第7話 王都からの脅迫状と「素材の供給停止」
その朝、開店準備をしていた私のもとに、一通の手紙が届きました。
配達員さんが「書留です、やけに重々しい雰囲気ですが……」と怪訝な顔で渡してくれた封筒。
そこには、王家の紋章が入った赤い封蝋が押されていました。
「……嫌な予感しかしないですね」
私はカウンターで、ペーパーナイフ代わりにしている「解体用小刀」で封を切りました。
中から出てきたのは、分厚い羊皮紙。
漂ってくる香水の匂いだけで、差出人が誰か分かりました。
ジェラルド様です。
『元婚約者、リリア・アークライトへ』
書き出しからして、偉そうです。
私は眉をひそめながら読み進めました。
『辺境での蛮行、耳にしている。ゴミを拾い集めて店を開くなど、貴族の面汚しにも程がある。だが、俺は寛大だ』
……寛大?
どの口が言っているのでしょう。
『今なら、特別に過去の罪(横領と不敬)を不問にしてやる。直ちに王都へ戻り、騎士団専属の整備士として働くことを許可する。なお、給金は現物支給(食事と寝床)とする』
ツッコミどころが多すぎて、目が滑ります。
要約すると「装備が壊れて困っているから、タダ働きしに戻ってこい」ということです。
しかも、「戻らない場合は、お前の実家に累が及ぶと思え」という脅し文句まで添えられています。
「……ふう」
私は大きくため息をつきました。
この紙、材質は良い羊皮紙ですね。
裏面は白紙ですし、メモ帳か焚き付けにでもしましょうか。
「……何だ、その紙切れは」
奥から、荷運びを終えたサイラス様が出てきました。
私がクシャクシャに丸めようとしていた手紙を見て、怪訝そうに眉を寄せます。
「ジェラルド様からのファンレターです。『君がいなくて寂しい』と書いてありますが、読む価値はありません」
「貸せ」
サイラス様は私の手から手紙をひったくりました。
そして、一読するなり。
バリッ!!
手紙を握りしめた拳から、嫌な音がしました。
羊皮紙が粉々になる音です。
「……あの愚か者め」
サイラス様の声が、地を這うように低くなりました。
店内の気温が三度は下がった気がします。
彼の背中から立ち上る黒いオーラは、比喩ではなく、魔力の余波です。
「リリア。奴は、物流を止めると書いているぞ」
「ええ。王都から辺境への商隊をストップさせると。私の店を兵糧攻めにするつもりでしょうね」
辺境都市ベルフォートは、岩と荒野に囲まれています。
魔物は多いですが、小麦や野菜といった作物は育ちにくい土地です。
食料の多くは、王都からの輸入に頼っています。
それを止められれば、確かに店は困ります。……普通なら。
「ですが、ジェラルド様は計算ができていません」
「……ほう?」
「私は商人ギルドの定期便リストを知っています。王都から来る荷物は『贅沢品(高級食材やドレス)』が主です。逆に、辺境から王都へ行く荷物は『必需品(魔石・燃料・金属)』が十割です」
私はカウンターの「リサイクル・ミスリル」を指で弾きました。
「物流を止めたら、困るのはどっちでしょう? 私たちは芋と干し肉があれば生きていけますが、彼らは魔石がなければお風呂のお湯も沸かせませんよ」
現代社会で言えば、石油産出国の輸出を止めるようなものです。
自爆行為もいいところです。
私の説明を聞いて、サイラス様の表情から険しさが消え、代わりに凶悪な笑みが浮かびました。
捕食者の笑みです。
「なるほど。つまり、奴の喉元はすでにこちらが握っているわけか」
「ええ。でも、向こうが権力を使って商隊を止めてくるなら、こちらも公的な後ろ盾がないと対抗できませんね……」
一介の道具屋店主である私には、国境の検問を開け閉めする権限はありません。
困りました。
辺境伯様に陳情書でも書きましょうか。
「必要ない。俺が行く」
「え? どこへ?」
「領主の館だ。ベルフォート辺境伯とは……少しばかり、面識がある」
サイラス様はマントを翻し、風のように店を出て行きました。
面識がある?
Sランク冒険者ともなれば、領主様ともお茶飲み友達なのでしょうか。
数時間後。
街の中央広場にある掲示板に、一枚の新しい布告が貼り出されました。
辺境伯家の紋章が入った、正式な命令書です。
『王都騎士団による不当な圧力への対抗措置として、本日より王都方面への全素材の輸出を無期限停止とする』
街中がどよめきました。
これは事実上の、独立宣言に近い経済封鎖です。
しかも、追記にはこうありました。
『なお、この措置はアークライト素材店への営業妨害が撤回されるまで継続する』
「……ええっ!?」
私は思わず、店先で叫んでしまいました。
私の店名が、公文書に名指しされています。
これではまるで、辺境全体が私の店を守るために国と喧嘩をしたみたいじゃないですか。
「仕事が早いだろう」
いつの間にか戻ってきたサイラス様が、涼しい顔で私の隣に立っていました。
「サ、サイラス様! 何をどう言いくるめたら、こんな大ごとなるんですか!?」
「ただの交渉だ。『俺の剣のメンテナンスができなくなったら、辺境の防衛義務(スタンピード対策)は放棄する』と伝えただけだ」
「……脅迫じゃないですか」
辺境伯様にとって、Sランク冒険者サイラス様は国防の要。
彼にへそを曲げられたら、魔物の大群から街を守れません。
そりゃあ、王都の騎士団長よりサイラス様のご機嫌を取りますよね。
「それに、辺境伯も王都の搾取には腹を立てていた。良い口実になったと喜んでいたぞ」
サイラス様は楽しげに笑い、私の頭をポンと撫でました。
「安心しろ。これで王都への素材供給は完全に止まる。奴らが泣きついてくるのも時間の問題だ」
「……泣きつくどころか、干からびてしまいますよ」
私は王都の方角を見つめ、少しだけ同情しました。
ジェラルド様。
あなたは「辺境のゴミ拾い」を追放したつもりでしょうが。
実は、国のライフラインを自分で切断してしまったのです。
冬が来ます。
暖房用の「火炎石」も、照明用の「光魔石」も、すべてこの街から出荷されています。
騎士団の剣が折れるだけでは済みません。
貴族たちが凍える夜を過ごすことになるのです。
「……今のうちに、カイロの在庫でも増やしておきましょうか」
私は商売人らしく、次の需要を予測しました。
数週間後、プライドを捨ててカイロを買い求めに来る王都の使者が、目に浮かぶようです。
もちろん、その時は「正規価格(定価の十倍)」で売りつけさせていただきますけれど。
サイラス様が、そんな私を見て呆れたように言いました。
「……お前、本当にブレないな」
「素材と商売は裏切りませんから」
こうして、私たちは最強の「兵糧攻め」を開始しました。
王都崩壊へのカウントダウンは、もう止まりません。
ざまあみろ、なんて思う暇もないくらい、私は明日の仕入れで忙しいのです。




