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第三話 樹海と二人の幼馴染 ☆

 さて。

 カリンがいそいそと蟲取りに向かったのを見て、(なぎ)は宗主一族の男を見定めた。可愛い幼馴染に寄る(ムシ)だ。尊敬する日輪(ひのわ)の友人とは聞いているものの、かなり警戒していた。

 口をぽかんと開けて、樹海を見つめるこの男。小さな耳と、小さな光彩、それから黄土色混じりの肌色。典型的な宗主一族だ。羽織る着物も非常に上質なもので、美しい飾り玉の装飾も幾つも下がっている。

「そこの貴方」

 (なぎ)の声で瑠璃(ラピスラズリ)の瞳が凪の方を見た。

 夙夜(しゅくや)の話によると、この男はカリンを連れて天蓋の上へ行くつもりらしい。

 いったい何を考えているのか。

 あの上に何があるかも知らないで。幼馴染の少女が、天蓋の上に対してどんな思いを抱いているかも知らないで。

「天蓋の上を目指していると聞いたけど、そうしてそんな事になったの? 宗主一族なら、この街で生きていくのに何の苦労もないと思うわ。私たちのように、高架下の真っ暗な土地で暮らしているわけじゃないのに、この街から逃げる理由はないと思うのよ」

 姶良の街は、深い原始菌の樹海に四方を囲まれている。巨大な菌類が蔓延るその地は完全なる闇に沈む。華奢な骨格が大掛かりな菌糸を纏い、菌糸の肉が重ね合わさってうねり融合し、巨大な樹林を作り上げる様は、まるで人間がその先を見定める事を阻んでいるかのようだ。

 そして、もし万一、無事に樹海を抜けたとしてもそこに待つのは天の『蓋』だ。天蓋と呼ばれるソレが一体何であるかは全く分からない。ただ、覆いのような何かがこの街の空を遮蔽しているのだった。

 この樹海と天蓋のせいで姶良は常闇に沈んでいる。

「貴方はどうして天蓋の上を目指すの?」

 凪は行政区の人間のように宗主一族を崇める心は生憎と持ち合わせていなかった。

 行政区の人間ならば宗主への反逆として即座に捕えられかねないような厳しい口調で問いかけた。

 しかし朔は、凪の態度に対する不満は一切見せず、軽く答えた。

「俺は『星』が見たいのだ。天蓋の上にあるという満天の星空を」

「ほし……?」

 聞き慣れぬ単語に、凪は眉根を寄せた。

「そうだ。天蓋のない場所では、頭上いっぱいに空が広がっている」

 両手を大きく広げ、天蓋に覆われた天井を見上げながら、朔は嬉しそうに語った。

「空には、夜光蟲のように光る『星』と呼ばれる天体が無数に浮かんでいる。色も大きさも明るさも様々で、闇の中に何千、何万もの光の粒が輝くのだ。見た事のない俺は想像することしか出来ないが、それはそれは美しい光景だろう。もし、姶良の街の明かりを消したら樹海に同じ光景が見られるかもしれないな。樹海の夜光蟲が一斉に瞬けば、きっと星空のように光るはずだ。闇の中でも道を示すほど、明るく煌めく星もあるそうだ」

 星とはなんだろう、という凪の疑問は伝わらず、朔は興奮した口調で話し出した。

「その星には、一つ一つ物語があるのだ。星の光を繋いで、生物の形に見立てて、なぜ、その生物が天に召し上げられたかの物語が作られる。旧時代の人々は、そうやって星空に思いを馳せていた」

