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第十九話

 うっすらと、視界が明るくなってきた気がした。顔をあげると、ほんの少しだが空が白んできている。僕たちと海月の距離を一向に縮まらないままだが、無情にも時は溶けていくことを空が僕らに知らせる。


 目の前にいる海月の輪郭がくっきりと露わになり、水平線は青を宿し始めていた。


「私はね、はっきりと見たの。9月3日に膵臓癌のステージ4と宣告され、年を越すことすら出来ずに私は一人病院のベッドの上で心臓が止まる姿を。自分の瞳から光が消えていく様を。その過程もみたわ。死ぬことが決まってるのに、あんなに辛い思いをするつもりはない。だから、私は今日この場所で自分の人生を終わらせる」


 海月は顔をあげ、どこか遠くの方をみるかのような目で優しげに語り始めた。


「響達と出会うまでの私は、暗闇の中をずっと泳いでいるかのようだった。自分で招いた結果なんだけどね学校では皆から無視されるし、今年の終わりに死ぬことすら決まってる。笑うことなんか、ただの一度も出来なかった」


 僕は、久しぶりに鼓膜に触れる海月の甘い声を目を閉じて聞いていた。少ししてから、静香の啜り泣く声が鼓膜に触れる。


「私はね、みんなに心から感謝してるのよ。もう二度と味わうことが出来ないと思った感情を、思い出を、沢山もらった。闇の中に光を差し込んでくれたおかげで、最後に最高の思い出が出来た。本当にありがとう」


 瞼を開けると、陽だまりのような笑顔を浮かべる海月と目があった。


 その時だった。空を切り裂くような拓馬の罵声が響き渡った。


「ふざけんな!!黙って聞いとけば、人生を終わらせるとかありがとうとか好き勝手言いやがって。お前は謝罪も言えねぇのか?どれだけの人間がお前のことを心配してたと思ってる!まずは、謝罪しにいけよ!死ぬかどうかなんか、そっから決めろよ!」


 拓馬は足こそ踏み出さないが、身体は前のめりになり、今にも海月の元へと向かっていきそうにみえた。


「……拓馬」

「お前もお前だよ。何で海月の話しを黙って聞いてんだよ、静香と三人で約束しただろ?海月を連れて帰るって」


 そうだ。確かに僕は約束した。

 でも、海月の姿を実際に前にして、幸せそうな笑みを見る度に僕は考えてしまっていた。海月が望むことを、海月が幸せになれることを、選択してあげたいと。


 「拓馬は、優しいね」


 ふわりと粉雪のような柔らかな声が、僕と拓馬の間に落ちてきた。僕らは同時に海月に視線を向ける。


「どれだけ強い言葉を放っても、私のことを想ってくれてのことだって私には分かるよ。拓馬は同い年だけど、お兄ちゃんみたいに思ってた。頼りがいがあって、ちょっと怒りっぽい所はあるけど、いつも私達のことを想ってくれてる。ほんとに今までありがとね」



 その柔らかな言葉が拓馬の中に染み渡ると、身体を突き抜かれたかのように膝から崩れ落ちた。「くそっ、、畜生」と呟きながら、地面に爪を立てている。

 

 海月は一度僕のことを見たあと、すっと視線を動かした。その先には、手のひらで涙を拭い嗚咽を漏らす静香がいる。


「静香、まずは私と友達になってくれてありがとう。高校に入ってから自分で拒絶したはずだったのに、ずっと女の子の友達が欲しいと思ってた。私にとって静香は最高の友達、ううん、最高の親友だよ。ずっと大好きな親友だから。」

「……海月。私、嫌だよ。離れたくない」


 触れ合える程の距離にいるはずなのに、もう届かないと察したかのように、静香は海月のいる先に手を伸ばし宙に浮かせた。小刻みに震える手を。


「そして、響」


 僕と海月は真っ直ぐに向き合って、互いの瞳をみつめた。


「響には感謝してもしきれない。私に第二の人生をくれた人だから。絶望しかないと思っていた私に、友達をくれた、素晴らしい思い出をくれた、それにあなた自身も。私は、響の全てが好きだよ。初めて会ったあの日からずっと。こんなにも私のことを想ってくれる人を好きになった自分でさえ好きになる程に」


「僕、もだ。海月……人生でこんなに人を好きになれるなんて、思いもしなかった。ずっと、ずっと……好きだから」


 僕は、途切れ途切れに言葉を口にしながら、もう気付いてしまった。

 海月は、考えを改める気がないということを。そして、僕自身がそれが海月の幸せに繋がると思い始めていたことを。

 

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