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第八話 永久機関を守る者 ☆

 その頃、夙夜は飛び込んだ部屋の隅で息をひそめて護衛部隊が駆け抜けるのを待っていた。

 折り畳み式の人型歯車に、菌紙を貼り合わせただけのハリボテを追いかけた護衛部隊の声は、徐々に遠ざかって行く。畳むと掌サイズになるこの人型歯車を、夙夜は大量に持ってきていた。おそらく逃げる事に重点を置くことになるだろうと予想して。

 少し待っていると、部屋の外は静かになる。

 そろそろいいだろうか。

 夙夜はそっと襖を開いて外の様子を確認した。周囲を確認する度、朔やカリンとお揃いの鈴の耳飾りがりん、と鳴る。

「カリンなら、逃げずに戦うんだろうけど」

 本人に聞かれれば、あたしはそんなに好戦的じゃないよ、と怒られるような台詞を平気で吐いて、夙夜はまたのんびりと廊下を歩き出した。

 人の気配はほとんどない。この場所から遠ざかるように、人型歯車を複数配置してきたせいだ。

 朔に示された地図の通りに進んでいくと、夙夜の目の前に巨大な扉が現れた。

 宗主一族の象徴である藍色に塗られたその扉に手を置いた夙夜は、首を傾げた。

「見た事ない素材だ。何だろう。鋼鉄じゃないから石に近いと思うんだけど、研磨したってこんな手触りにはなんないし」

 見た目は微細多孔質。しかし、かなり滑らかな手触りだ。熱伝導率はよいらしく、触るとひやりとした感覚がある。

「多孔質の素材を珪素(シリカ)塗装してるのかな、たぶん。石英(クォーツ)を高温で溶かして被膜みたいに薄く張り巡らせたらこんな感じかなあ」

 夙夜の中に理論はある。

 無論、それを具現化する技術は、姶良にない。

「……旧時代の遺物かな」

 今の姶良よりもずっと進んだ技術を持っていたと思われる旧時代の文明。忽然と消えてしまったらしいその文明が遺していったものの一つがこの扉なのだろう。融点が1000度以上もある石英を溶かしてこれほど薄く巡らすなど、今の技術では考えられない事だった。

 旧時代の遺産。御苑にある永久機関はその最たるものだった。

 永久機関が、この先にある。

 夙夜は逸る感情そのまま、扉に手をかけて思い切り押した。

 しかし、扉が開いた瞬間、灼熱の空気が隙間から噴き出した。

「熱ーい!」

 思わず琥珀(アンバー)の瞳を閉じ、扉から手を離して両手で顔を覆う。

 咄嗟に俯いていなければ顔に火傷を負っていたかもしれない。夙夜は熱風が噴き出す扉の隙間から離れ、頭に撒いていた布で口元を覆った。そして、頭陀袋から取り出した加工作業用のゴーグルを装着する。最後に、黒の篭手を嵌めて紐を結んだ。

「危ないなあ、もう。どおりで大事な永久機関のある場所なのに、人が全然いないはずだよ。天然の防御装置かな? この扉が多孔質なのは断熱用だったんだね、たぶん」

 装備を整えた夙夜は、扉の向こうを見据える。

 水蒸気に覆われており、ほとんど確認できなかったが。

「さてと、永久機関を見に行こうかな!」

 気合を入れ、扉の向こうへと一歩、踏み出した。

 敷居を跨いだ途端、もうもうと立ち込める水蒸気。耳が麻痺しそうなほどの轟音。耳慣れない音は、超巨大な歯車がゆっくりと回転している音だろうか。

 普通の人間なら薄暗いと思うかもしれないが、月白種族である夙夜の感覚で言うと、十分すぎる灯りだった。

 しかしながら分厚い水蒸気の膜に包まれ、ほとんど周囲を確認できぬまま、足元の感触と音の方向だけを頼りに少しずつ前へと進んでいった。

「永久機関ってどんなかなあ。僕の知る限りの世界の法則からは、導き出せないんだよなあ。だって動力は使ったら減るもん。使っても減らない動力、って想像できないよなあ」

 肌を露出して歩けば火傷し、赤く腫れ上がるような室温の中、夙夜は独り言を呟きながら歩いていく。

「でも、防衛分としてもこれだけの熱を出せるって事は、必要な動力以上のものを生み出してるって事だよね。本当にすっごいなあ。街全部の動力と明かりと、御苑自体の動力と、余剰分を考えるとそれ以上だよね」

