第6話 リリアの店、辺境の聖地になる
カラン、コロン。
カラン、コロン、カラン!
開店と同時に、ドアベルが悲鳴を上げ始めました。
私の小さな店『アークライト素材店』は、今や戦場と化しています。
「おい、例の『再生ミスリル』はあるか!?」
「俺が先だ! ポーションの煮こごりもくれ!」
「サイラス様ー! こっち向いてー!」
カウンターの向こうには、むさ苦しい冒険者たちの壁。
そして、その隙間から黄色い声を上げる女性ファンたち。
辺境都市ベルフォートの片隅にある幽霊物件は、たった二週間で様変わりしていました。
「はいはい、押さないでください! ミスリルは一人三個までです!」
私が声を張り上げると、入り口で腕を組んでいたサイラス様が、ギロリと客を睨みつけました。
「……並べ。列を乱す奴は叩き出す」
ドスの効いた低音。
Sランク冒険者の殺気。
それだけで、暴徒寸前だった客たちが「ひぃっ」と縮こまり、整然とした列を作ります。
素晴らしい統率力です。さすが元王子様(今は用心棒)。
これほどの騒ぎになった理由は二つ。
一つは、王都の物流麻痺です。
騎士団のゴブリン敗走以来、王都の市場は混乱し、まともな素材が出回らなくなりました。
結果、武器を直したい冒険者たちが、素材を求めてこの辺境へ雪崩れ込んできたのです。
そしてもう一つの理由が、私の新商品です。
「これだ……噂の『格安インゴット』!」
先頭の戦士が、カウンターに積まれた銀色の延べ棒を手に取り、震えています。
商品名『リサイクル・ミスリル』。
お値段は、市場価格の十分の一。
安すぎて逆に怪しまれるレベルです。
でも、これには理由があります。
これは、王都の工房が「ゴミ」として捨てていた「ミスリルの削り屑」を集めて作ったものだからです。
(普通に溶かすと空気が混ざって脆くなるんですけどね)
私は心の中で補足します。
削り屑を一度「強酸スライム液」でドロドロに溶かし、遠心分離機にかけて不純物を飛ばしてから再凝固させる。
そうすれば、新品同様……いえ、一度分子レベルで整列し直すので、むしろ強度が増します。
私にとっては「廃材利用のエコ商品」ですが、材料費がタダなので、この価格でもボロ儲けなのです。
「おい、騙されるなよ!」
その時、列の後ろから野次が飛びました。
身なりの良い、小太りの男が二人。
胸には「王都商人ギルド」の紋章をつけています。
「そんな値段でまともなミスリルが買えるわけがない! それは鉄にメッキをした偽物だ!」
「そうだ! この女は、王都を追放された詐欺師だぞ! ゴミを売りつけて金を巻き上げているんだ!」
店内がざわつきました。
やはり来ましたか。商売敵からのネガティブキャンペーン。
私の店が繁盛してから、王都の出張所からの嫌がらせが絶えないのです。
サイラス様が剣の柄に手をかけ、一歩前に出ようとします。
私はそれを手で制しました。
暴力はいけません。
商売の喧嘩は、商品でカタをつけるものです。
「偽物、とおっしゃいましたか?」
「ああそうだ! 鑑定してみろ! どうせ『名称不明』と出るはずだ!」
男の一人が、普及品の鑑定レンズを取り出しました。
あちゃあ。
そうなんですよね。
私のリサイクル品は、再凝固の過程で「結晶の向き」を変えているので、既製品のデータベースにはヒットしないんです。
「ほら見ろ! 『判定不能』だ! これはゴミだ!」
男が鬼の首を取ったように叫びます。
客たちの間に動揺が走りました。
いくら安くても、命を預ける武具にゴミは使えません。
「……やはり、偽物なのか?」
「所詮は廃材か……」
空気が重くなります。
私はため息をつきました。
いちいち「分子構造」の話をしても、彼らには理解できないでしょう。
どうやって証明したものか。
その時です。
バンッ!!
入り口の扉が、乱暴に開け放たれました。
「み、水……水をくれぇ……!」
飛び込んできたのは、全身傷だらけの若者でした。
鎧はボロボロ、盾は半分溶けています。
ですが、その顔は歓喜に歪んでいました。
「生きてる……俺、生きて帰れたぞぉぉ!!」
彼は店の中央で大の字に倒れ込みました。
客の一人が叫びます。
「あいつ、Cランクのジャンじゃないか! 今日は『灼熱の洞窟』にソロで挑むって言ってた無謀な……」
灼熱の洞窟。
推奨レベルA以上の高難易度ダンジョンです。
Cランクのソロなんて、自殺行為です。
ジャンと呼ばれた若者は、息も絶え絶えに、自分の盾を掲げました。
それは、今朝私が売った『リサイクル・ミスリル』で補強した盾でした。
「凄かった……! ボスの火炎ブレスを浴びたのに、この盾、熱を通さなかったんだ!」
見れば、盾の表面は赤熱していますが、裏側までは熱が伝わっていません。
さらに、彼が腰に差している剣。
それも、私の店で研ぎ直したものです。
「剣も折れなかった! 硬い岩の皮膚を、バターみたいに切り裂けた! おかげでボスを倒せたんだ!」
彼の手には、戦利品である「火竜の鱗」が握られていました。
紛れもない、勝利の証拠です。
店内が静まり返りました。
そして次の瞬間。
「うおおおおおお!!」
「マジかよ! Cランクが火竜を倒した!?」
「その盾、俺にも売ってくれ!」
「剣の研ぎ直し、予約頼む!」
爆発的な歓声。
客たちがカウンターに殺到しました。
さっきの商人たちの「偽物だ」という声など、完全に掻き消されています。
論より証拠。
命懸けの冒険者にとって、生還者の言葉こそが絶対の真実です。
「ち、違う! 騙されるな! それは偶然だ!」
商人がまだ喚いていますが、サイラス様が無言で彼らの前に立ち塞がりました。
そして、低い声で囁きます。
「……俺の剣も、ここの世話になっている。俺の目も『節穴』だと言うつもりか?」
Sランク「黒の剣士」の睨み。
商人の顔色が土色になりました。
彼らは「ひぃっ」と悲鳴を上げ、逃げるように店を出て行きました。
「……ふん。口ほどにもない」
サイラス様が鼻を鳴らし、私を振り返ります。
その目は「どうだ」と言わんばかりです。
「ありがとうございます、サイラス様。それにジャンさんも、いい宣伝になりました」
「……宣伝というか、実演販売だな」
サイラス様は苦笑し、暴徒と化した客の整理に戻っていきました。
カウンター越しに見る景色は、壮観でした。
誰もが私の作った「ゴミ」を求めて、目を輝かせています。
(不思議ですね)
王都では、どんなに丁寧に仕事をしても「汚い」と言われたのに。
ここでは、泥だらけの冒険者たちが、私の仕事を「奇跡」と呼んでくれます。
「店主! このインゴット、全部くれ!」
「ダメです、一人三個まで!」
嬉しい悲鳴を上げながら、私はレジを打ち続けました。
この日を境に、私の店は単なる道具屋ではなくなりました。
冒険者たちの間で、こう呼ばれるようになったのです。
――辺境の聖地、『アークライト素材店』と。
……ですが。
光が強くなれば、影も濃くなるもの。
この噂は、ついにあの男の耳にも届いてしまったようです。
閉店後、私が数えきれないほどの売上金を計算している頃。
遠く王都の騎士団長室で、ジェラルド様が報告書を握り潰しているとは知らずに。




