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SR:B 2 ─ そして世界は狂い出す─ 【裏版】  作者: 高瀬 悠
現実世界編 【裏版ルート】
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結びの絆【81】


 現実世界へと戻り、二週間が過ぎた頃――。


 夏休みも終わり新学期を迎えた俺は、帰宅後すぐ自室にこもり、制服のままベッドの上に寝転んで鈴を見つめていた。


 一階で母さんが夕飯の用意が出来たことを知らせてくる。


 軽く返事をしつつも。

 それでも俺はまだしばらくベッドの上で鈴を見つめていた。


 急に。

 チリリ、と。


 静かだったはずの鈴が魔法にかかったように勝手に揺れて音を鳴らす。

 その一度だけ。

 振りは弱まっていき、そして止まる。

 俺は少し間を置いて、答えるように鈴を振った。


 すると鈴がもう一度チリリと鳴った。

 そう、まるで嬉しそうに言葉を返してくるように。


 頭の中でおっちゃんが声をかけてくる。

『遊んでいるところ悪いな』


 遊んでねぇよ。


『巫女の所在がわかったから知らせておく。西のフェルマーレ帝国。彼女は無事だ。しかし……』


 俺はそっけなく問い返す。

 しかし、何?


『巫女は今までの記憶を全てなくしてしまっているようだ。綾原奈々のこともな』


 そっか……。でも、元気なんだよな?


『あぁ。今は皇帝の養女として静かに暮らしている』


 Xは? 巫女と一緒にいるのか?


『Xは行方不明だ。巫女をそこに置いてな。まぁあの帝国なら情勢も安定しているし、黒騎士や魔物に襲われる・・・・心配がない・・・・・から大丈夫だろう』


 わかった。ありがとう、おっちゃん。


『それよりお前、暇そうだな』


 暇じゃねぇよ。これから夕飯だから。


『夕飯か。それならそんなに時間はかからないはずだな。今夜十時だ。十時にお前をこっちの世界へ飛ばす』


 もう行かねぇよ。あれからどんだけ俺がこっちの世界で苦労したと思ってんだ。捜索願い出されていたんだぞ。警察に事情を説明しなければならなかったし、父さんも母さんも俺の交友関係を気にしてくるし、学校では夏休みの神隠しだとか言われてUMA扱いされるしで大変だったんだからな。


『俺のせいだっていうのか?』


 自業自得だってのはわかっている。だからもう行かないっつってんだよ。それに夏休み明けのテストが散々だったせいで、出された宿題が終わらないんだ。


 おっちゃんは鼻で笑った。

『冗談だ。しばらくは誘わねぇよ。しばらくは、な』

 その言葉を最後に、おっちゃんは俺との交信を切った。

 

 しばらくは、か……。


 内心でため息まじりに呟いて、俺は鈴を見つめた。

 揺れる鈴から視線を、手首に巻かれたミサンガへと移す。

 あの時のことを、思い出すかのように。


 ※


「綾原が転校するんだってよ」

「マジか?」

「どこに?」

「アメリカらしいぜ」

「うへぇ。さすが綾原だな」


 あれは新学期が始まって、すぐのことだった。

 綾原は父親の赴任先であるアメリカへ留学していった。

 でもそのことに誰も驚きはしなかった。

 彼女らしい旅立ち。

 そう、誰もが思っていたからかもしれない。



 ――空港で。

 綾原が日本を発つその日、俺と結衣はJの車に乗って綾原を見送りに来ていた。

 おっちゃんの話によると、綾原はもうコードネームを外されてしまったそうだ。

 綾原とはもう二度とあの世界で会うことはない。

 それは結衣もJも知っていた。綾原もたぶん、何となく気付いているのかもしれない。

 こっちの世界でも、綾原は遠くに旅立ってしまう。

 だけど俺は綾原に「元気でな」としか言えなかった。引き止めても俺にはどうしようもない。これは綾原が選んだ人生の道なのだから。

 そんな俺に、綾原は「ありがとう」と寂しそうに笑って返してきた。

 たったそれだけの会話。

 今も。そして、今までも。

 教室に居る時も、部活でも、結衣が綾原を連れてきたあの時も。俺は綾原と会話をしようとはしなかった。

 離れた席。合わさない視線。

 それでも今までずっと近くに居て当たり前の存在だった。それが今日、遠いところへと離れて行ってしまう。

 どうしてだろう。

 綾原がさらわれたと知った時はあんなに自然と追いかけていたはずなのに……。

 この世界に居ればいつかは会えると思っているからだろうか。

 それでも、次に綾原と会えるのは何十年後の話になるんだろう。


 出発の時間が近づき、別れを惜しむかのように。


 さっきまで笑顔で話していたはずの結衣が突然泣き出し、最後に綾原と抱き合って泣き出した。

 コードネームは外されてしまったけど、綾原はいつまでも俺たちと繋がりある仲間だ。

 あの時結衣が買ったミサンガ。

 Jも結衣も俺も、そして綾原も。

 買い揃えた同じ色のミサンガを右手首に結んでいる。

 いつまでも永遠の繋がりをもった結びの絆。

 どんなに遠く離れていても。


「また絶対日本に戻ってくるから」


 綾原は涙を浮かべて笑い、右手首のミサンガを俺たちに見せた。


 だから俺たちも、同じ色のミサンガを綾原に見せて、共に誓った。


 どこにいても俺たちはずっと一緒だ、と。

 たとえどんなに遠く、次元を越えて離れ離れになってしまったとしても──。



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