忍び寄る影【72】
やけに神殿の外が静かだった。
闇が現れたのに魔物も出ない。
黒騎士が居るはずなのに何の攻撃も始まらない。
どういうことだ? いったい何が起こっている?
俺はイナさんの肩を借りながら神殿を移動していた。
痛みはさきほどよりだいぶ治まってきたように感じる。
黙って飛び出してしまった大広間。
おっちゃんのことも心配だったし、何よりまだ助かるかもしれない巫女のことも心配だった。
何も言わず飛び出したにも関わらず、イナさんもデシデシも俺を追いかけてくれてきてくれた。
そして今、イナさんやデシデシと一緒に神殿の外を移動している。
「K。いったいどこに行こうとしているデシか?」
不安に問いかけてくるデシデシに、俺は足を止めて無言で白狼竜の居る神殿に指を向けた。
デシデシが俺の服を掴んで引っ張る。
「それは駄目デシ。さっきの場所に帰るデシよ。何考えているんデシか? 魔物に食べられてもいいんデシか?」
イナさんが聞いてくる。
「ケイ。あんたもしかして、あの場所にまだ助けたい人がいるっていうのかい?」
肩にいた小猿が代弁してくれる。
「モップとスライムか。恐らく小僧っ子はそれを助けに行こうとしているんじゃろう。奴のことじゃ。あの場所にいても不思議ではない」
ふと、俺の懐からスライムが飛び出てきた。
スライムは存在アピールするように俺の頭上に移動してぴょんぴょんと跳ねた。
それを見て小猿がさきほどの言葉を訂正する。
「――ということは、モップ。あやつ一人があの場所に居るということじゃな」
俺は小猿に頷きを返した。
それを見て、イナさんとデシデシは俺についていくと言ってくれた。
その神殿へ近づけば近づくほど。
戦いの傷跡はより濃さを増し、悲惨さを物語っていた。
イナさんもデシデシも一様に口を閉じ、その光景に黙り込む。
影になっていることが救いか。
死体をなるべく見ないようにして歩き、俺たちは仄暗い道を前へと進み続ける。
戦いはたしかにそこにあった。
今は時が止まってしまったかのように何もかもが静寂してしまっている。
魔物もいない。
生きている者は誰一人としていない。
どこかに避難した後なのか。それとも──。
血生臭い匂いが鼻をつく。
俺もイナさんもデシデシも小猿も、あまりの匂いに腕で鼻を覆った。
白狼竜の居る神殿を目指して、いくつかの建物の角を曲がると少し広い道が開けた。
あの場所まではまだ歩かなければならない。
前方の様子に警戒しながら一つ一つ安全を確認し、そしてそこから先への一歩を踏み出す。
――その時だった。
後方から襲ってきた三人の人影に俺たちは気付きもしなかった。
音もなく背後から瞬動的な体技を喰らって、イナさんと小猿が意識を失い、地に倒れる。
俺は羽交い絞めにされて口をふさがれ、声を上げようとしたデシデシが電撃の魔法を浴びて昏倒する。
イナさん! デシデシ! くそ、離せ!
暴れるが、まだ微かに残る頭痛のせいで本調子が出ず、抜け出せないでいた。
そんな俺に声がかかる。
「騒ぐな。あの白狼竜はお前を捜している。ここであの白狼竜に見つかれば、お前はもう二度と向こうの世界へは戻れなくなるぞ」
この声、セガール。
俺に戦慄が走った。
戻れなくなるってどういう意味だ?
ふと、デシデシに駆け寄る一人の少女。黒い外套衣に身を隠していて定かではないが、俺は以前に見覚えがあった。
少女はデシデシを胸に抱いて頬すりする。
「きゃーん。こんなにかわいい猫ちゃんを傷つけてしまったですぅ。アリアちょーショック。ごめんね猫ちゃん、ごめんね」
少女の後ろに黒衣の人物が歩み寄る。
「嘆くほどのモンか?」
「むッ! 赤猿のくせに、人間の言葉を……」
少女がキッと睨みつける。
「アリア、赤猿」
叱責を受けるように名を呼ばれ、二人は口を閉じる。
セガールは二人に指示を出す。
「アリア、お前はXを捜せ。赤猿は俺とともに来い。Kを国王のもとへと連れて行く」
「その必要はない」
会話を遮り、いつの間に忍び寄ったか一人の神殿兵が、セガールの後頭部に黒光りする拳銃を突きつけていた。




