。

 彼女は話を続けた。

「その古代の代表的な科学技術――フリーエネルギーは、この世界でも再現することができた。突然のエネルギー問題の解決に、世界は大喜びよ」

「そうですよね」

「でも古代では、それが現れたとき、混乱したわ」

「え? 混乱?」

「エネルギー抽出にかかる費用、維持費なんて微々たるものにも関わらず、莫大な力を得られる。しかも無尽蔵。――だからこそ、世界は混乱した。大混乱よ」

「……そうなんですか?」

「やっぱりというか、戦争も起きた」

「……」

 戦争。フィクションの世界の言葉だった。さくらが住むこの世界では、そのようなものを実際に起こそうとした人物などは現れたためしがない。

 漫画や映画の中ならば、たまにそのようなことを画策するキャラクターも現れたりするのだが、まったく現実的ではない。

 さくらは、その話を聞いて混乱した。世界が便利なものを見つけた。だから人は喜んだ。――そういうことではないのだろうか。

「納得いかなそうね」

「……はい、ちょっと、分かりません」

「古代の人の気持ちが?」

「……はい」

「当然よ。人々の価値観も、社会のしくみも違うから」

「価値観……しくみ、ですか」

 窓からはもう、太陽の光がほとんど入ってこない。空は闇で覆われはじめていた。緑でいっぱいだった大地もすでに見えなくなり、その代わりに家々の光が、チラチラと点灯しはじめた。ここからではスーパーや集合住宅などは見えないが、きっとそっちのほうはもっと明るく輝いているのだろう。

 その光を作っているのは――古代人の作った科学技術だ。

「さくらちゃん」

「はい」

「どんな病気でも治っちゃうようなお薬が出来たら、人は喜ぶわよね」

「喜びます」

「でも古代では、喜ばない人間もいた」

「……よろこばない、にんげん、ですか」

 さくらは意味が分からずに、反復した。

「お医者さんは失業するし、他のお薬を作っていた会社も潰れちゃうわ」

「……そうなんですか?」

「だからその人たちは、食べていけなくなっちゃう」

「……」

 さくらは、心底意味がわからない、と眉をひそめた。

 支部長は、そんな様子もおかまいなしに話をつづけた。だが、むりに理解を求めるような感じの口調ではなかった。

「古代は……さまざまな人、組織の思惑おもわくでごちゃまぜで、世界はギリギリのバランスで平和を保っていた。だからフリーエネルギーは、一気に世界のバランスをひっくり返した。革命よ。もちろん、そんなものを発表するのも命がけだったわ。しかも、一人、二人の命じゃない。沢山の人々の命がなくなった。戦争にもなったし、結局、混乱がおさまるまでに二〇年ほどかかったらしいわ」

