なんでもない【2】
その日の朝。
俺は食卓に用意されていた朝ご飯を食べながら、重いため息を吐いた。
キッチンで洗い物をしていた母さんが不思議そうに問いかけてくる。
「どうしたの? 朝からため息なんて」
いや、なんでもない。
「それならいいけど」
……。
俺は無言でご飯を食べ続けた。
母さんはそれ以上聞き返してこない。
なんだか今ので母さんと距離を作ってしまったような気がして。
俺は今抱えている悩みを母さんに打ち明けることにした。
あのさ、母さん。
「ん? どうしたの?」
実は、俺──
話し途中で電話のベルが鳴った。
母さんが「ちょっと待って。あとでね」と会話を切ってくる。
そして玄関にある電話へと駆けていった。
俺はため息を吐くと、止めていた箸を動かした。
味噌汁を一口飲む。
次にご飯、そして
ふと──
母さんが笑い声が聞こえてくる。
笑いや声の調子からして、電話先は近所のいつもの人だろう。あの人と母さんが話し出すと電話はいつも長い。最終的には電話先のあの人が家に押しかけてきて手持ちの菓子やら茶のペットボトルを玄関先に置き、そこで座談会を始めてしまう。
母さんもかなりノリノリだ。マイ茶菓子セットなるものを持ち出してくる。
女って、どうしてそんなに話題が豊富なのだろう。しかもどれもこれもどうでもいい話ばかりだ。尽きるどころか逆に盛り上がって次々と話題が飛び出してくるのが不思議でならない。まるで口の中が異次元ポケットのようだ。
よく飽きないものだな。
俺は朝ご飯を黙々と食べ続けた。
母さんが電話で話し続けること三十分が経過する。
俺は食器を重ねて流し台に置くと、そのまま無言で食卓を後にした。
玄関を横目に俺は二階の自室に向かう為、階段を上り始める。
背後から母さんが俺の名を呼んできた。
「今日も部活行くの?」
俺は足を止めて振り返る。
そうだけど、なんで?
母さんは受話器を手でふさいで話を続けてくる。
「午後には帰ってくるんでしょ?」
帰ってくるけど。
「三時に買い物に行ってきてほしいんだけど」
……もしかしてまた喫茶店に出掛けるのか?
「ピンポーン。さすが我が息子。ご名答。夕方には帰ってくるから買い物だけでも行ってきてくれると助かるんだけど」
別にいいよ。買い出しメモはちゃんと食卓に置いといてくれ。
「もちろんよ」
前もって言っとくが、この前みたいに【えのき】と【エリンギ】を書き間違うなよ。
「あれ? どっちがどっちだったかしら?」
いや、もう母さんが好きな方でいいよ。
俺はそう言い残し、二階へと上っていった。