第四話 天蓋の上と仕置き蟲
「天の『蓋』の上について、あたしが知っている事を話すよ。きみの言うとおり、仮説と交換だ」
「いいだろう」
「……と言っても、あの上には何もない。それに、あたしもほとんど滞在してないんだ」
カリンはあの日、幼馴染と共に見た景色について、なるべく詳細に語った。
風は石英の欠片を含んでおり、肌に当たるとぴりりと痛み、空には黒雲母の粉塵が渦を巻いていた。他にも砕け散った輝石の欠片が降り注ぎ、それら鉱物の欠片が降り積もった大地は灰色に覆われ、一切の色がない。
陰陽混沌、彩度のない景色。
話しながら、手先が冷たく冷えていくのが分かった。
そして朔はカリンの話をじっと聞いていた。
一通り話し終えると、ふむ、と首を傾げた。
「カリン、一つだけ質問をしていいか?」
「何だ?」
「天の上で灰色の景色を見たと言ったな。光源はどこだった?」
そう言われて、カリンははっとした。
彩度のない景色に気を取られていて、全く気付かなかった。光源。光の元。どこから光が与えられているか。
そう、灰色の景色が『見えた』という事は、どこかから光が供給されていたという事だ。
答えられず口を閉じたカリンを見て、朔は嬉しそうに笑った。
「どうやら、確かめる必要がありそうだな」
「……!」
カリンの中で荒む彩度のない景色に、鮮やかな色彩が付与されていく。カリンを覗き込む瑠璃色の瞳。初めて会った時、この色に魅入られた。瑠璃はきっと、彩度のないあの場所でも煌々と灯るに違いない。
歓喜なのか不安なのか分からない強い感情がぐるぐると胸の内を回って、せり上がってきた。
のどがカラカラに乾いて、声が出ない。
訳もなく泣きそうだった。
「ありがとう。会えて、話を聞けてよかった、カリン。俺の仮説は否定されなかった。それだけでも十分だ」
嬉しそうに笑いながらカリンを見る瑠璃色の瞳。兄の親友だという宗主一族の男。人の話は全然聞いてないし、勝手に動くし、思いつきで御苑を飛び出すような短絡思考。
しかし、無彩色の景色に色をつけた。
礼を言いたいのは自分の方だ。その言葉は声にならなかった。自分を絶望に突き落としたあの灰色の景色にも希望があったなんて。
どうしようもなく胸がいっぱいになった。
「では、俺の方も仮説を話そう。約束だからな」
ただ、頷く事しか出来なかった。
朔は気にせずに続けた。どうやら誰かに話したくて仕方なかったようだ。
「先ほど読んだ本がこの世界の事である前提だ。大地は丸く、回転している。俺たちには分からないほどにゆっくりと――」
絵本をもう一度最初から捲りながら、ゆっくりと朔は話していく。
空の話はとても魅力的だった。天に浮かぶのは、閃光蟲のような太陽、輝光蟲のような月、そして夜光蟲のような星。空は動いていないけれど、大地が巡る速度に合わせて天体は空を少しずつ移動するのだという。
「外の世界には、昼と夜という概念がある事が読み取れる。大地が丸くて回転しているとしたら、太陽が見えるのは一周している間の半分だろう? そうすると、残り半分は暗い。明るい方を昼と呼び、暗い方を昼と呼んでいる。外の世界は昼と夜の循環を繰り返しており、初めはそれを『一日』と呼んでいたようなのだ」
姶良の街では一日に二度、鐘が鳴る。一度目が活動開始の合図。二度目は活動を終える合図。針が一本の時計が真下を指した時が鐘の鳴る時間だった。二回目の鐘が鳴るまでを一日、という単位で呼んでいる。
「姶良に『一日』という単位が出来たのは、旧時代の名残ではないかと思う。そうでなければ、鐘を鳴らして活動時間を区切るなど、考えつきもしないだろうからな」
