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くらげの足跡は瑠璃色の空へと続く。  作者: 深海かや
最終章 くらげの足跡は瑠璃色の空へと続く。
67/68

第五話

 ○

 人の一生は、よく花に例えられるって誰かが言ってた。


 芽吹き、美しい花を咲かせて、最期は枯れて散る。それら一連の流れが、どうやら人の一生に似ているからだそうだ。 


 でも、そんな綺麗に人生を終えることが出来るのは、私に言わせればただの幸せ者で、人生は花のように綺麗に終えることがあたかも当たり前のように言わないで欲しいと思った。花を咲かせることなく、地面に伏す蕾だってある。そう、まるで私みたいに。


 一通りの死に方を調べた結果、一番楽に死ねそうなのは、電車に飛び込むことだった。痛みを感じる前に、肉体は粉々に砕け散るらしい。それこそ風に吹かれ、花びらを散らす花みたいだと思う。


 そんな死に方が私には相応しいんじゃないだろうか。一度も咲かせることのなかった花を、最期くらい咲かせてみたい。


 この世に生きた証ってやつなのかも。


 つらつらと、思いのままに書いてはみたけど、結局最後の日記ですらこんな文章しか書けない。なんだか私らしいなって思う。


 この日記を最初に読むのは誰なんだろ?

 駅の人?それとも警察の人?


 出来れば一番はお父さんかお母さんに読んで欲しいな。二人のことは大好きだから。


 こんな選択を選んでごめんなさい。私は、あなた達の望む娘にはなれなかったけど、私にとってのあなた達二人は私の理想の親でした。かけがえのない、大切なお母さんとお父さんでした。最後まで迷惑をかけてしまってごめんなさい。どうか、私を許して下さい。今まで本当にありがとう。



 海月




 私は明日、死ぬ。

 人生最後の日記を書き終えても、心が揺れ動くことはなかった。小さく息を吐いて、手にしていたペンを置く。開いていたノートを閉じて、それを机の中に仕舞った。


 遺書というには堅苦しいが、私なりにこの世で最期の言葉を残したつもりだ。16年だった。世間一般的にみれば、あまりにも短すぎると言われかねない私の一生は、私からすれば悲惨で長過ぎる人生だった。


 私は、人とは違う。ふつうでは、ない。

 生まれ持ってしまった能力(ちから)は、非現実的で、他人に話すことすら出来なかった。そして、それはふつうの人が味わうであろう人との営みや幸せを全て奪い去っていった。


 初めて自分の持つ特殊な力に気付いたのは、まだ七歳の頃だった。


 その日は、抜けるような空の下で女の子の友達と公園で二人で遊んでいた。ブランコに揺られ風を気持ちよく感じていると、突然目の前に寸前までみていた景色とは全く違うものが、まるで映像をみているかのように流れた。


 それは、隣に座る女の子がブランコから落ちて怪我をし、私が心配そうにみつめているというものだった。


 その映像がふっと消えたかと思うと、数分後にはさっきみた映像が目の前で現実に起きた。


 私は、何が起きたのか分からなかった。

 何をみてしまったのかも。


 でも、それからというもの時折同じように目の前で流れる映像をみている内に、私はそれが未来で起きる出来事だと知った。そして、あの時にみたブランコの映像が私のみた最初の未来だということも。


 能力(ちから)と付き合っている内に、いろんなことが分かった。この能力はみたい時にみれる訳ではないうえに未来を断片的にしか見ることが出来ず、完璧ではないということ。


 そして、小さな未来は私が手を加えることで変化が生じるが、死に関する未来だけはどんな手を使おうとも覆ることがないということだ。


 初めて死に関する未来をみたのは、中学一年の時だった。 


 私は学校を終え帰路を歩いていると、突然目の前に映像が流れた。それは、脇見運転をしていた車が歩道に乗り上げた際にお母さんの妹が撥ねられるというものだった。呆然と立ち尽くしていた私の目の前に息をつく暇もなく次の映像が流れた。


