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くらげの足跡は瑠璃色の空へと続く。  作者: 深海かや
第三章 夜空に咲く花、赤く乱れて、青く散って。。
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第五話

 スプーンで掬ったカレーを口にすると、とろみのある水を口にしているかのようで、ほとんど味がしなかった。テーブルの上で湯気を立ち昇らせるカレーは僕の大好物のはずだったのに。母の作ってくれる料理の中で一番好きだったはずなのに。


 うっすらと辺りが暗くなり始めた頃、僕は家に着いた。玄関で靴を脱ぎ捨てたあと、そのまま自分の部屋へと向かった。無機質でなんの面白みのないその部屋で、壁際に位置するベッドに身体を預けて少しの間、目を瞑った。頭の中がパンクしそうだった。海月が涙を流した理由。おばあちゃんが突然僕に小太郎を託した理由。そのどれもが僕には分からない。解決出来る手段もない。


 僕は一体どうしたらいいんだ。


 突然自分がちっぽけで弱々しい存在だと突きつけられたかのような心地だった。


 ベッドの上で作られた二つの拳は、ちっぽけな存在の僕が、更に小さな存在を、この世に生み出した瞬間だった。


「はぁ」


 やるせない感情が、音を乗せて外に溢れた時、「ご飯よ!」と母の声が一階から聞こえてきて、僕はテーブルを前にして今カレーを口にしている。


 一瞬だけ僕の心に晴れ間が差したのは、先程夕飯を食べ始める前に小太郎を飼いたいということを母に相談した所、許してくれた時だった。始めは渋っていた母だったが、僕の真剣な表情と事情に理解を示してくれたのか最後は渋々納得してくれた。


 昔からガーデニングが趣味の母の為に、庭を広めに建てたらしく、幸い僕の住むこの家には小太郎の犬小屋を置くスペースは十分にある。一先(ひとま)ず、これで僕はおばあちゃんとの約束を守ることが出来そうだ。それすらも出来なかったら、今日の僕の心はどこまで堕ちていたのか分からない。


 小さな溜息を溢し、目の前の丸皿に入ったサラダにフォークを刺す。それをゆっくりと口に運んだ。テーブルの上にはボウルに入った彩り豊かなサラダがあり、それをフォークで小皿に取り分けた後、母もそれを口に運んでいた。


「響、まだ話したいことでもあるの?」

「えっどうして?」


 僕は突然の問いかけに動揺を隠せず、口に運ぼうとしていたサラダを寸前で止めた。


「いつもは美味しそうにカレー食べてくれるのに、今日はそうじゃないから。ルー変えちゃったからかな、いつもの味と違うよね。ごめんね」

「違う!そうじゃないんだ。ちょっと考え事をしてただけで、カレーは本当に美味しいよ!」


 僕は顔の前で何度も手を振り、訴えかけるようにして見つめた。申し訳ないことをしてしまったと思う。せっかく僕の好物を作ってくれたのに、きっと僕の喜ぶ顔を想像しながら作ってくれたのに、そう思うと胸が張り裂けそうになる。考えることが多すぎて頭がパンクしそうになるあまりに、無関係の母にまで気を遣わせてしまった。僕は一体何をしてるんだと、唇を噛んだ。


「お母さんのカレーなら毎日でも食べれるよ!」


 今の自分に出来る精一杯の笑みを浮かべ、手にしたスプーンを使って次々にカレーを口に運んだ。甘すぎず辛すぎず、恐らく僕の味覚に合わせてくれてるのだろう。人参やじゃがいもは小さめに刻まれている為、長い時間煮込まれて形を無くしかけていた。味は勿論のことだが、母の作るカレーが好きなのはそれも理由の一つだった。食べ終えたお皿にスプーンをそっと載せた時、ポケットから振動が伝わってきて僕は素早く手を伸ばした。


 画面に浮かびあがるのは冬村海月という名前。しかも、LINEではなく電話だった。返事を返す代わりにということだろう。家に帰宅したのと同時に海月にLINEを入れていたのだ。グループではなく、個人の方に。ただ一言、[話しがしたい。]とだけ送った。


 カレーの味が分からなくなっていたのはそのせいでもあった。一向に返事のない海月のLINEを今か今かと心待ちにしていたのだ。


 僕に何が出来るのかは分からない。

 でも、少しでも、ほんの少しでも、海月の力になりたかった。 


「ごめん、お母さんちょっと電話してくる!カレーほんと美味しかった、ありがとう!」


 僕は駆け上がるようにして階段を昇り、自分の部屋の扉を閉めた。

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