魔法陣は、どっちの世界だろうと俺にとって厄介なものでしかない。【6】
「おい、起きろって」
隣から激しく揺すり起こされ、俺はハッと目を覚ました。
朝倉が小声で言ってくる。
「黒江がいなくなっている。今の内に抜け出すぞ」
デシデシは?
「は?」
朝倉がぽかんとした顔で問い返してくる。
やべ。
口に出ていたことに気付き、俺は赤面して焦るように顔を逸らした。
朝倉が半笑いでからかってくる。
「今お前、マジで寝ぼけてた?」
うるせぇ。ほっとけ。
朝倉が資料室の外に親指を向け、
「今の内行こうぜ」
そうだな。
俺と朝倉は席を立ち、歩き出した。
外に出るには、まず資料室と繋がりとなる図書室を抜けなければならない。
資料室の出入り口から顔を覗かせて様子を確認した朝倉。
「ラッキー。黒江の奴、マジでここにも居ないぜ。抜け出すなら今だ」
手招きを受けて、俺はそろりと資料室から抜け出て図書室に入った。
朝倉が軽くストレッチをしながら歩き、俺に言ってくる。
「やっと解放されたな。けど、今から行ってもきっと外野しか残ってないぜ?」
外野でもいいじゃん。やらせてくれるなら。
「だよな」
笑って。
俺と朝倉は話しながら図書室内を歩いた。
図書室の真ん中に放置されたままだったオカルト部長等による手作り魔法陣。
その上を、俺は気付かずに踏み渡っていく。
ちょうど魔法陣の中心を踏んだ時だった。
ふわりと。
足元から吹き上げてくる微風を肌に感じた。
ん?
――俺が下を見た瞬間。
俺の両膝がいきなり力抜けるようにガクンと崩れた。
思わずその場に手をついて座り込む。
朝倉が振り返ってきて笑った。
「何やってんだよ」
俺は蒼白になって答える。
わからない。
「わからないって……」
異常を察したのか、朝倉の表情から笑みが消える。俺に合わせて身を屈め、様子をうかがうように俺の顔を覗き込んで尋ねてくる。
「ちょ、お前マジで大丈夫か?」
俺は首を横に振る。動揺に震えた声で、
大丈夫じゃないかもしれない。
足が鉛のように重く、ぴくりとも動いてくれない。痺れるわけでもなく、ただ感覚を失ってしまったかのように動かないのだ。
朝倉が心配そうに尋ねてくる。
「立てそうか?」
わからない。なんか急に足の力が抜けて──
「ヤバイって。それにお前の顔も真っ青だし。ちょっとここで待ってろ。オレ、先生とこ行って救急車呼んでもらってくるから」
立ち上がろうとする朝倉の手を俺はすぐに掴んで引き止めた。
首を横に振って断る。
いい。行かなくていい。救急車を呼ぶほどのことじゃない。大丈夫だ。
「けど──」
いいから肩を貸してくれ。
俺は朝倉の肩を借りて立ち上がろうとした。
しかし足に全く力が入らず、立とうにも立てなかった。
朝倉が俺の足を心配してくる。
「足を捻挫したのか?」
……たぶん、かもしれない。
ふいに。
どこからか不気味で陰気な笑い声が漏れ聞こえてきた。
俺と朝倉は視線で正体を探す。
──と、いうより。だいたい予想できたが。
図書室の出入り口からすぅーっと静かに姿を現したのは女教師、黒江だった。薄暗い笑いを浮かべ、手に持っていた一冊の本を見せてくる。
「汝の意志するところを行え。それが法の全てとならん」
黒江は俺に指を突きつけて言う。
「召喚は成功だ。どうやらお前には何かが取り憑いたようだ」