 そう語る朔の目の前には、まるで一つの世界が広がっているかのようだった。

 一つ一つの星座の話が始まる。

 おうし座、さそり座、おおいぬ座、さそり座……到底、終わりそうにない話を聞きながら凪は小さくため息をついた。

 しかも残念ながら、こういう手合いの人間に対してどうすれば重々わかっている――幼馴染がそうだったから。

 悦に浸って語り続ける朔の目の前に、掌を突きつけた。

 驚いて話を止める朔。

 数年前の幼馴染の姿を思い出し、凪は軽く笑った。蟲の話を始めると止まらない、少し変わった幼馴染。彼女が心を閉ざしたのは、天蓋の上の景色を見た後だ。

 もしかすると、どこか彼女に似ているこの男なら彼女の中に希望を取り戻せるのかもしれない。

 凪は不意にそう思った。

「貴方が天蓋の上に行きたい理由は分かったわ。ありがとう。説明はもういいわよ? ……えーっと、樹海を越えてその『星』を見たいが為に、蟲に詳しいカリンを連れて行きたいのね」

「そうだ。カリンが樹海を越えた事は、日輪から聞いた。無論」

 朔は一瞬だけ笑みを消し、凪を見た。

「その時に、幼馴染を連れていた事も」

 硝子玉のような瑠璃(ラピスラズリ)の瞳に、何もかも見透かされているようでどきりとした。

「……そうよ、一緒に行った幼馴染ってのは、私と夙夜の事」

 そう答えると、朔はぱっと顔を輝かせた。

「やはりか! どうだった、凪。天蓋の上には何があった?!」

 両手を握り、嬉しそうに上下させながら。

 その様子に凪は苦笑した。

 本当にそっくりよ、その表情も、好きなものに夢中になっているその姿も、語り出したら止まらないその熱心さも。三年前、樹海の先を見た時に絶望して心を閉ざす前の幼馴染に本当にそっくり。

 似すぎていて、見ていると心が苦しくなるくらい。

 少しだけ、任せてみてもいいのかもしれない。カリンはそろそろ、3年前の呪縛から逃れるべきだ。あの景色からも、凪がかけてしまった枷も、すべて解き放たれるべきだ。

 彼女の力があれば、もっと広い世界だって見られるんだから。

「天蓋の上の話は、カリンに聞くといいわ。私から話す事はありません」

「何故だ! ケチだな、凪は」

 次の瞬間、凪の手刀が朔の脳天に炸裂した。

「煩いわよ、宗主一族の坊ちゃんのくせに」

 頭を押さえて地面に沈んだ朔を見下ろし、凪は少し遠くにいるカリンに声をかけた。

「カリン! 私、先に戻るわ。ちょっと、今日はいろいろあって疲れたから時間切れみたいなの」

 蟲探しに夢中な幼馴染から返答はなかった。

 いつもの事だ。

 肩を竦めた凪は、脳天を抑えて呻く宗主一族の男を放置して、高架下への道を歩き出した。



◇◆◇◆◇



 カリンは蟲獲りに熱中していた。

 樹海の麓であるこの場所は、足音がしないほど柔らかい菌糸で分厚く覆われている。少し視線を周囲に振れば、飛び回る蟲の気配があった。一歩、踏み出すと地面を覆う菌糸の中からもぞもぞと子蟲が這い出てくる。

 カリンは、前回来た時の菌糸の色合いを思い出し、色に変化のある場所を探した。新しい色合いの場所には新しい蟲がいるかもしれないからだ。

 さっそく新たな赤い斑点の広がりを確認し、いそいそとそちらに向かった。一面を覆う緑の黴の中に、ぽつぽつと赤みのある斑点がいくつも出来ている。これはもしかすると、寄生型の蟲かもしれない。


挿絵(By みてみん)

挿絵:himmelさま(http://1432.mitemin.net/)


 はやる気持ちを抑え、膝をついて胸元に下げたルーペでじっくりと観察する。

 表面に見える部分は、気中菌糸のようだ。下に蟲の本体がいるのだろう。柔らかそうな細い菌糸が四方に伸びている。色は炎のような朱色。美しい色合いに、カリンは思わず感嘆の息を漏らす。

 いけない、人の呼気で弱る蟲もいる、と朔に注意したのは他ならぬ自分だ。気をつけねば。

 カリンは緩む口元を引き締め、再び観察を続ける。

 母体の緑色はこの辺りで最も一般的な青真菌(せいしんきん)だと思われる。青真菌はこの辺りで最もよく見られる品種だ。青真菌は、解毒薬の生成にも使われるほど、他の菌に対して非常に強い抵抗力を持つ種だ。だからこそ生息域が広いのだ。

