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7 三つの尖塔と日干し煉瓦の壁の都

 壁に穿たれた大門を潜る。壁の厚さは、オレが両手を広げた長さの三倍ほどもある分厚さだ。門の幅は大型の馬車が一台、ギリギリ通れるかどうかというところ。とても一国の都の物流をまかなえるだけの大きさには思えないが、どうしてこんなに不便なのかと言うと……。

「遅いぞ。なにしてた? こっちだ!」

 門を潜り抜けた先は宿屋の立ち並ぶ宿屋街になっていた。その宿の一つ、オリーブの実らしきものが描かれた看板の下で、不機嫌そうな顔をした兵士が叫んでいた。

「オレですか?」

「お前以外に誰がいるんだよ。死に掛けてんだろ、早く来い!!」

 怒鳴るだけ怒鳴って、やはり手を貸すこともなく、さっさと宿に入ってしまう。なんだろう。この国の兵士たちは民間人に手を貸すことを法で禁じられているのだろうか?

 手伝えと怒鳴り返してやりたい衝動を抑え、なるべく急いでその宿に入る。

「上だよ。急いで」

 入り口を入ってすぐに階段がある。その上階から女の声が聞こえた。

「急げよ」

 宿の前にいた兵士は階段の下でオレを睨んでいる。

 平地を歩くだけでもつらいのに、階段を上れとは。やはり兵士は手を貸さず、しょうがないのでオレは一段ごとに気合の声を入れながら階段を上っていった。

「こっちだよ」

 二階にある客室の一つ。その扉が開かれていた。先ほどの女の声がその部屋から聞こえる。最後の力を振り絞るようにして部屋に入ると、そこにいたのは、豊満なバスト、豊満なヒップ、そして豊満なウエストと、三拍子揃ったおばさんだった。

「そこに寝かせて」

 そう言って、窓辺のベッドを指差す。窓は全開にされており、生ぬるく、少し湿り気を帯びた風が入ってくる。無風よりはマシだ。ベッドの周りには水の入った甕がいくつもあり、タオルや塩も用意されていた。

 オレはようやく背中に背負っていた男をベッドに下ろし、文字通り肩の荷を降ろすことができた。後はこのおばさんに任せればいいだろう。ベッド脇にあった、クッションも付いていない三つ足の丸椅子に、崩れるように座り込む。両足と背骨が悲鳴を上げていた。もう、しばらくは立てそうにない。

 しかし、おばさんはそんなことはお構いなしだ。

「何やってんだい、あんた! ほら、まずは服を脱がせる」

「ちょ、オレも手伝うんですか?」

「当たり前だろう? なに、あんた、この人見捨てるつもりかい?」

「いや、そうじゃないけどさ……」

 どうやら、まだ休めないようだ。

 おばさんはコップに水を汲み、その中に砕いた岩塩を入れてかき混ぜている。

「ぐずぐずしない。遅いことならペンケドでも出来る」

「ペンケド?」

「下にいる兵隊」

「そりゃないっすよ、おっかさん!」

 宿の前でオレを待っていた兵士が、階段の下から情けない声を上げた。

「あたしゃあんたのママじゃないよ! まったく、だらけてないで早く隊長のところに戻りな」

「……門の警備は暑いんだよなぁ」

「いいから行きな!!」

「イエス・マム!」

 威勢のいい声と駆け足の音を残して、どうやらペンケドは大門の警備に戻ったようだ。

「だから、ママじゃないって……。ほら、口を開けな」

 おばさんは苦笑いをしながら、出来上がった濃い塩水をベッドの上の男に飲ませる。

「ほら、主人が死んだらあんたも困るだろ? 手ぇ貸しな」

 どうも、このおばさんもオレがこの男のお付きの人間だと思っているらしい。

 その間にオレはどうにかこうにか立ち上がり、男の服を脱がせにかかる。あらかじめ聖印を外しておいてよかった。

「言っとくけど、オレはこの男とは何の関係も無いから。街道で倒れてたのを、ここまで背負ってきただけだよ」

「はぁ?」

 おばさんの手が一瞬止まり、こちらの顔を見る。

「オレってそんなにおつき顔してる?」

「いや」

 おばさんは苦笑いして横に首を振り、再び塩水を作りはじめた。

「上も下も全部だよ。それが終わったら、タオルを水に浸して、顔と首、手首と足首、脇と股を拭いていって。一通り拭いたら、またタオルを水に浸して繰り返し。タオルは絞りすぎたらダメだよ?」

 いくらか険の取れた声でそう言われた。おつきの者でなくても、オレが手助けするのは確定事項のようだ。しょうがない。乗りかかった船だ。最後まで付き合うしかない。これだからオレは船が嫌いだ。

「イエス・マム」

「あんたもかい? しょうがないねぇ」

 オレが言われた場所を順に拭いている間に、おばさんはさらに何杯か塩水を作っては男に飲ませた。


 とりあえず、出来ることはした。意識を取り戻すかは、後は本人の生命力次第。おばさんはそう言った。

「助かるかな?」

 オレにはこれまで、重い熱射病患者を診た経験は無い。この男が助かるかどうか、オレには判断がまったくつかないが、ここまで重い思いをさせられたのだから、せめて助かって欲しいと思った。そうでないと、文句を言う相手がいなくなる。

「そうねぇ」

 言いながら、おばさんは手のひらで男の額や首筋を触った。

「たぶん、命は助かるかも」

「よかった」

「でもねぇ、熱が脳に回ってると……」

「回ると?」

 おばさんは言いにくそうにしていた。オレが促すと話してくれた。

「ちょっとね。気が触れてたりすることもある」

「なるほど」

「どれくらい太陽に晒されていたかによるけどね」

 自分の影と話をしはじめるぐらい気が触れていたら、どうしよう。

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