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くらげの足跡は瑠璃色の空へと続く。  作者: 深海かや
第一章 出会いの日。赤く、流れて。
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第十一話

 窓の向こうの小さな雲が、風に流されてゆっくりと空の果てへと消えていく。頬杖をつき、それをみながら親指の付け根辺りでくるくるとペンを回す。時折落ちれば指だけを彷徨わせ、手にしたペンをまた元の位置に戻す。教室の最後列の窓際の席。ここからみえる景色は日々空の形は違えど、いつも同じだ。それをみている僕ですら、俯瞰的にみてしまえばいつも同じ。繰り返しのような毎日にいい加減飽き飽きする。


「おーい、響ー!」


 ぼぅっとしていると、突然視界の前に手のひらが何度も上下する。響が不思議な生き物をみるかのような目でもう昼休みだと教えてくれる。拓馬と三人で食堂に向かおうとした時、ふと思った。海月は今どうしているんだろう。


──今から一ヶ月。この夏が終わるまでに、私が死のうとしていた理由を見つけて。


 あの言葉が頭から離れなかったのだ。それに、昨日はクラスで一番の嫌われ者になっちゃったからと表面上は明るく取り繕っていたが、僕はあの時の海月の表情に一瞬だけ寂しさが垣間見えたことを見逃していなかった。


「なぁ、海月も誘わないか?もしまだご飯食べてなかったらだけど」


 伏し目がちに言うと、二人は賛成と口を揃えた。二人の笑顔につられて僕の口元の両端も自然と持ち上がる。


 海月のクラスは僕達の隣のクラスだったはずだ。入学してからまだ半年も経っておらず部活動もしてない僕らは、隣のクラスの人間は顔すら知らない人達ばかりだ。若干遠慮気味に扉を開けると、クラス中の視線が僕たちに集まった。恐らく向こうも誰だ?と思っているのだろう。


 僕はその視線を掻い潜るように海月を探す。すると、窓際の最後列、偶然にも僕と同じ位置に海月をみつけた。艶のある黒髪が、海月の透き通るような白い肌が窓から差し込む陽の光を弾いていた。


 僕達に興味を失った教室はすでに賑わいをみせており、机の上に広げれたお弁当からいろんな食べ物の匂いがした。机に腰を掛け、パンを頬張りながら大きな声で笑う男子達。机を寄せ合い、各々で風呂敷の上に広げたお弁当の真上を箸が飛び交い、おかずを交換し合う女子達。みんな口々に好きな話をして楽しそうだった。


 だが、海月だけは席に腰をおろしたまま、窓に寄りかかるようにして景色を眺めていた。机の上には何もなく、海月の席の周りには椅子が仕舞い込まれた机が整列しているかのように並んでいる。周りには誰もいなかった。その代わりに、切なげで、寂しさを孕んだ空気が海月の席の周りに漂っていた。それをみている内に感情が込み上げてきた。


 本当だったんだ。

 海月は本当に一人なんだ。


「おい……あれ」

「海月?」


 二人も海月を見つけたらしく、小声でぽつりと呟いた。僕は、居ても立っても居られなくなって「海月!!」とクラス中に響き渡る程の大きな声で名を呼んだ再びクラス中の視線が僕たちに向けられる。でも、そんなことはもうどうでも良かった。海月には僕達がいる。ただ、それだけを海月に伝えてあげたかった。


 振り返った海月は、入り口に立つ僕達の姿をみつけると、嘘みたいに綺麗な笑顔を咲かせた。僕も笑顔で返し、「一緒に食堂でご飯食べよう!」と言った。髪を揺らし子供のように駆けてきた海月を、僕達三人は笑顔で受け止めた。


 食堂は一階にある為に、他愛もない話をしながら階段を降りていった。紙パックを手にした女の子や、ビニール袋に包まれた揚げパンを片手に大きな笑い声をあげる男の子達とすれ違い、ちょうど二階から一階へと繋がる階段の踊り場に出た時だった。階段を登ってきていた一人の女性と目があった。誰かのお母さんなのだろうか。校内で大人の人を見かけたら基本的に先生か誰かの親だろうという考えにすぐに至る。けれど、僕がそのどちらとも違うような気がしたのは、その女性があまりにも綺麗だったからだ。白いワンピースを身に纏い、肩から先の露わになっている肌は白く透き通っている。それに、その女性の顔はテレビでみる女優さんやモデルさんのようだった。僕だけじゃなく全員が足を止めた。


