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追放された令嬢は、辺境で素材屋を営む  作者: 秋月 もみじ


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第9話 ざまぁ回・前編 〜偽りの聖女と折れた聖剣〜


 翌日のお昼時。

 私が店先で「マンドラゴラの天日干し」を作っていると、街中に警鐘が鳴り響きました。

 カンカンカンカン!

 けたたましい音と共に、冒険者たちがギルドの方へ走っていきます。


「緊急招集か?」


 店番をしていたサイラス様が、険しい顔で表に出てきました。

 通りかかった顔見知りの冒険者が、私たちに気づいて叫びます。


「大変だ! 王都近くの森でスタンピードが発生したらしい! 魔物の数が半端じゃねぇ、国からの救援要請だ!」


 スタンピード。

 魔物の大暴走です。

 普段は森の奥にいる魔物たちが、何らかの原因でパニックを起こし、雪崩のように人里へ押し寄せる災害。

 王都近郊ということは、私の実家や、かつての知人たちが危ないかもしれません。


「……ふん。自業自得だな」


 サイラス様は冷淡に吐き捨てました。


「騎士団が機能していれば、森の浅瀬で食い止められたはずだ。装備の劣化を放置したツケが回ったな」


 正論です。

 でも、私は空を見上げて、うずうずとしてしまいました。

 心配だからではありません。


「サイラス様。スタンピードということは、普段は見かけないレアな魔物も、森から出てくるということですよね?」

「……まあ、そうだが」

「それに、騎士団の方々が倒した魔物の死骸、ちゃんと回収できるでしょうか? 混乱して放置したら、腐ってしまいますよね?」


 素材の鮮度は時間との勝負です。

 特に、スタンピードで現れる高ランク魔物の素材は、放置すれば自然消滅してしまうものも多いのです。


「もったいないです! あれだけの規模なら、一年分の在庫が確保できるのに!」

「……そっちか」


 サイラス様は呆れたように額を押さえました。

 でも、すぐにニヤリと好戦的な笑みを浮かべます。


「いいだろう。俺たちも行くぞ」

「えっ、行ってくれるんですか?」

「王都を助ける義理はないが……リリアが素材を欲しがっているなら話は別だ。それに、『アークライト素材店』の実力を宣伝するいい機会でもある」


 彼は店の中に控えていたガイルさんやレンさんたちに合図を送りました。

 Sランク冒険者たちの目が、ギラリと光ります。


「おっしゃあ! 稼ぎ時だぜ!」

「リリア嬢の新アイテム、試させてもらおうか」


 かくして。

 私たちは「辺境有志連合(通称:リリア防衛隊)」として、転移ゲートを使って王都近郊へ向かうことになりました。

 目的は人助け……いいえ、環境保全(素材回収)です!


 ***


 転移ゲートを抜けた先は、地獄絵図でした。

 王都から数キロ離れた平原。

 黒い波のように押し寄せる魔物の群れに対し、銀色の鎧を着た騎士団が防衛線を張っています。

 ですが、そのラインは今にも決壊しそうでした。


「くそっ、なんで倒れないんだ!」

「剣が……剣が通じない!」


 悲鳴が聞こえます。

 騎士の一人がオークに剣を叩きつけますが、刃は硬い皮膚に弾かれ、逆にポキンと折れてしまいました。

 整備不足による切れ味の低下。

 私の予想通りです。


「ひぃっ!」

「下がるな! 聖女様の加護があるはずだ!」


 騎士たちが後ろを振り返ります。

 後方の高台には、聖女ミア様と、それを守るジェラルド様の姿がありました。


「ミア! 早く結界を!」

「や、やっていますわ! でも、杖が光らないんですの!」


 ミア様が必死に杖を振っていますが、先端の魔石は薄ぼんやりと点滅するだけ。

 あーあ。

 あれは魔石の表面に手垢と埃がついて、魔力遮断膜ができている状態ですね。

 眼鏡拭きでキュキュッと拭けば直るのに。


「ええい、役立たずめ! 俺がやる!」


 業を煮やしたジェラルド様が、自ら前に出ました。

 彼が抜いたのは、黄金の柄を持つ豪奢な長剣。

 代々の騎士団長に受け継がれる「聖剣」です。


「食らえ、魔物風情がぁ!」


 ジェラルド様が突進してきたミノタウロスに向かって、大上段から剣を振り下ろしました。

 本来なら、聖剣の輝きで魔物を両断する場面です。


 ガギィン!!


 嫌な音が響きました。

 聖剣はミノタウロスの角に阻まれ、中ほどからバッキリと砕け散ったのです。


「……は?」


 ジェラルド様が、折れた剣を見て呆然としています。

 ミノタウロスが鼻息を荒くし、無防備な彼に巨大な斧を振り上げました。


「ジェラルド様!」


 ミア様の悲鳴。

 ああ、これはまずいですね。

 貴重なミノタウロスの角が、返り血で汚れてしまいます。


「サイラス様、お願いします!」

「任せろ」


 私の合図と共に、黒い疾風が駆け抜けました。


 ズドン!!


