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4 マリミタ

「宿で休んでいたら、急にあの男たちが部屋に来て……。殴られて、服を裂かれて……。そして……」

「聖印を見られた」

 ようやく落ち着いた彼女がうなずいた。

「殺されると思いました。だから、そのまま走って逃げて……」

 そして追いかけられた。実際、あのままなら殺されただろう。

 因果教は邪教である。太陽教徒はそう言っている。目の前の彼女と同じく、オレもその邪教徒だ。

 因果教徒は太陽教徒から迫害に遭っている。因果教徒であるというだけで殺される者も多い。何がきっかけで迫害が始まったのか。学のない俺にはわからない。だがきっと原因はある。それこそ因果教の教えだ。『因果こそ、この世の理』。

 太陽教徒は、自分たちがなぜ因果教を迫害しなければならないのか、知っているのだろうか?

「あの、本当にありがとうございました。あなたは命の恩人です!」

 はじめて彼女が笑顔になってそう言ったとき、オレは彼女が美人だと言うことに気づいた。髪は乱れ、顔には血と痣。低くなり、赤黒さを増す太陽の光に照らされ、それでも彼女は美しかった。

 オレは急に気恥ずかしくなって、着ていたフード付きのサンコートを脱ぐと、無言で彼女に手渡した。彼女の服はぼろぼろで、コートは前をとめることが出来ず、乳房はまだむき出しだったのだ。

 コートを差し出され、彼女もはっと気づいたように後ろを向くと、オレのコートを着込んで再び振り帰る。顔が赤く見えるのは日の光の所為だけではないだろう。太陽を背にしているオレの顔も、きっと同じように赤い。

「あの、お名前を伺っても良いですか?」

「名前? エリだ」

 彼女に咄嗟に答えてから、しまったと思う。旅を始めてから使い出した偽名ではなく、本名を言ってしまった。

「エリさん、ですか。あの、私はマリミタです。私はこれから南に行くんですけど、あの、エリさんは?」

 どうやら、彼女は「あの」と言うのが癖のようだ。

「逆だよ。三つの尖塔と日干し煉瓦の壁の都だ」

 そう答えると、彼女はあからさまにがっかりした顔をする。

「そう、ですか……。あの、私は、緑の鳥国の、テフリル村に行かないとといけないんです」

「テフリル村?」

 思わず変な声で聞き返してしまった。

「あの、ご存知なんですか?」

「……ああ」

 テフリル村こそ、オレの今回の旅の出発点だ。

「村の人たちは、みんな因果教徒なのもご存知ですか? あの、もちろん、隠れて信仰しているんですけど。

 私の祖母と伯父一家もそこに住んでいるんですけど、ある知らせが……」

「テフリル村は全滅した。村人は一人も生き残っていない」

 知らせとは、多分それだろう。マリミタはそれを聞いて暫く黙っていたが、意を決したように再び尋ねた。

「あの、やっぱり、本当なんですか?」

 本当だ、間違いなく。オレは黙ってうなずいた。

「やっぱり、あの、迫害で……?」

「ああ」

 テフリル村は因果教徒の隠れ里であることがバレ、村民は全員殺害された。女も子供も関係なく皆殺しだ。建物には火が放たれ、井戸には毒が入れられ、畑には塩を撒かれた。もはや、あの村が再生することはないだろう。オレはそれをすべて見て来た。

「行っても無駄だよ」

 だから、そう言ってやったが、彼女は思いとどまることは無かった。

「もしかしたら、生き残りがいるかもしれませんから」

 そう言って、無理やり微笑んだ。

 いるはずがない。オレも散々探し回ったのだ。

 だが、オレはそれ以上引き止めなかった。彼女のグリーンがかった瞳には決意が込められていた。オレは自分の財布と水筒を無理やり彼女に渡すと、次の宿場にある猫の木館という宿で改めて旅の支度を整えるように言った。ちょっと料金は嵩むかもしれないが、あそこの主人は悪いヤツではないと教える。

「あの、助けていただいた上に、ここまでしてもらって……」

「いいから。もう日が沈む。はやく次の宿場に」

「本当に、本当にありがとうございました! あの、私、今日のことは絶対に忘れません!」

 そして、彼女は笑顔で南に向かって歩き出した。途中、何度も振り返ってはこちらに礼をしたり、手を振ったりする。


 オレは暫くたってから、切り殺した男たちの死体を探った。牛の皮で出来た水袋がそれぞれひとつずつ。水も入っていた。財布もひとつずつ。中身を調べてカネを抜き取る。あわせれば、マリミタに渡したオレの財布の中身よりもずいぶん多い。それを自分で持っていた予備の布袋に入れ替える。巡察官任命状もひとつずつ。こいつらは巡察官だったのだ。サンコートは血で汚れ、使えそうにない。長身の男が持っていたナイフは豪華な仕立てで上物のようだが、特徴のある細工だ。足が付くかもしれない。

 収穫は水とカネだけ。まあ、十分か。オレは街道脇まで死体を引きずると、豪華なナイフを使って穴を掘り出した。土は固いが、一晩あれば浅い墓穴二つぐらいは何とかなるだろう。幸い、今日も街道は、ほかの旅人が通る気配が無かった。

 今日の太陽がついに沈む。長く長く引き伸ばされたオレの影が叫んだ。

 あったろ、アクシデント!

 赤い光が消え、辺りが闇に包まれたと思うと、星の白い瞬きがそれに取って代わる。満天の星空の下、オレは墓穴を掘る。

「それにしても」

 オレは思う。祖母と伯父一家を殺したのがオレだと知ったら、あの美しいマリミタの顔はどんな風に歪むだろう。

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