「……お母さん、何してるの?」


 僕の隣に立つ海月がそう呟いた時、全員が海月に視線を送った。


「あら海月、ちょうど良かった」


 女性は表情一つ変えることなかったが、その向けられた眼差しからそうなのだろうと子供ながらに分かった。意識してみると顔の輪郭や目の大きさ、鼻のかたちなど、海月に似ている点が多い。


「何しにきたの?」


 海月が階段を駆け下りていく。


「様子を見にきたの。昨日のあなたはいつもと様子が違う感じがしたし、報告がまだだったでしょう? 私がお風呂に入ってる間にそさくさと勝手に家を出て、あなた朝ご飯も食べてないじゃない」

「……ごめんなさい。報告は家に帰ったらするから、今日はもう。今から友達とお昼ご飯を食べに行くところだから」


 身振り手振りをしながら、何かを話している。女性の身長が高いせいなのかもしれないが、海月の存在がいつもよりも小さく感じた。程なくして「そう。友達なの」とくるりと視線を僕たちに向けてくる。足先から頭の先までをみつめられ、まるでスーパーに陳列されている野菜か果物にでもなったかのような心地に駆られた。


「海月とは、同じクラスなんですか?」


 大きな目の中にある、澄んだ瞳を向けられる。それに温もりは感じなかった。 


「いえ……隣のクラスです」


 静香も拓馬も口を引き結んでいた為に、僕が代表して答えた。


「そう。じゃあ、どうやって友達になったのかしら」

「昨日」


 そこまで言いかけて、真実は話すべきじゃないと咄嗟に判断した。もしかしたら海月はお母さんに隠しているかもしれない。いや、隠していると考える方が自然だろう。今朝死のうとしていた、なんて正面から目をみて親に言える子供はいない。


「その、僕が海月さんに声をかけたんです」

「どうして?」

「以前から海月さんのことは気に、なっていたので。それから、この二人は僕の元々の友達なので海月さんのことを紹介して」


 拓馬と静香に手を差し伸べながらそう答えると、女性はゆっくりと瞼をおろした。再び開いたと思った時には強い光を宿していた。


「そちらの方」


 女性が静香に目を向ける。


「髪の毛が茶色いけど、それは地毛なの?」

「いえ……染めてます」


 女性は「そう」とただ一言だけ呟いてからすっと顔を伏せ、それから僕と拓馬に視線を配りながら服装がだらしない事、特にシャツをズボンの中にいるべきだなどと言った。初対面の僕たちに何一つためらうことなく、ずけずけと言うものだから全員が言い返すことすら出来ずに圧倒されてしまった。


「海月の友達になるには、ふさわしくないわね」


 髪に手を添えながら女性がいった。


「この子は……海月は繊細な子なんです。感覚や感性が人より鋭い分だけ、人からの影響も受けやすい。失礼だけど、あなた達みたいな子たちからいい影響を受けるとは思えない」 


 左の耳に枝毛一つない髪をかけながら、僕たちに視線を配らせた。


「お母さん」


 ずっと口を噤んでいた海月がようやく口を開き、女性の肩を揺すってる。


「お父様とお母様のお仕事を聞いてもいい?」

「お母さんっ」

「じゃあ、まずはあなたから」 

「お母さん、やめて」

「早く答えてくれる?」

「お母さんっ!」


 踊り場に鋭い声が放たれ、海月は女性の手を引いて階段を駆け下りていった。すぐに「あとで食堂にいくから先に行ってて」という声が鼓膜に触れる。


「なにあれ」


 ひどく不快そうな声を静香が放ち、拓馬は苦笑いを浮かべてる。僕は海月の消えていったその場所からしばらく視線を引き剥がすことが出来なかった。

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