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くらげの足跡は瑠璃色の空へと続く。  作者: 深海かや
第一章 出会いの日。赤く、流れて。
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プロローグ

 死を迎えたくらげは、溶けて消える。


 体を構成する物質の90%以上が水でできている為に、海中で死ねば海に溶け、陸地に打ち上げられると蒸発する。どちらの道を辿ろうとも、くらげはこの世に痕跡を残すことなく消えてしまう。くらげは(おろ)か生き物にすら興味がなかった僕にそのことを教えてくれたのは、一人の女の子だった。


 透き通るような白い肌を身に纏い、僕が人生で出会った誰とも似つかない雰囲気を醸し出す彼女は、くらげに憧れていた。そして、自分自身がくらげになるということを夢みていた。


 そんな彼女に思いを馳せていると、潮の香りを孕んだ柔らかな風がふわりと吹いた。まるで彼女に頭を撫でられているかのようで、その心地良さに自然と瞼が降りてくる。記憶の海に意識せずとも手を伸ばしてしまうのは、いつだってそんな時だ。ふいに声が聴こえた。もう、いないはずの彼女の声が。


 ──くらげはね、体の大半が水で出来ているから陸地に打ち上げられたら蒸発して、海で死んだら溶けて消えてなくなるんだって。この世に何も残さない。きっとそれは、海の中を揺蕩う内に出会った友達や家族の為に、死を迎えた自分のことを忘れられるように、前に進めるようにそうしてると思うの。そう考えたら、凄く美しい生き物だと思わない?


 あの日から五年の月日が流れた今でも、彼女の甘い声が、姿形が、僕の脳裏には焼き付いている。だが、今日に至っては瞼を閉じるだけでまるで彼女が今でも耳元で囁いているかのように声が聴こえたのは、きっと彼女と最後に過ごした場所に立っているからだろう。


 草木の生い茂る小道を抜けた先にある、切り立った崖。眼下には空を抱きしめられる程の大海が広がっており、水平線の向こうでは海に溶けるように夕陽が沈もうとしている。足元には地面から膝下程の高さにまで何段にも重ねられた平らな石が、塔のように積み上げられている。それは、時折吹き抜ける潮風に吹かれゆらゆらと揺れた。


「夕陽綺麗だね」


 僕の隣に立つ静香(しずか)はそうぽつりと溢すと腰を落とし、花束をその石の塔の前にそっと添えた。


 拓馬(たくま)はその姿を後ろからみながら「毎年この日だけはちゃんと晴れてくれるってことは海月(みつき)も喜んでくれてるのかもな」と笑みを浮かべる。


 二人に視線を配らせていると、僕はとてつもなく深い悲しみとそれでいて何故か安堵のような気持ちに包まれた。


 この場所で、彼女は逝った。その事実が僕をそんな不思議な気持ちにさせるのかもしれない。


 あるいは、今日が特別な日だから。


 今日、僕はまたひとつ年をとった。

 僕の誕生日を、彼女の前で迎えるのは毎年の恒例になっていた。誰かが言い出した訳でもなく、僕たち三人の共通認識として最後に四人で幸せを分かち合ったあの瞬間を決して色褪せるようなものにしてはならないというものがあったのかもしれない。こうして集まるのは今年で五度目になる。


 二人の間を縫うようにして石の塔の前に立ち、手に携えていた花束をそっと添えた。ゆらゆらと揺れ動く石をみていると、風でなびく彼女の髪を、後ろ姿を思い出す。


「海月、今年も来たよ」


 喉元から放った消え入るような声は、すぐに波の狭間に溶けていく。僕は石の塔に手を添え、心の中でぽつりぽつりと声を落としていった。


 毎年訪れる僕の誕生日を、君の前で迎えるのは恐らく今年が最後になると思う。


 誰も口にはしないけど、いつかはそうしなければならないということを全員が心の中で分かっていたから。


 どうか分かって欲しい。

 僕達は君を忘れようとしてる訳じゃないということを。


 いや、忘れることなんか出来るはずないんだ。


 あの濃密な日々を、どうしようもないくらいくだらない日々が馬鹿みたいに色付いた日々を。


 いつかまた、僕達が前に向かって進むことが出来るようになったら、また君に会いにくるよ。


 だから、その時まで。


 さようなら。

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