「青真菌が侵されるなんて……」

 その青真菌を蝕むのは、並大抵の蟲ではない。

 心臓の鼓動を抑え、深呼吸。

 日輪に特別に作ってもらった蟲捕り用の鑷子(せっし)を懐から取り出すと、ゆっくりとその赤い斑点に差し入れた。

 先に触れる微かな振動。ここに蟲がいる。

 慎重に、慎重に。

 息を殺して集中するカリン。

 鑷子(せっし)握る指にほんの少し力を込めると、先端が蟲を捕えた。キシキシ、と蟲の鳴く音がする。

 逃さぬよう、カリンはゆっくりと鑷子(せっし)を引き抜いて――

「カリン! 何を捕まえているのだ?」

 背後から大声。

 驚いたカリンの手が震える。

 しかし、意地でもこの蟲は離さない。

 構って欲しそうな朔を無視して、青真菌(せいしんきん)の中から引っ張り出した蟲をじっと見た。

 見た目は夜光蟲に近いだろうか。爪の先ほどの大きさしかないその蟲は、鮮やかな朱色の菌糸を纏っていた。この朱色は、見覚えがある。

 しまった。

 朱色の蟲を摘んでいた鑷子(せっし)の先がどろりと溶けた。

「熱っ……!」

 時すでに遅く、カリンは思わず鑷子(せっし)を放り出していた。

 朔が反応よくその鑷子(せっし)を受け取った。かなりの熱を持っているはずだが、朔の左では生身ではないから大丈夫なのだろう。

 しかし、鑷子(せっし)の先が溶け落ち、捕えていた蟲は左手の上にぽたりと落ちた。

「今すぐ捨てろ、朔。それは蝕蟲(しょくちゅう)だ!」

「しょくちゅう?」

「そいつは鋼鉄を好んで喰う蟲だ。左手を喰われるぞ!」

 朔は臆することなくそのまま左手の蟲を観察している。その掌からは既に細く白い煙のようなものが上がっていた。

「……すまん、もう喰われたようだ」

「きみは馬鹿なのか?!」

 カリンは叫ぶと同時に朔の手を引いて川の傍へ向かう。

 そして、蟲の取りついた朔の左手をそのまま水につけた。

 じゅうう、と鈍い音がして、川の水がいくらか蒸発する。

 しばらくそのままでいると、左手に張り付いていた朱色の蟲がぽろりと剥がれて水底に落ちて行った。そのまま流れに乗って、水底を転がるようにして川下へと消えて行く。

 自分たちの身体に蝕蟲(しょくちゅう)が着いていない事を確認してから、すぐに川の向こうへと退いた。

「凪は?」

「帰ったぞ。時間切れ、とか言っておったな」

「そうか、今日は早かったな」

 朔の左手は、蝕蟲(しょくちゅう)によって喰い荒らされ、無残な様相を呈していた。敗れた掌の中央から見える歯車は半分ほど融解してしまい、手首のあたりも大きくくぼんでいる。これはおそらく部品の交換が必要だ。

 日輪に言って、修理してもらわねばならないだろう……しこたま怒られるだろうが。

「反省しろ、朔。兄さんに叱られるといい」

 蝕蟲(しょくちゅう)は、カリンが天の上へ行った時に初めて発見した種の一つだ。樹海の奥で、大きな原始菌の柱に寄生しており、その骨格を溶かして養分にしつつゆっくりと茸を崩していくという、恐ろしい寄生型の蟲だった。

 樹海の奥に住んでいたはずの蟲が、この樹海の端まで滲出してきている。水をかけると活動を停止する蝕蟲(しょくちゅう)がこの川を越える事はまずないと思うが、採集するカリンの身体の何処かについてきて、街へ持ち込んでしまう可能性はないわけではないのだ。