 息を吸う度に高温の水蒸気が肺を充たす。

 ずっとこの環境だとしたら、長くは滞在できないだろう。

「動力かあ……朔さんに一生懸命お願いしたら、高架下まで動力ひいてくんないかなあ。たかが防御にこれだけの熱動力を割いてるんだから、ちょっとくらい分けてくれたっていいのに」

 図らずも、数十年前の反乱軍と同じ台詞を吐いて、夙夜は肩を竦めた。

 そうこうしているうちに、少し水蒸気が薄れてくる。

 いつの間にか足元を覆うのは岩盤でなく鋼鉄の板になっていた。表面に見慣れないひし形の凹凸が刻まれたソレも、明らかに姶良で作られたものではない。旧時代の遺産だろう。

 ふと視線を巡らすと、腰高に鋼鉄と思しき手摺が見えた。立ち込める水蒸気のせいか、錆でぼろぼろだ。何度も塗装したと思しき痕はあるが、とても修復が追いついていなかった。修理が追いつかず諦めて放置されたのだろうか、篭手に覆われた甲で手摺に触れると表面が簡単に崩れてしまう。

 もしかすると足元の鉄板も同じように、かなり耐久度が低くなっているのかもしれない。足元のざりざりとした感触はおそらく錆なのだろう。

 床が抜けおちないよう祈りながら、夙夜は手摺の向こうを覗き込んだ。

 手摺の先は開けた空間のようだ。水蒸気のせいでほとんど見えないが、下方から巨大な歯車の轟音が聞こえている気がする。うっすらと歯車機械の影も見える気がする。

 夙夜はゴーグル越しに目を細めた。

「もしかすると、あれが永久機関かなあ」

 この場所にいては、あの機関に近づくことは出来ない。

 夙夜は再び、頭陀袋から昇降機を取り出した。

「僕は昇降機(これ)、朔さんみたいにうまく使えないんだけど」

 鋼鉄の輪を左手首に嵌め、夙夜は唇を引き結んだ。

「よし、行くぞー! 待ってろ、永久機関!」

 菌糸を手摺に張り付けた夙夜は、ゆっくりとではあるが、水蒸気に満ちた空間へと降下して行った。

 降下するにつれ、水蒸気の密度は薄くなっていく。少しずつ視界が開けていく。どうやら灯りは下方から供給されているようで、巨大な機械が上空の水蒸気に影を落としていた。

 最初に見えたのは、手摺と同じく白色の塗装が剥がれかけ、無残な様相を呈する鋼鉄の塊だった。一つだけでゆうに3階建ての建物ほどはある機械が数個、横に並んでいる。円筒形のそれらは、横2列、縦に4つ。合計8台が並んでいた。

 その側面には夙夜には見覚えのない文字が数字と共に刻印してある。どうやら順序を示しているようで、1から8までの数値が入っている。

 そしてそれらの円筒が大量の水蒸気を上に向かって吐き出しているのだった。


挿絵(By みてみん)

挿絵:himmelさま(http://1432.mitemin.net/)


「これが永久機関?」

 夙夜は御苑地下の巨大空洞に目を見開いた。

 先程入ってきたのはこの空洞の最上段だったのだろう。永久機関の吐き出す水蒸気が溜まっていたようだ。通りで熱い訳だ。

 全貌を現した永久機関に釘付けになりながらも、夙夜はさらに糸を伸ばして地面を目指した。

 熱さは随分引いている。ゴーグルをぐい、と額に押し上げ、大きな琥珀(アンバー)の瞳で確認した。

「おかしいな。この水蒸気が永久機関から出てるなんて」

 夙夜はその不自然さに首を傾げる。

「永久機関であれば、無駄な熱なんて出ない筈だよ、たぶん。動力の余剰がとんでもないから水蒸気にして逃がしてるっていうなら……いやでも、御苑に限定するくらい動力の供給を限定してるほどギリギリしか生産してないのに、それもおかしいか。あんな風に水蒸気が上がるなんて事ない筈。まさか……」