 衝撃音がして、ミノタウロスの巨体が宙を舞いました。

 サイラス様が横合いから体当たりをかましたのです。

 さらに、彼は空中で回転しながら黒魔鋼の剣を一閃。

 ミノタウロスの首が、綺麗な断面を見せて転がり落ちました。


「な……!?」


 ジェラルド様が尻餅をついたまま、口をパクパクさせています。

 サイラス様は血振るいをすると、背後の私たちに命じました。


「総員、散開! 魔物を殲滅せよ! ただし素材は傷つけるな、首か心臓を一撃で狙え!」

「「「了解!!」」」


 ガイルさんがバトルアックスでオークをなぎ払い、レンさんが双剣でガーゴイルの翼を切り落とします。

 辺境のSランク冒険者たちの暴力的な強さに、騎士団の方々は言葉を失っています。


 私も負けてはいられません。

 私はポーチから、試作段階の「閃光玉」を取り出し、魔物の群れの中心へ投げ込みました。


「えいっ」

 カッ!!

 強烈な白い光が炸裂しました。

 これは「ヒカリゴケの胞子」と「マグネシウム」を調合した特製フラッシュバンです。


「グギャアアア!」

 目が眩んだ魔物たちが動きを止めます。

「今です! レンさん、右翼のキメラをお願いします!」

「リリア嬢の指示なら喜んで!」


 私の的確な(素材を守るための)指示に従い、冒険者たちが効率的に魔物を狩っていきます。

 あっという間に、優劣は逆転しました。


「……助かった、のか?」


 ジェラルド様が、震える足で立ち上がりました。

 そして、前線指揮を執るサイラス様と、その後ろで素材回収袋を広げている私に気づきました。


「お前は……リリア!?」


 素っ頓狂な声。

 私は丁寧にカーテシーをしました。戦場ですが、元貴族ですので礼儀は忘れません。


「お久しぶりです、ジェラルド様。ずいぶんと……苦戦されていたようですね」

「な、なぜ貴様がここにいる! 辺境に追放されたはずだろう!」

「ええ。ですが、貴重な素材が廃棄されそうだと聞きまして、回収に参りました」


 私は彼の手元に視線を落としました。

 折れた聖剣。

 かつて私が、毎晩こっそりと研磨剤で磨き、微細なヒビを埋めていた剣です。


「ああ、やっぱり折れましたか。先月の時点で、刀身内部に微小な気泡が生じていましたから。優しく扱ってくださいとメモを残したはずですが?」

「な……何を言って……」

「それに、そちらの聖女様」


 私は腰を抜かしているミア様を見ました。


「杖の魔石、真っ白に曇っていますよ。あれではただのガラス玉です。ハンカチで拭くくらいの手間は惜しまない方がよろしいかと」

「う、嘘よ! 私が毎日祈りを捧げているのに!」

「祈りでは汚れは落ちません。物理的に拭いてください」


 私が淡々と指摘すると、周囲の騎士たちがざわめき始めました。

 自分たちの装備がボロボロな理由。

 聖女の奇跡が起きなかった理由。

 それが、目の前の「ゴミ拾い令嬢」によって論理的に暴かれていくのですから。


「ふざけるな! たかがゴミ拾いの分際で!」


 ジェラルド様が逆上して、折れた剣の柄を私に向けようとしました。

 しかし。


 ガキンッ!


 サイラス様の黒い剣が、それを弾き飛ばしました。

 彼は冷徹な瞳でジェラルド様を見下ろします。

 その威圧感は、ミノタウロスより遥かに恐ろしいものでした。


「……俺の雇い主に剣を向けるな。次やれば、その腕ごと切り落とす」


 雇い主。

 そう呼ばれて、ジェラルド様は目を見開きました。

 Sランク冒険者「黒の剣士」が、私にかしずいている構図。

 彼のプライドが、音を立てて崩れていくのが分かります。


「リリア、この男の話を聞く必要はない。時間の無駄だ」

「そうですね。素材回収の方が大事です」


 私はジェラルド様に背を向けました。

 もう、彼にかける言葉はありません。

 彼が握りしめているのは、過去の栄光と、折れた鉄屑だけ。

 私の手にあるのは、未来を切り拓く仲間と、無限の可能性を秘めた素材たち。


 勝負は、戦う前についていました。


「さあ、皆さん! 日が暮れる前に全部拾っちゃいましょう! キメラの尾は毒腺があるので気をつけてくださいね!」

「おうよ!」


 私たちは呆然とする騎士団を放置して、宝の山(魔物の死骸)へと駆け出しました。

 これが、私なりの「ざまぁ」です。

 あなたたちのことなんて、もう眼中にありませんよ、というね。


 でも。

 本当の断罪は、王都に帰ってからが本番です。

 サイラス様が、懐に「ある書類」を忍ばせているのを、私は知っていますから。

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