 もし蝕蟲(しょくちゅう)が一匹でも姶良の街に到達すれば、動力を伝える歯車が瞬く間に破壊されてしまうだろう。一匹たりともこちら側へ入れるわけにはいかない。

 蟲の好きなカリンだからこそ、蟲の恐ろしさも本当によく知っている。

 しばらくこの場所での採集は控えた方がいいかもしれない。

 そう思い、川向うの原始菌の樹海を遠い目で見つめた。

 ふっと隣を見ると、朔も同じように川の反対岸まで押し迫る樹海を瑠璃の瞳でじっと見つめている。そこに映る感情がなんなのか、カリンには推し量れなかった。

 街を統べる宗主一族でありながら、街を出ようとした彼は、いったい何を思っているのだろう。

 カリンは、幼い日の始まりの事をよく覚えていない。親が本当に存在したのかさえ曖昧だ。月白種族にはよくあるのだが、親は子の面倒を見ない。産み落とした後は立って歩けるようになれば高架下に置き去りにする。その後は強ければ生き残り、弱ければ樹海の養分となる。

 カリンの最初の記憶は、兄と並んで黒灰を塗り固めた壁に背を預け、付近を歩き回る野生の蟲を捕えては外皮を毟って腹に入れていた事だ。物心ついた瞬間からそうやって空腹を凌ぎ、生きていたのだろう。

 蟲の外皮を剥ぐと、キシキシと駆動音を響かせる小さな骨格が内部から現れるのだが、残った骨格を菌糸の中に放り投げておけば、いつの間にかまた外皮を纏って蟲になる――(おのずか)らそれに気づいてからは、いくつか骨格を捕えて菌糸の中で飼うようになった。

 最も、骨格を「飼う」のは実は非常に難しく、官営工房のようにきちんと整備された施設と骨格に関する知識がなければ大人でも手を出さない類の趣味であった事は間違いない。

 しかしながら、カリンは何故か骨格の好む環境を作るのが上手かったらしく、上着の(たもと)には常に数種類の骨格を飼っていた。今でも行政区からの行き帰りに使う夜光蟲は、初めて飼育に成功したうちの一つだ。

 片手に満たない幼い子供であったにも関わらず数種の骨格を飼っていた事、単身突破する事など不可能なはずの原始菌樹海をわずか十二歳で踏破した事などを考えると、カリンは他の年少者に比べてかなり頭がよかったのだろう。

 だからこそ、幸か不幸か自分の行く末も何となく見当がついてしまった。

 おそらくこのまま死ぬまで、姶良の街で働き続ける。そして、何を為すこともないまま、何を知ることもないまま、最後は樹海に捨てられ蟲の糧として朽ちるのだろう――幼馴染がそうなったように。

 そう思いを馳せた時、いつもカリンの奥から、あの陰陽混沌の景色がせりあがってくるのだ。子供のころに見た、見渡す限りの無色彩の景色が。

 暗黒の中を生きる原始菌でさえ色を持つというのに、天の上には色彩がないのだ。

 空虚なあの景色にカリンは今も縛られていた。

「朔は何で、天の上に行きたいんだ? あの場所には……何も、ないよ」

 その言葉で朔は眉をあげた。不機嫌な表情でなく、不可解なものを見る目だった。

「カリン、お前はいったい何を見たんだ? 天の『蓋』の上はどんな場所だ?」

 問われて、口を噤んだ。あの灰色の景色を思い出すのが嫌だった。

 答えないカリンを見て、朔はその場に座り込んだ。藍色の着物が苦鉄質な砂礫の河原に広がった。促されてカリンも緋色の着物を広げて河原に腰を落ち着けた。肩にかけていた空の蟲籠が軽い音を立てた。

「何故、俺が天の上に行きたいかと聞いたな」

 朔は、着物の懐から薄い書物を取り出した。

「俺はこの姶良の街の形成について、仮説を立てた。それが正しいなら、天蓋の上まで行けば星が見えるはずなのだ」

 何度も何度も読み返したのだろう、柔らかくなってしまった表紙の文字はかろうじて読むことが出来た。

「……天動説の絵本?」

 本を広げた朔は、頭をぶつけそうなほど近づいた。

 最初から思っていたが、どうにも近い。不快ではない事が、不思議なくらいに。耳を触り出す事と言い、抱きしめた事と言い、今もそうだが、朔はもう少し距離を測ったほうがいいと思う。

