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覇者の威圧【74】


 殴られはしなかったものの、神殿兵から指で額を弾かれる。


 ――痛ぇッ!

 殴られたくらいに本気で痛かったが。


 俺は額に手を当てて数歩後退した。

 神殿兵が無言で俺に指を突きつけてくる。

 同時におっちゃんが頭の中で厳しい口調で怒鳴ってきた。


『俺の言うことを無視してクトゥルクを使うな。二度目はないと思え。今度無視するようならこの世界に置き去りにするからな。いいか、わかったな!』


 ――あれ?

 ふと。

 俺は頭痛が嘘のように消えたのに気付き、額から手を退けた。

 心なしか脳みそが消えてなくなったかのようにすごく軽い。


『クトゥルクの力に封印をかけたからだ』


 俺は振り返って神殿の方向を確認する。

 しかし白狼竜の存在はまだ消えていない。


『あんなデカくなったもんがそう簡単に消えるわけねぇだろ。あの白狼竜ドラゴンを説得できるのはお前だけだ。黒騎士どもを追い払ってもらって早めにお帰り願え』


 セガールならさっきもう帰っただろ。


『お前の中での黒騎士はセガールだけか? まぁ他の奴らとはまだガチ合わせてないから無理もないと思うが』


 なぁ、おっちゃん。黒騎士ってだいたいどれくらいいるんだ?


 神殿兵は頭を掻いて唸った。

『はっきり言って俺も正確に数えた覚えがない。

 ただ一つ言えることは、黒騎士とは属する国を持ちながらも、ある一人の王の元に集う個々の集合体のこと指している。それを総称して黒騎士と呼んでいるわけだ。だから黒騎士と一言で表してもチームは無数にあって、それぞれチームを束ねるリーダー的存在がいる。それを指揮階級黒騎士と呼んでいる。

 まぁこのご時世ともあって、強さを競って黒騎士同士で潰しあったりしている。そうした争いの中で頭角を現していったのが、この世界を支配し君臨している黒王こくおうと呼ばれる絶対的覇者――王の上に立つ王の存在だ』


 俺はごくりと唾を飲みこんだ。

 つまり、大王ってことか。


 神殿兵が首をひねる。

『なんか違うな。まぁいい。そう伝わったならそんなもんとして覚えとけ』

 面倒くさそうに軽く手を払って俺との会話を打ち切った。

 そして気絶して倒れているイナさんのところへと歩み寄る。

 助け起こすのかと思いきや、神殿兵はイナさんの顔を見つめ、口元と目元を指で触れた。


 何してるんだ? おっちゃん。


『感染を確認している』


 感染って……。

 俺の脳裏によみがえるセディスのことと感染した神殿兵のこと。


『どうやら感染はないようだな。ここ一帯のセディスの効力が消えて無くなったか』


 消えて無くなる?


『ここら辺で死んでいる奴らは全員、感染した者とそれに襲われた被害者だ。魔物が暴走して人間を襲うのと同じで、感染した人間が人間を襲ったわけだ』


 ……。

 俺の脳裏にゾンビが人を襲うホラー映画が過ぎる。


 言葉を濁して肩を竦め、おっちゃんは言葉を続ける。

『まぁそんなとこだ』


 おっちゃん、巫女は無事なのか? セディスは?


『セディスがお前を捜している。巫女はたぶん無事だ。Xにさらわれちまったがな』


 Xに?


『巫女の感染を治すと言って連れて行った。お前とはまた日を改めて戦いを申し込むそうだ』


 なぜXがそんなこと……


『さぁな』

 再度肩をすくめてお手上げした後、神殿兵が懐から一つの鈴を取り出す。


 巫女の髪飾りの鈴だった。

 揺れてチリンと小さな音を鳴らす。

 俺はその鈴を神殿兵から受け取った。


『巫女はまだ生きている。お前が巫女の代わりに鳴らしてやれ』


 ……。

 俺は顔を背けて無言で俯く。


 神殿兵が俺に向けて人差し指を立ててくる。

『それともう一つ。先に誉めるとお前が勘違いするといけないと思い、さっきはきつく叱ったが。――実はあの時、お前の判断は間違いではなく最良だった』


 俺は顔を上げて問う。

 間違いじゃない?


『お前が発動させたクトゥルクの力だ。お前があの時クトゥルクを解放していなければこの街はセディスの感染で全滅していた。

 今この街に魔物の姿もなく感染もなく黒騎士も動かずに静寂が続いているのは、白狼竜による【覇者の威圧】が効いているからだろう』


 覇者の威圧?


『そうだ。クトゥルクの使い魔である白狼竜を前にして、戦いを起こそうものならたちまち瞬殺鎮圧されてしまう。戦う者全てが白狼竜にとっての敵だ。だから敵とみなされないよう誰もが力を消して息を潜めている。馬鹿思って白狼竜に攻撃しようものなら強力な一撃で倍返しされるからな。だから誰も手を出さずにタイミングを待っている』


 タイミングって倒せるタイミングか?


『いや、お前が出てくるタイミングだ』


 俺が出てくるタイミング?


『そうだ。ここを戦場に変えるかどうかはお前次第だ。使い魔はお前が指示をすれば大人しくもなるし攻撃的にもなる。まぁどちらにせよ、お前が出てきた時点で今が狙い時のクトゥルクの力を略奪しようと奪い合いが始まるだろうから戦場になることは必然だな。どうせ死ぬとわかった戦いだ。戦いは避けられないだろう』


 死ぬとわかった戦いをするというのか?


『弱い者を倒してお山の大将を気取るのは新米黒騎士だけだ。対して、強い力に臆せず全力で挑むが指揮階級黒騎士。まぁ最強であればあるほどそれに挑んだという強さの証明にもなる。そこに挑んだ者たちが“極の領域”を名乗り、誇る。だからお前が力を使うたびに黒騎士どもが集ってくるわけだ』


【戦イ ハ 終ワラナイ。君ハ再ビ コノ世界ノ 覇者ニナル】


【この世界では戦いが全て。戦いに勝てぬ者は死ぬだけです】


 思い出し、俺は巫女の鈴を胸に寄せて握り締めた。

 チリンと鈴が小さく音を立てる。


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 犠牲のない戦い方って、あると思うか?


 神殿兵が鼻で笑う。

『そんな戦い方ができるというなら、それこそ神の成せる業だな』



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