これまで当たり前だった『一日』という単位。
朔の話を聞いていると、自分の持っていた世界観が崩れていくのが分かる。
特に朔は『星』に興味を持っているようだった。昼は太陽が明るすぎて見えないが、夜になると空いっぱいに夜光蟲を散りばめたかのような美しい景色が広がるのだという。朔はどうしてもその星空が見たいようだ。
「でもそうすると、あたしが見た世界は何だったんだ?」
仮に、朔の話が本当だとしよう。
そうすると、カリンが見た世界は一体、何だったというのだろう。カリンは空を見ていない。太陽も見ていない。月も、星も見ていない。見たのは、黒雲母の粉塵に覆われる空だけだ。
朔はにっと笑った。
「それはおそらく、灰だろう」
「灰? 灰って、鉱石の欠片の事か?」
そうだ、と言って朔は河原の砂礫を掌に掴み、さらさらと零した。
石英、長石、輝石、黒雲母。
姶良では、様々な鉱石の欠片の事を灰と呼んでいる。黴に覆われていない地面のほとんどが灰砂であり、集めて塗り固めて壁にすることも、それを焼いて煉瓦にすることもある。
石英の風。黒雲母の粉塵。
確かにそれは、灰を構成するものと同一だ。
「俺は、天蓋を構成しているのは、灰だと思っている。行政区の道は黒灰を固めたものだが、それに近いものが、姶良の街の天を覆っているのだろう。何らかの原因で灰が大量に舞いあがり、降り積もって姶良の『空』を封鎖した。カリンの話を聞く限り、それは今も続いているのではないだろうか」
朔の仮説は明解だった。
少なくともカリンはすんなりと受け入れることが出来た。自分の見た景色の説明もつく。
「それがどの程度の範囲に及んでいるかは分からないが、もしその灰が舞いあがっていない場所がまだ外の世界に残っているとしたら、そこでは空が見られるはずだ」
今になって、もっと長い間外の世界を観察してこなかった事を悔いた。せめて、あの時の風に乗っていた石英の欠片だけでも持ち帰ればよかった。もう遅い。
悔しい。あの時、朔が一緒にいれば、もっと違う景色が見られたはずなのに。
カリンは唇を噛んだ。
「朔」
見上げる位置にある瑠璃色の瞳。
「行こう。このままじゃ終われない。あたしも――」
カリンがそう告げた時。
高架下の方で爆発音がした。
「何だ?」
嫌な予感がする。そしてそれは、たいていの場合、当たるのだ。
二人はすぐに立ち上がって高架下へと駆け出していた。
高架下へ辿り着いた二人が目にしたのは、灰煙をあげる偽斯堂だった。
その前に呆然と夙夜が立っている。
「夙夜!」
「カリン! よかった。朔さんも一緒だったんだ」
泣きそうな顔をした夙夜がこちらへ駆けてきた。
「いったい何があったんだ?」
「弓弦っていう宗主一族の人が来て、日輪兄ちゃんを連れていっちゃったんだ!」
その言葉で、カリンと朔はその場に立ち尽くした。
◇◆◇◆◇
御苑の一角で、日輪は畳の上に転がされた。腕は後ろ手に頑丈な菌糸で括られ、足元も同じく固定されて動かせない状態だ。固い床ではないと言え、全身を緩く打ち、呻き声をあげる。
それを見下ろしたのは藍色の羽織を纏った女だった。
日輪と同じ年ごろだろうか、くっきりと吊り上った目元はどことなく朔と似ている。意志の強そうな紅柱石の瞳は分かりやすく怒りを示していた。朔と同じ方解石色の髪を高い位置に括り、赤の布で纏めている。藍色の衣装は女性のものだが動きやすく襷がけし、着物の裾は帯の裏に挟んでいるようだ。
「酷いなあ、弓弦さん。オレは人質なんだからもっと丁寧に扱ってよ」
「黙れ、月白種族」
宗主一族の次女、弓弦はにべもなく切り捨てた。