 無論、避けないカリンにも問題はあるのだが。

 朔が書物の(ページ)をめくると、色あせた絵と共にある人々のお話が描かれていた。子供向けのものなのだろう。頁いっぱいに絵が描かれ、その上から大きな文字で簡単なお話が書いてある。

 このお話によると、人々の住む大地は丸いのだという。しかもその大地は回転しており、人々はその上に立っているのだと書かれていた。振り子や何やを使って証明しようとする人々の努力が事細かに描かれていた。

 頁が進むにつれ、カリンの心臓は早鐘のように打ち出した。

 最後に、一人の勇気ある若者が、この大地を一周して、反対側から戻ってきて大地は丸いのだと証明する、と言って旅に出た場面を最後に、物語は終わった。

 ぱたん、と本を閉じた朔は、大事そうに背表紙を撫でた。

「師匠から譲り受けた本でな、俺の宝物なのだ」

「これは……この世界の話なのか?」

「分からん。が、旧時代の遺産である書物だ。この丸い大地は、この世界の事だと信じている」

 旧時代の遺産。

 姶良には、其処彼処に滅びた文明の欠片がある。例えば、御苑の地下の永久機関。例えば、姶良の街の高架。その文明がいつ存在したのかは分からないが、多くの遺産を置いて消えてしまった。

 しかし、今この絵本を読んで思う。もしかするとその文明があった頃は、天蓋などなく、原始菌の樹海もなかったのかもしれない――それはいったいどんな世界だったのだろう。

 心臓が耳元で鳴り響いている。

 その様子を見た朔が悪戯っぽく笑う。まるで、歯車の卸商に対して取引を仕掛ける時の日輪のように。

「交換しよう、カリン」

「交換?」

「ああ。俺にはこの世界の成り立ちに関する仮説がある。どうして姶良が闇に沈んだのか、俺なりの理屈はつけているのだ。それを教える。だから、その仮説が正しいかどうか、樹海を踏破して天蓋の上を見たというカリンの話が聞きたい」

 カリンにとって、朔の言葉は衝撃だった。

 この世界の成り立ち。姶良が闇に沈んだ理由。そんなもの、考えた事もなかった。最初から姶良は姶良で、これからも闇の中で生きていくのだと思っていた。

 でもそれは、違うのかもしれない。

 灰色の景色を見た時から止まっていた時間が動き出そうとしている。

 世界はもっと、広いのかもしれない。

 彩色のない景色に、瑠璃色の光が差し込んだ。

「……朔の目は綺麗だな。瑠璃(ラピスラズリ)と同じ色だ」

 そんな言葉が不意に口をついた。

「あたし、この街がどうして出来たかなんて考えた事もなかった。きみはすごいな。きっと頭がいいんだろう。羨ましい」

 真っ直ぐな言葉で褒めると、朔が目を丸くする。

 心なしか頬が赤くなり、右手で口元を抑えた。朔にしては珍しい反応だ。

「どうしたんだ、朔」

「いや、カリン、そんなに素直に褒められると……照れる」

「照っ……」

 生身の右手で顔を覆った朔を見て、カリンの頬もつられて熱くなる。

 何を言ってるんだ、と朔の背を叩いてようやく少し落ち着いた。

 朔と話すと調子が狂う。出会った時からずっとそうだ。いつだってカリンの予想する通りには動かない。馬鹿なのかとも思ったが、どうもそうではないようだし、奔放にしているかと思ったら、少し褒めただけでこちらが恥ずかしいほど照れる。

 やっぱり、変な人だ。

 カリンはほんの少しだけ微笑んだ。

 御苑から逃げ出してきたこの放蕩息子を、少しくらい信じてみてもいいかもしれない。


挿絵はhimmelさま(http://1432.mitemin.net/)にいただきました。

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