 そして一つの仮説に辿り着く。

 が、へらへらとその仮説を自ら嘲笑した。

「だって、おかしいもんね。永久機関がまさか、永久じゃない(・・・・・)なんて――」

 まさかねー、と笑いながらゆっくりと降りて行く夙夜の身体が、がくんと揺れた。

 あれれと言う間に体が傾ぐ。

「手摺が限界だったかな、たぶん」

 足元を確認すると、地面までは夙夜の背丈より少し高いくらいだ。まあ、落ちても怪我をする程度だろう。

 夙夜は運命を受け入れた。

 そして、次の瞬間、ぴいんと張っていた昇降機の糸が緩み、夙夜は地面へと落下していった。



「いててて……」

 夙夜は強く打ち付けた腰を擦りながら起き上った。

 目の前に林立するのは円筒形の永久機関。その頂部からもくもくと水蒸気が上がっている。

 地面は岩肌がむき出しになっている。河原に転がっている石と同じ苦鉄質の岩盤が足元を覆っていた。多孔質なソレは鋭く尖り、かすった掌を深く傷つけた。

 頭に撒いていた布を掌に巻きなおし、夙夜は立ち上がった。

 額に手を翳し、その大きな建造物を見上げる。

「さすが、永久機関は大きいなあ。いいなあ。かっこいいなあ」

 意味もなく賞賛しながら周囲を巡り出したが、一周するだけで半刻ほどかかりそうだ。

 もしここに護衛部隊が一人でもいれば、今の独り言で気づかれていただろう。が、幸いにも夙夜自身と、朔たちのお陰で今はみな出払っていた。残っていたのは――

「何者だ、坊主」

 しゃがれた声。怒気を孕んではいないが、不機嫌そうな声だった。

 振り向くと、そこには一人の老人が立っていた。性別は分かりづらくなっているが、声と雰囲気から判断するに、女性だろう。

 夙夜は丁寧にお辞儀した。

「こんにちは、お婆さん」

「誰が婆さんだ」

 杖も着いておらず、背筋はしっかり伸びているが、髪は白く染まり、声と肌に現れた年は隠せそうもない。年配らしく落ち着きのある黒灰絣の着物を着崩さず、きっちりと掛け衿を合わせている。皺の奥の目は鋭く、一筋縄ではいかない性格が滲み出ていた。

 しかし、それより何より目立つのは、その肥大化した耳だった。

「お婆さん、月白種族なの?」

 夙夜がのんびり尋ねるたが、その老人は返事をしなかった。

 代わりについて来い、というように一度こちらに視線を遣り、そのまますたすたと永久機関に向かって歩き出した。

「ねえねえ、お婆さん。あれが永久機関なの? すごいね。大きいね。でも、水蒸気があんなに出てるのは何で? 永久機関が余剰動力を熱として放出してるって事? 熱くなった機関を水で冷やしてるとか……ねえねえ、お婆さん」

 ちょこちょこと後ろを歩きながら話しかけてくる夙夜を鬱陶しいと思ったのか、その老人は急にくるりと振り向いた。

「小うるさい坊主だな。少しは黙らんか。口に黒灰つめるぞ」

 その言葉に、夙夜は思わず自分の口を抑えた。

 黙ったことで満足したのか、その老婆は先導しながら少しずつ話し出した。

「私が月白種族なのは見れば分かるだろう。聞くまでもない。此処にいるのは、私がアレの保守をしとるからだ」

「永久機関の?!」

 夙夜が声を挙げると、老婆はじろりと睨みつけた。

 黒灰を詰められる!