「貴様、わざと私に捕まっただろう。お前ならいくらでも逃げられたはずだ」
「朔に樹海を越える手段があると話したのはオレだからね、これでも責任を感じてるんだよ」
日輪は肩を竦める。
白々しい、と吐き捨てた弓弦は腹いせにその辺りに積んであった書物の山を忌々しげに蹴り飛ばした。
「駄目だよ、本は大切に扱わないと。粗末に扱うと天罰が下るよ。例えば、勉強が苦手になるとかね」
その言葉で、弓弦は眉を跳ね上げた。
心的外傷を抉ったか、矜持を刺激したか――日輪は確信犯的に唇の端をあげた。
日輪はそこでくしゃみを一つ。
どうやらこの辺りは胞子が舞っているらしい。胞子に対してあまり耐性のない日輪は、あまり多く吸い込むとくしゃみが止まらなくなってしまうのだ。
「弓弦さん、もしかして朔を探した時、樹海に行った? 胞子、まき散らしてるよ」
立て続けに数度、くしゃみをしてからこれは酷いなと感づく。
「……変な蟲、持ち込んだりしてなきゃいいけど」
カリンの受け売りではないが、生態系を崩す事の恐ろしさは、日輪もよく知っている。本来は街に存在しない筈の蟲がもし侵入したら。おそらく、何らかの影響がある事は免れないだろう。
日輪は自由のきかない体を少しずつ動かし、何とか壁際に積まれた本の山に寄りかかった。
「大丈夫、心配しなくてもキミの弟は御苑に戻ってくるよ。大切な親友を助けにね。きっと、仲間を2人……いや、3人連れてくるだろう。だからキミは心置きなく彼をこの場所に縛るといい。オレは妹と幼馴染を連れて帰るから。それで全部、元通りだ」
「何のつもりだ」
「別に。妹をアイツに渡すわけにはいかないからね。でも、朔はオレのいう事なんて聞かないから。それでも、オレが此処にいれば絶対に朔は来る。オレがここで人質をする代わりに、妹だけは返してもらっていい? それで、二度と朔を御苑から逃がさないって約束してほしいな」
日輪はちらりと弓弦の足元を見た。その膝には幾重にも包帯が巻かれており、掌も痛々しく傷痕が見られた。
どうやら、接着蟲をはがそうと無理に動いたらしい。
弓弦さんらしいな、と日輪は軽く唇の端をあげた。
「……最初に言っておくけど、オレは宗主一族の味方じゃないよ。無論、朔の味方でもない。オレが守るのは、妹と、妹が大切に思ってる場所だけだ」
「貴様の考えに興味はない」
日輪が御苑に出入りするようになったのは、十歳になる前だ。ちょうどカリンが夙夜や凪と共に官営工房での勤めを始めた頃で、日輪も仕事を探していた頃だった。
明るい御苑が気になって、こっそりと忍び込んだのは。
今考えれば本当に無謀な事をしたものだと思う。日輪を最初に見つけたのが朔でなかったら、御苑に忍び込んだ月白種族など極刑に処されていてもおかしくなかった。しかし、宗主一族の末弟であった朔は、同じ年頃の日輪を勝手に友人と称して匿い、最後には二人で大目玉をくらったのだった。その後、幼い二人が必死に頼み込んだ結果、日輪は友人として自由に、とは言い難いが、それなりの自由を持って御苑の中へ入る権利を得たのだ。
親友かどうかはさておき、10年以上経った今も、日輪は末弟の専属歯車技師として御苑に出入りしており、相変わらず気ままな友人の相手をしているのだった。
だから、朔の姉である弓弦の事をよく知っていた。
朔には姉が二人いる。
一番上の姉は、現宗主である長女の望だ。姶良全体を統べる文の指揮官。前宗主であった彼女の父親は、彼は今際の際に長女へすべてを託して息絶えた。当時二十にも届かない歳だったが、長女は父の意志を継いで宗主として動き出した。紆余曲折あったようだが、今では宗主の役目を立派に果たしている。