 お母さんの妹の写真の周りには取り囲むようにして花が飾られており、黒のスーツを身に纏った人たちの視線は等しくそれに向けられていた。真っ直ぐに視線を置く人、顔を歪めてる人、ハンカチで目を押さえている人。啜り泣く声に混じって鼓膜に触れたのはお経だった。一瞬で葬式だということを理解した私は、急いで家へと帰りお母さんの妹に電話をした。


 自分の能力は極力人に言わない方がいいと思い、今までひた隠しにしてきたが、この時ばかりはしょうがないと判断した。


 いつかは分からないが車に撥ねられるかもしれないから、とにかく家から出ないで欲しいと必死に訴えかけた。最初は困惑したような声色だったが、次第に私の真剣味が伝わったのか納得してくれた。私は、これでお母さんの妹は助かるはずだと胸を撫で下ろした。


 だが、その翌日にお母さんの妹は階段から足を滑らせて亡くなったと自宅に訃報が届いた。


 それが、初めて自分の無力さを痛感した瞬間だった。 


 もしかしたら死に関する未来は変えようがないのかもしれない。


 頭の片隅で小さな考えが芽を出した。


 願ってもいない私の予想は当たっていた。通りすがりに出会った人、友達、友達のお母さんと、それから何人もの死に関する未来をみた私は、その度にどうにか出来ないかと救おうとしたが、結果は全員同じだった。


 私がみた未来とは別の原因で必ずその人達は亡くなってしまうのだ。


 この能力を持って生まれたことにより、得をしたことは勿論あった。でも、この能力を持って生まれてしまった自分を憎むことの方が多かった。なんで私がこんな事を知らなければならないんだ。知ってて何も出来ないなんて、神様はなんてひどいことをするのだろうと空を仰いだこともあった。


 そして、私がこの能力を持って生まれてしまったことに最も憎しみを持つ日が訪れた。


 今年の春先のことだった。

 勉強には真面目に取り組んできた甲斐もあって第一志望の高校への入学が決まり、両親は良かったねと自分のことのように喜んでくれた。私自身、夢にまでみた女子校生の生活をこれから送れるのかと思うと、胸の高鳴りが止まらなかった。


 けれど、ある日いつものように眠りにつこうと部屋の照明に手をかけた時、私はみてしまった。


 真っ白で無機質な病室で、少しずつ弱まっていく心音が動きを止める瞬間を。 


 微かに宿っていた瞳の光が消えていくその様を。


 それは、私だった。

 私は、自分が死ぬ未来をみてしまった。


 あまりにも突然に訪れた絶望は、それまで私の抱いていた何もかもを一瞬にして壊した。描いていた夢や希望、自分の人生、幸せのかたち、それら全てが音もなく灰のように崩れ落ちていく。私はもう、何も抱くことは出来ないんだ。何故なら、私が死ぬことはもう決まっているから。


 死の未来だけは覆すことが出来ない。

 今までの経験からそれが私には身に沁みて分かっている。


 声が出なかった。

 叫び声をあげたいのに、泣き叫びたいのに、あまりにも怖くて喉が締め付けれているかのようで、声を放つことが出来なかった。照明にかけていた手が震えていると気付いた時には、全身が震えていた。羽織っていたブランケットを小刻みに震える手で必死に握りしめた。


 怖い。

 嫌だ。嫌だ。

 死にたくない。

 なんで? なんで、私なの?

 ねぇ神様、私がなにかしましたか?


 闇の中で私は身体を縮こませたまま、声を放てない代わりに胸の中で叫び声をあげた。次第に感情の大きなうねりが、私の抱えていた絶望が、目の淵から溢れてきた。いつの間にか、朝だった。気付いた時には、昼だった。私はその間、ずっと闇を纏っていた。


 きっともう、二度と私の心に光が差すことはないのだろう。 


 幾つもの長い夜を超えてるうちに、私はそう思った。 

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