 夙夜は再び、両手で口を抑え込む。

「今日は御苑全体がばたついとるようで護衛部隊もおらんが、普通ならとうにお縄だぞ、坊主。運がよかったな」

 護衛部隊がいないのは夙夜のハリボテ人型歯車のお陰でもあるため、ある意味自力で侵入したと言えなくもないのだが。

 老婆は念のため周囲を見渡してから、夙夜を永久機関の内部へと招き入れた。


 永久機関の内部は、外と同じ白色で塗装された鋼鉄の壁に囲まれていた。ここも塗装が剥がれかけ、端から錆びついている。壁には明滅する光がずらりと並び、黒色の突起がいくつも飛び出ていた。駆け寄ろうとしたが、透明な壁に阻まれ、夙夜は頭を思い切り打ちつけた。

「ここは永久機関の中?」

 後ろ手に扉を閉め、慎重に外を確認した老婆は、部屋の中へ足を進めた。

「そうだ。先ほど合わせたばかりだから触るなよ、坊主」

 透明な壁にぴったりと張り付いて離れない夙夜を見て、老婆はようやく口元を緩めた。

「機械が好きなのか、坊主」

「うん、大好き! 歯車があれば、何だって出来るもんね。日輪兄ちゃんに教えてもらって、いろいろ作れるようになったんだよ」

「日輪が人に教えとるのか。あの悪戯坊主が!」

 老婆は、高らかに笑った。

「お婆さん、日輪兄ちゃんを知っているの?」

「……ああ、昔よくここへ遊びに来とったからな。朔坊も元気にしとるか?」

「うん、元気だよ。あ、でも日輪兄ちゃんは今、弓弦さんって人に捕まっちゃって。だから僕とカリンと朔さんで助けに来たんだけど、僕だけ永久機関が見たいからってこっちにきちゃって」

 そう言うと、老婆は皺の奥の目を大きく見開いた。

「待て、坊主。朔坊と一緒に来たという事は、朔坊が外におったのか? それも弓弦嬢に日輪が捕まった? どういう事だ?」

「ええっとねえ……」

 問われた夙夜は、のんびりもたもた、時系列順に話し出す。

 朔が御苑から家出した事。行政区の大通りで出会って、高架下貧民街へ連れ帰った事。高架下に弓弦がやってきて日輪を連れて行ってしまった事。そして、日輪を助ける為、3人で御苑に乗り込んだ事。

 老婆はのたのたと話す夙夜にイライラしながらも、何とか最後まで話を聞いた。

「なるほど、今日は護衛部隊の姿を全く見んはずだ。すると何か、私がこの地下に籠っとる5年の間に、行政区は月白種族を受け入れ、日輪が朔坊の専属技師になり、昨日から朔坊は家出、とこういう事か」

「うん、まあ、そんな感じかな、たぶん」

 へらへらと笑う夙夜に、老婆はため息。

「それにしても日輪が歯車技師、か。あの事故で朔坊に囚われたな……あいつの事だ、うまくやっているだろうが」

「そうだね。日輪兄ちゃんは天才だと思う」

 至極真面目に夙夜が頷くと、老婆は曖昧な笑みで応えた。

「だがな、あいつの本質は革命家。人を思い、人を導き、自らの考えに共感してくれた者の為に力を発揮する。事故で囚われ、自らをこの御苑に縛り付け、宗主一族に頭を垂れ――今、誰より葛藤を抱え、その葛藤を壮絶な理性で律しておるのは、他ならぬあいつだろうよ」

 老婆はそこで、ため息をついた。

 夙夜はその深く重いため息を受け止めるほどに成熟してはいなかったため、ただただ首を傾げるばかりだった。

 老婆はその反応に苦笑しつつ、尋ねた。

「で、お前は何故ここにいる。その話が本当なら、お前も日輪を助けに行くはずだろう? ここに日輪はおらんぞ」

「でも、僕は永久機関が見たかったから、別行動しちゃった。もう御苑に来る機会なんてなさそうだしね。この透明な壁もすごいね。これって溶かして薄く伸ばした石英(クォーツ)? すごい純度だ。それに向こうの光は何? 制御室って言ってたけど、ここが永久機関を制御してるの?」

 夙夜の勢いにため息をついた老婆は夙夜に椅子を勧め、自らも腰を下ろした。

 そして、夙夜の持っていた頭陀袋に興味を持った。日輪の弟子が何を作っているのか気になったらしい。

 頭陀袋ひっくり返すと、床に雑多な歯車機械がごろごろと転がり出た。

 老婆はその中から、複雑な籠状の球を拾い上げた。

「何だこれは」

「それは折り畳み式の人型歯車だよ。こうして、ここを引っ張ったら、人型になるんだ。菌紙を貼れば、ハリボテの囮に使えるから持ってきたんだ。こっちは昇降機。中に蛛網蟲(ちゅもうむし)を飼ってるんだ。ここが菌糸の射出口。こっちは綿蟲(わたむし)の胞子のうを詰めて圧縮したヤツで、穴を開けたら大きく膨らんで緩衝剤になるんだ。上から落ちた時に使えるよ。あっ、さっき、これ使えばよかった。お尻を岩にぶつけずにすんだのに」