二番目の姉が弓弦だ。御苑の護衛部隊を取りまとめる武の指揮官。次女は政治に苦心する姉を支えるかのように御苑の護衛を一手に引き受けた。
三番目の朔には、何の権限もない。逆に言えば何の責任もない。言うなれば放蕩息子だ。
そんな朔に対して、弓弦がどんな思いを抱いているのかも、日輪はよく知っていた。
「弓弦さんは負けず嫌いだよね」
弓弦は応えなかった。
日輪は自分の中にある酷く残酷な感情に気付いていた。
緑簾石の瞳に侮蔑と哀憐の光を灯し、弓弦を見た。
何しろ、彼女は日輪自身にそっくりだから。才能に溢れる下の兄弟を持つと、上に立つ者は複雑な思いを持つのだ。そして弓弦は、日輪が心穏やかに生きるために捨ててきた感情すべてを拾い上げて、その身内で燃やし続けている。
ああ、そうか。だから弓弦さんを見ていると訳もなく苛立つのかもしれないな。
そう結論付けて、日輪は目を伏せた。
「何が言いたい?」
弓弦の問いに答えないままでいると、日輪の喉元に旋棍が突きつけられた。圧迫されて、息が詰まる。殺される事はないと思うが、できれば苦しくない方がいい。
挑発しすぎたかな、と少し後悔したがもう遅い。
弓弦の膝が鋭く日輪の腹をけり込んだ。
痛みと共に喉の奥からせり上がる吐き気に、息を止めて耐えた。
「黙れ、月白種族。いかに朔の友人と言えど、次は容赦せんぞ」
今のだって十分容赦ないよ、と言えばおそらく余計に怒りを買うだろう。日輪は言葉を飲み込んで、痛みも押し込んだ。
腹を庇って体を追った日輪を一瞥し、踵を返して部屋を出ていく弓弦の背に、投げかける言葉も呑み込んだ。
――どうせキミは、大嫌いな弟が御苑に戻ってこない方が嬉しいんでしょう?
◇◆◇◆◇
大切な朔の義手が蝕蟲によって融解した事に気付いた夙夜は、悲鳴を上げて偽斯堂に引っ張り込んだ。
お客さんは座ってて、と言い置いた夙夜はいつもののんびりした様子からは考えられないような機敏さで本の山を掻き分け、修理用具を拾い上げた。
「夙夜は義手の修理が出来るのか?」
「出来るよ。むしろ、利益を考えなかったら、兄さんより凝った機械をいくらでも作るよ。夙夜は歯車オタクだから。朔の手の空砲を作ったのも夙夜だよ」
「面白いものを作る技師がいるという事は日輪から聞いている。それは夙夜の事なのだったのか」
カリンは夙夜の支度を待つ間に、慣れた手つきで左手の被膜をすべて剥していった。
この場所で、カリンはあくまで助手だ。修理や作成を行うのは日輪と夙夜に任せている。
被膜を剥ぐと、朔の左腕は肘の少し先までしかなかった。鋼鉄の歯車とシャフトが組み合わさった義手が顕わになる。溶けてしまった手首のあたりで異音がしており、掌に取り付けられていた空砲の発射口が完全にふさがっていた。
溶けた部品を取り除きながら夙夜は独り言をブツブツと呟く。
「さすが、日輪兄ちゃんだなあ。普通は手首の関節に結節構造は使わないんだ。膨らんで、見栄えが悪くなっちゃうからね。それでも、動力伝達がすごく滑らかなんだ。だから日輪兄ちゃんは独自で小型化した結節をこの部分に埋め込んで自然な動きに……僕じゃ思いつかないよ。やっぱ日輪兄ちゃんは天才だ」
夙夜から溶けた部品を受け取り、奥の材料置き場から同じものを見繕ってくる。
カリンはとても優秀な助手だった。
不足していると言われた部品も、すぐさま本の山を掻き分けて探し出してくる。
「ああでも、ここに一つ遊星歯車機構を噛ませたらどうだろう。少し分散させて、減速したら、いや、それともアンクルを噛ませた方がいいかな……」
