5 夢
二つの死体を埋葬し、星明りの下、再び北へと歩き出す。丁度日が昇るころ、オレは次の宿場にたどり着いた。
珍しいことに、腕組みをした白髪の中年男が、早朝の関門に立っている。オレが門を潜る時に声をかけられた。
「よお。あんた、コートは?」
「巡察官に取られた」
問いにそう答えると、ああ、と言う顔を男がした。そういう嫌がらせはよくあるのだろう。
「そいつは運が悪かったな。あれがこの夏最後の巡察官だよ。ところで、ここに来るまでに女を見なかったかい?」
「さあ。いたのは巡察官二人だけさ。そういえば、なんだか酷く不機嫌だったな。おかげで……」
「腹いせにコートを取られた、か。いやいや、全くあいつらときたら。しかし、そうなると彼女は逃げおおせたのかな。よかった」
そう言って、男はちょっと笑った。
「昨日、うちの宿にえらい美人が泊まってたんだけどね。どこでその話を聞いたのか、二人の巡察官がやってきたと思ったら、彼女の部屋に押し入って……まあ、何をしようとしたかは想像にお任せするよ。まったく、下衆な野郎どもさ」
ペッと男は地面に唾を吐いた。
「彼女はあられもない姿で走って逃げて、あいつらもそれを追いかけていったんだ。かわいそうに。そろそろ帰ってくるかと思ったが……」
どうやら、彼女が因果教徒だということは、ほかの人間にはばれていないようだ。もしもそうなら、こんなに心配などしやしない。犯されようが殺されようが、気にも留めないだろう。もっとも、この男も因果教徒だという可能性はある。それをここで確かめても、特に意味は無いが。
「昨日からここで待ってたのか?」
「まさか。巡察官に目をつけられたくないし、宿の仕事もあるしね。さっき来たばっかりだよ」
ならば、昨日の事は見られていないだろう。関門から振り返れば殺害現場が見えた。
こいつ、嘘をついているぞ。念のため殺しておけ。
影が嬉しそうに言うが、オレはそれを無視した。徹夜の穴掘りで眠いのだ。
「話からすると、あんたは宿の主人だな?」
「ええ、そうです。……お泊りになりますか?」
突然、男の口調が丁寧になった。
「お早いお着きで。どうぞ、どうぞこちらへ。ええ、千年杉亭はいい宿でございますよ」
オレは先導する男の後を、大きなあくびをしながら着いていった。
森が燃えていた。家も、畑も。人も。
闇の帳を、炎と煙と叫びが切り裂く。木が焼けるにおい、肉が焼けるにおい、革が焼けるにおい。何かが焼けるにおい。猛る炎に気流が乱れ、風向きが変わるたび、様々なにおいが鼻を襲った。だが常に、生臭い血のにおいだけは感じ続ける。返り血を全身に浴びて、赤い悪魔のような姿になっていた。左手に持ったたいまつが、その赤黒い顔をぱちぱちと照らす。
ここは地獄だ。テフリル村という名の地獄。
風に乗って、時折叫び声が聞こえる。
風向きが変わって、また新たなにおい。嗅ぎ慣れたにおい。これは恐怖のにおいだ。まだ隠れている人間がいる!
風上に向かう。ドアを蹴破る。いた。男、女、老人、子供。暗い部屋の中に10人以上の村人たちが、こちらに背を向け、一塊になって何かを拝んでいる。
無言で剣を振るう。刃はすでに、まとわりついた脂肪で役に立たなくなっていた。しかし、頭蓋骨を砕くのに刃はいらない。振りかぶり、振り下ろす。それを人数分繰り返す。村人たちは全く抵抗しなかった。
いったい何を拝んでいたのか。生贄の祭壇か、それとも悪魔の神像か。もしそうなら、今のオレの姿と、どちらがより恐ろしい?
松明を、村人たちが拝んでいたものへと近づける。闇が払われそこに見えたのは、村人たちの血に濡れた、横に重なった二つの輪。
そんな、まさか!
人を殺した日は、いつも嫌な夢を見る。だが、どんな夢だったかは、目が覚めればすぐに忘れた。これもいつものことだった。
午後、千年杉亭で新しくフード付きコートを買い、二つの水袋にはたっぷりと水を入れ、日が翳ってから宿場を出た。ここから都までは間にひとつ宿場があるばかり。今日中に都につけるだろう。
アクシデントが無ければな。オレは影にそう語りかけたが、返事はなかった。
あっという間に次の宿場にたどり着く。水袋の水も、ほとんど飲んでいない。真昼の太陽に睨まれる事も、アクシデントに遭う事も無ければ、こんなものだろう。
わずかに減った水袋の中身を補充し、オレは最後の宿場の関門で佇んでいた。行く手には三つの尖塔が聳え立ち、視界の右端から左端まで、地平線の上に日干し煉瓦の壁が続いている。それはまさに威容だった。尖塔の上の太陽教の聖印が、西日を受けて燃えるように赤く輝いている。
その天辺を見上げながら、オレは街道を進んだ。一歩都に近づくごとに、尖塔は高さを増す。白漆喰に塗られ、三つ並んだ直方体の塔。どれも高さは同じだ。これを建てるのに、いったいどれほどのカネと人手をかけたのだろうか……。
おい、馬鹿みたいに口を空けて見上げてるんじゃない。お待ちかねのアクシンデントだぞ。
「はっ」
影の警告に、思わず右手で口を覆い、左右を見渡す。
下だ。足元。
再度の警告に従い、視線を下げると、そこに男が倒れていた。