綾原の機転【7】
「召喚は成功だ。どうやらお前の体には何かが取り憑いたようだ」
女教師――黒江は俺を指差してそう言った。
朝倉が俺から飛び退く。
「取り憑く……まさか幽霊!?」
俺は半眼で朝倉にツッコんだ。
なんでだよ。
すると、話を割るようにして資料室から一気に部員がなだれ込んでくる。
部長が眼鏡をくいくいと指で正しながら、
「せ、成功!? 召喚が成功したって本当ですか、先生!」
そんな部長等を背後から押し退けて、入ってきたのは無口無表情の綾原だった。
きれいな長い黒髪をさらりとなびかせ、本を片手に真っ直ぐ俺のところへとやってくる。
俺の傍で足を止めると、手に持っていた本をそっと魔法陣の上に置いた。
そして黒江を見据えて凛とした声で言い放つ。
「黒江先生。一つ、反論をしてもよろしいですか?」
黒江の顔が素に戻る。教師らしくニコリと微笑んで、
「えぇ、どうぞ」
「魔女、魔法、魔術、幽霊、超常現象。科学的原因を知れば、そんなものはただの子供だましの手品に過ぎません。
壁の染みが人の顔に見えたり、欠陥住宅でポルターガイスト現象を経験したり。
人間はたった一つの何でもない出来事を今までの経験をもとに脳で複雑に処理妄想し、話をより大きくしようとします。
この場合も同じ。
これが超常現象ではない証拠を今、先生の目の前で証明してみせます」
綾原がちらりと俺を見る。
俺もなんとなくその視線に気付いて綾原へと目を向けた。
綾原が俺に言ってくる。
「立ってみて」
言われて俺は足を動かしてみた。
足は何事もなかったかのように動き出す。
あれ? なんだったんだ? さっきの。
俺はその場からゆっくりと立ち上がった。
朝倉が目を丸くして這い寄ってくる。
「す、すげぇ。綾原の奴、ついに黒江の呪いを解きやがった!」
いや、違うだろ。これにはきっと何か科学的な根拠が──
油断していたその時、綾原がいきなり俺の片足をさりげなくギュムッと踏みつけてくる。
いぃぃぃっ!?
俺はたまらず悲鳴を上げて再びうずくまった。
涼しげな顔で綾原は黒江へ言葉を続ける。
「彼は捻挫をして動けなかっただけです」
俺は内心で絶叫した。
うそつけ! 今思いっきり俺の足踏んだだろうが!
「超常現象なんてものはこの世に存在しません。これで御納得いただけましたか? 黒江先生」
黒江の表情からスッと笑みが消える。
「そう。それは残念だわ。捻挫なら早く病院につれていってあげなさい」
綾原が身を屈めて俺の傍に座り込み、手を貸しながらさりげない仕草で耳打ちしてくる。
「ごめんね。立てる?」
あ、え? いや、まぁなんとか。
俺は綾原の手を借りて立ち上がり、半ば足を引き摺るようにして魔法陣から出た。
「オ、オレも行くよ」
朝倉も後をついてくる。
外へと通じる図書室の出入り口──黒江の横を過ぎ去ろうとした時。
「それじゃぁ私も一つ、あなたの言葉に意見してみようかしら」
黒江が静かにそう言ってきた。
俺達は足を止める。
黒江が綾原に向けて話を続ける。
「超常現象は存在しない。あなたはそう言ったわよね? 綾原さん」
そして、黒江は魔法陣へと向けて歩き出した。
そこに置かれた綾原の本を手に取り、全てのページをぱらぱらとめくっていく。
あるページで止めて。
黒江が真顔で俺達に向け、そこに描かれた魔法陣をトントンと指で示した。
「ここ。本来の魔法陣の中にいくつか真新しく書き込まれたルーン文字があるわ。これ、あなたの字よね? 綾原さん」
綾原は落ち着いた様子で平然と答える。
「そういえば昨日の夜、私の弟がそこに落書きをしていました」
黒江がパタンと本を閉じる。
「もしそれが本当ならあなたの弟は天才ね。こんなにも正確な意味を持つルーン文字が書けるのだから」
綾原の表情に変わりはなく、黒江の言葉に淡々と答えていく。
「奇跡は誰にでも起こせます。偶然はよくあることです」
フフと笑って黒江。
「そう。偶然なら二度もお目にかかれないってことね。残念だわ」
笑みを消し、真顔で言葉を続ける。
「でもね、綾原さん。これだけは覚えておいて。現代の科学をもってしても証明できない事例はこの世に五万とあるのよ。
次にあなたがどんな答えを用意してくるか、楽しみにしているわ」