「……」

「映画みたいって思う?」

「はい、映画かなにかです……。この現代では、そんなことはありえないですから……」

 想像もできないことだった。

 戦争。

 どうしてそういうことになるのだろうか。

「そうよね。社会のしくみも、人々の意識もちがうんだから、さくらちゃんの反応が正しいわ。この世界は、そんなすごいものがパッと現れても、平和を保っていられた」

 保っていられた。

 過去形である。その言葉にどんな意味が込められているのだろうか。一瞬、さくらは考えをめぐらすが――、支部長は続けて喋った。

「でも、ひょっとすると私たちのPRF研究所は、そういう、『いまの世界』のバランスを崩してしまうような、危ないものを発掘・復元しているのかもしれない」

「……あ」

「――なあんて言ったら、また、あなたを怯えさせちゃうかもしれないわね」

「え?」

 支部長は、柔らかい表情になっていた。

 ただし、目は合わせてくれなかった。

「この支部でやっているお仕事もね、たしかに、古代人の文化や文明の発掘・復元なんだけど。そんな剣呑けんのんなことにはなりえないわ。絶対」

 と彼女は胸をはり、目は合わせてはくれないものの自信を持って言った

「そうなんですか?」

「さくらちゃん、あなた、子どもは好き?」

「え?」

 突然訊かれて、さくらは目を丸くした。

「好きか嫌いかで言ったら、どっち?」

「たぶん、好きだと思います。授業で幼稚園にも行きました」

「うん。あのね。この支部ではおもに、子どもに関するお仕事をしているわ」

「子どもに関する……ですか?」

「例えば……そうね、明日、さくらちゃんにやってもらう予定のお仕事を教えてあげる」

「あ、はい。教えてください!」

 さくらは、少しだけ前のめりになって答えを待った。

 支部長は、「うっ」と言ってから、すこしだけのけぞった。――そして、コホン、と咳払いをしてから言う。

「子ども向けの、絵本を作ってちょうだい」

「絵本、ですか……?」

「あまり、そういうのは好きじゃない?」

 きょとんとするさくら。

 だが、パッ、と破顔はがんした。

「す、素敵だと思います!」

「そう?」

「素敵なお仕事です、やらせてください」

「よかったわ。でも、ここでバイトとして契約するかどうかは、その後に決めることになるんだけど。いいかしら」

「いいです。なんでもいいです。そのお仕事、やってみたいです!」

 さくらは、さらに前のめりになって支部長に接近。

 支部長は、びくっ、としてのけぞった。

「わ、分かったから。お、落ち着いて、あ、あの、あのっ、あうっ……」

 なぜか支部長の顔は、真っ赤になった。しかもその声は、「超音波か?」というほどこの日一番の、高いトーンの声だった。そして、これ以上近寄るなとばかりに、手のひらを向けた。その目は、あっちに行ったりこっちに行ったりと高速で泳いでいた。

「あ……。ごめんなさい。あまりに面白そうだったので、ちょっと興奮してしまいました」 

「い、いいのよ……」

「でも、質問があります」

「うん? なに?」

 さくらが訊ねると、支部長は手を胸にあてがいながら、続きを促した。

「PRF研究所なのに、絵本をつくるんですか?」

「……ああ」

 と言ってから支部長は、一旦、すーはーすーはーと呼吸をしてから、答えてくれる。

「PRF研究所と言っても色々あるわ。ここではね、古代にあったはずの、子ども向けの文化を研究しているのよ」

「――あ、わかりました。そういうことですか」

「まお……、お姉ちゃんから聞いていないの?」

「そういえば、聞いていなかったです。詳しくは教えてくれませんでした」

 真緒は、変なことを言っていた。

『誰にだってできる。むしろ、さくらにばかにされちゃう可能性すらある』

 たしか、そのような内容だった。

 ――おねえちゃん、どうしてそんなに怯えていたんだろう。ばかになんてしないのに。こんなに素敵なお仕事なのに。

「あれ?」

 とさくらはまた疑問。

「なに?」

「……絵本っていうのは、オリジナルの絵本っていうわけじゃないんですよね?」

「まあそうね」

「古代の絵本をよみがえらせる、っていうことですよね?」

「うん。そうよ」

「……どうやるんですか?」

 さくらが率直に尋ねた。

 すると支部長も、率直に教えてくれる。

「私が、遺物いぶつを読み解くの。リーディングよ。でも不完全なの。古代のことは断片的にしか分からない。だからそこから分かった情報を、バイトの人に任せて考えてもらう」

「……そう、なんですか?」

 さくらは、ちょっとだけ分からない感じだった。

 だが、支部長は別の話をはじめてしまった。

「それでね、さっきも言ったけど、ここでバイトをするからには学校との連携もあるみたいで――」


 話が終わったのは、一九時をまわっていたころだった。いつのまにか出勤してきた夫婦と、もうひとりの少女、それから真緒に挨拶をしてから、さくらは夕飯の支度をするために帰ったのだった。





 お魚のパイが出来上がる頃になってさくらは、ようやく一つ理解した。

 支部長は、『超能力』をつかって、古代の遺物から、なんらかの情報を読みとることができる人間。もとい、過去の情報を読み取ることができる人間。だからこそ、あそこの支部長なのだ。

 そうやって結論に達すると、さらにいろいろな疑問がわきあがる。

 ――あれ?

 そんなことができる人間ならば、古代が滅んじゃった理由も分かるはずなのでは?

「……」

 しばし考えるが、それよりももっと面白そうな疑問がわきあがってきたので、すぐに忘れてしまった。

「おねえちゃん」

「うん?」

「支部長のこと、どうしてマリンちゃんって呼んでいるの?」

「あのね、本名は麻里奈まりなっていうんだけど――」

 食卓で、お魚のパイを食べながら二人は、支部長の話で盛り上がった。

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