 落下した時にぶつけた腰の辺りを擦りながら、夙夜はさらに中身を取り出す。

「これは、空砲。圧縮した水素で爆発させるのだ。んで、こっちがちょっと改良してカリンに貰ったお薬がばらまけるようにした薬砲。こっちは弾だよ。麻痺薬、睡眠薬、それから……」

 日常生活では絶対に使わないような戦闘用の機械が次々と出てくる。

 老婆は呆れたような表情をしつつも、一つ一つ、丁寧に作り込まれたそれらを確認していく。

「この、折り畳み式で刃が飛び出るヤツは小型化して朔さんの義手につけてあげたいなあ。きっと朔さんならうまく使えると思うんだ、たぶん」

 朔ならきっと、自分の作った機械を上手く使ってくれる。夙夜はそう確信していた。

 カリンや日輪には余計な事をするな、と怒られるだろうが。

 見ていた老婆もため息をついた。

「知らんうちに外は物騒な世の中になっているようだの」

「うん。お婆さんも外に出る時は気を付けた方がいいよ。あ、これひとつあげるね」

 片手で扱える形にした薬砲の砲身と複数の弾を渡し、夙夜は残りをまた頭陀袋に片付け始めた。

「これはどうするんだい?」

 老婆は立ち上がった状態の人型歯車を指す。

「うーん、その人型はね、一回開くと人の力じゃ戻らないんだ。本当は何度も使えるようにしたいんだけど、畳むのに手間がかかったら面倒だし、使い捨て用。そっちもお婆さんにあげるね」

 老婆はふむ、顎に手をあててと簡易な人型を見た。丈夫な針金を軸に作ってあるため、圧縮するには専用の機械が必要なのだろう。

「……例えばだが、素材を変えてはどうだ。太めの菌糸をより合わせて接着蟲の粘液で固めればかなり弾力のある骨格が作れるだろう?」

「素材を変える、か。なるほど! お婆さん、すごいね。お婆さんももしかして歯車技師なの?」

「ああ、そうだ。高架下に店を構えておったのは20年以上前の話になるが」

 通りで、と頷く夙夜。

「じゃあ、お婆さんは何でここで永久機関の技師をやってるの? もしかして、僕も頑張れば永久機関の技師になれるって事?」

 夙夜の言葉に、老婆はゆっくりと首を横に振った。

「私がここにおるのは、先々代の宗主と友人だったからだ。詳しい事は言わんが、まあ朔坊と日輪のような関係だった。様々な思惑が重なって、私がこの場所で落ち着くのが最善手だった、それだけの話だ」

「何で? じゃあ、僕には無理なの? 朔さんに頼んだら出来る?」

 夙夜が問うと、老婆は笑った。

「無理だな。話を聞く限り、お前を永久機関に縛り付けるにはこの場所は少々狭すぎる。今も昔もこの先も、この機械の技師は私一人だ。そもそも、永久機関の構造は極秘だ。多くを伝える訳にはいかんよ」

「でもさ、じゃあさ、お婆さんが死んだらどうするの?」

「縁起でもない事を本人の目の前で堂々と言うな。気のきかん坊主だな」

 老婆の機嫌が悪くなったことに気づき、夙夜ははっと口を押えた。

「まあ、よい。誰にも口外せぬという約束でなら、この永久機関の事を教えてやってもよいぞ」

「秘密?!」

 琥珀(アンバー)の瞳をきらきらと輝かせ、夙夜は身を乗り出した。

 その様子を見て老婆は笑う。

「お前がこれを理解できるのならば、な」

 そう言って老婆は一枚の菌紙(きんし)を取り出した。


挿絵はhimmelさま(http://1432.mitemin.net/)にいただきました。

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