「余計な改造はしなくていいよ、夙夜」
「だってさあ」
「だってじゃないよ。時間がないんだ。兄さんを助けに行かないと」
夙夜はブツブツと呟きながらも順調に朔の左手の修理を行っているようだ。カリンの用意した部品がみるみるうちに減って行った。
歯車オタクの名は伊達ではない。この短時間で修理はほぼ完了していた。自分の設計した義手ではないというのに、見ただけでその構造を理解するのだろう。夙夜はよく日輪の事を天才と褒めそやすが、歯車機械の設計を一度見ただけで理解して修理するなど、カリンから見れば夙夜もよっぽど狂っている。
カリンは修理完了に合わせて被膜の準備を始めた。
子供たちのおやつになる『桜小判』の材料である桜蟲の外皮に火を通さず、重ねて鞣したものが義手の被膜として使われる。表面が滑らかで人肌の質感に似ているためだ。
被膜を保管庫から取り出し、切り取りのための作業場所を店中央のカウンターに確保する。黒い灰を固めた板を敷いて、その上に大きな被膜を広げ、朔の手の大きさに合わせて切り取るだけだ。被膜用の小刀を探すため、再び店の奥の樹海を探る。
狭いカウンターで切り出した被膜を持って朔の元に向かうと、夙夜と朔がひそひそと何かを相談していた。
怪しい。
「……夙夜、さっきと構造が変わってないか?」
朔の左手を見たカリンは開口一番、そう告げた。
夙夜がへらへらと笑いながら首を傾げる。確信犯だ。
日輪の作るモノと違って、夙夜の作成するモノはいつも物騒だ。空砲もそうだが、やたらめったら義手義足に似合わぬ戦闘力をつけたがる。
一体何を改造したのか。
夙夜が指を唇に当て、朔が笑って答えているところから見ると、本人同意の上なのだろう。
もう放っておこう。
カリンは切り取った被膜を朔の左手の義手を覆うように張り付けていった。余った部分を切り取り、ぴったりと貼り付ける。本来なら最後にバーナーか焼いたコテで継ぎ目を軽く焼きつけるのだが、代わりにカリンは袂から取り出した灼熱蟲をぽとりと落として歩かせた。
普段は地中に暮らす灼熱蟲は、空気に触れると熱を発する。暖を取る時に使用される蟲だった。
継ぎ目が消えたところで回収、再び袂に仕舞い込んだ。
「……熱くないのか?」
朔が恐る恐る問うが、カリンは別に、と答える。
いったいこの袂の中はどうなっているのか、不思議に思った朔は、道具の片付けをしているカリンを後ろから羽交い絞めにし――そうしようとしたわけでないが、身長差があるために必然的にそうなってしまっただけだ――抑え込んで、袂の中を覗こうとした。
が。
あまり驚いていない口調でカリンが告げる。
「何するんだ。びっくりするだろ」
そして、眉根を寄せたカリンは慌てず騒がず、小さな破裂蟲を容赦なく朔の顔面に炸裂させた。
ぱぁん、と軽い音がして朔の身体が仰け反った。
近くにいた夙夜がぎょっとして、震えあがる。
「今の、は、何だ?!」
目を白黒させながら起き上った朔に、カリンは冷たく告げる。
「お仕置き用の蟲だ」
もしこのまま朔と行動することになったら、自分のいう事を聞かないまま連れ歩くわけにはいかない。前回のように閃光蟲にやられたら、放って行かざるを得ないのだ。
そう思ったカリンは、きちんと朔を躾ける事にした。
躾用の小さな破裂蟲、通称『お仕置き蟲』は袂にたくさん入れてある。
「今度、余計な事をしたらまた当てるからな。あたしの言う事はちゃんと聞くように」
満足げなカリンは、珍しく挑発的に笑った。
「さあ、御苑に行くぞ。兄さんを助けに」
作中文献:
『天動説の絵本―てんがうごいていたころのはなし』 安野 光雅