第十七話
夜の帳が降りる中、僕たちは駅から岬へと歩いていた。辺り一面に闇が満ちており、等間隔に置かれた街灯と、真横を過ぎ去っていく車のライトを頼りに歩みを進める。
既にバスの運行時刻は終了しており、バス停を越え目的の岬までは徒歩で行くことにした。恐らく一時間から二時間は掛かってしまうだろうが、今の僕たちにとって今更それ程の時間が掛かったところで大差はなかった。
あいも変わらず、僕たちの間には無言という名の沈黙が続いている。虫の鳴き声と車の走行音だけが鼓膜に触れる。
その沈黙を破ったのは、拓馬だった。
「なぁ、俺たちって何をしようとしてるんだ?」
僕と静香は足を止めて拓馬を見やる。白いTシャツが車のライトに照らされて赤から黄色へと移ろいでいく。
「何って…。海月が死のうとしているのを止めにいってるんじゃないの?」
「それって、正しいことなのかな…。」
「どういう意味よ?」
静香は途端に剣幕を立て、拓馬に詰め寄っていった。
「ずっと考えてたんだ…。もし海月が病気で死ぬことが決まってるなら、わざわざ苦しむことを選ぶ必要ないんじゃないかっ…」
拓馬が言葉を言い終える少し前に、夏の夜空に乾いた音が響き渡った。拓馬は驚いた様子で左の頬を手で抑えてる。
「何言ってんのよ?海月が死んでもいいっていうの?ふざけないでよ!」
僕は驚いてしまった。
静香が拓馬の頬を叩いたからじゃない。拓馬が僕と同じ考えに至っていたからだ。
僕は少しずつ静香の元へと歩みを進める。
「静香、拓馬の言ったことを僕も思ってたんだ。」
暗がりでもよくみえた。振り返った静香の目は真っ赤になり、淵から何かが流れていることを。
「何…なの…よ。あんた達、二人揃って馬鹿じゃないの?冗談でもそんなこと言わないでよ!」
再び夏の夜空に乾いた音が響いた。左頬に痛みが走り、口の中で血の味が広がる。
僕は奥歯が鳴る程に歯を噛み締めた。
「海月は病気なんだぞ!しかももう助かる見込みがないんだ…。人が病気と戦えるのは希望があるからだろ?もしかしたら助かるかもしれないって思えるからだ!死ぬことが分かってて、どうやって戦えって言うんだよ!」
抑え込んてでいた感情と思考の蓋が外れると、流れるように言葉が出てきた。
「それでも…それ…でも、私は海月に…生きてて…欲しいよ。」
僕の胸を一度軽く叩いた後、静香は膝から崩れ落ちた。僕は見下ろすようにしてその姿を見つめ、とてつもない罪悪感に駆られた。
今日一日、僕たち三人は同じ時間を共有し、同じ分だけ、海月の知らなかった部分を知った。それでも、静香は考えを変えなかったんだ。ただ、海月に生きていて欲しいという気持ちだけを強く持ち続けたんだ。
それなのに、僕はなんてことを口にしてしまったんだ。
「静香…悪かっ…た。ほんとに…ごめん。僕が…馬鹿だった。ごめん。」
足元で泣き崩れる静香の傍で、僕は何度も頭を下げた。そうしている内に、拓馬も僕たちの元へと腰を下ろし、静香を優しく抱きしめた。
「静香、あんなこと言ってごめんな。俺たちで海月を説得しよう。これは約束だ。」
拓馬は静香への言葉を紡ぐと、僕をみる。暗がりの中でみえた瞳の中には強い決意が宿っているようにみえた。
ざらついたアスファルトは昼間とは比べものにならないくらい冷たかった。吹き抜ける風から守るように、僕と拓馬は静香を包み、約束をした。
必ず海月を説得すると。




