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追放された令嬢は、辺境で素材屋を営む  作者: 秋月 もみじ


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第5話 正体発覚? 隣国の王子と呪いの剣


 その日、店内は平穏そのものでした。

 外の通りでは、私の店が「Sランク素材を隠し持っている」という噂を聞きつけた冒険者たちが、遠巻きに様子を窺っています。

 でも、誰も入ってはきません。

 なぜなら。


「……おい。そこ、邪魔だ」


 入り口付近で、サイラス様が仁王立ちしているからです。

 彼はあれから毎日、店に通ってきては、頼みもしないのに「店番」をしてくれています。

 黒ずくめの巨漢が入り口を塞いでいては、冷やかしの客など入れるはずがありません。


「サイラス様、威嚇しすぎです。お客様が逃げてしまいます」

「客? あれはハイエナだ。お前の在庫を狙っている」


 彼は鼻を鳴らし、木箱を軽々と持ち上げました。

 今日は商品の棚卸しを手伝ってくれています。

 Sランク冒険者を荷運び係に使うなんて、バチが当たりそうですが。


「では、その箱を上の棚に……」


 指示を出そうとした、その時です。

 ガシャン!

 激しい音がして、サイラス様が膝から崩れ落ちました。

 抱えていた木箱が床に転がります。


「サイラス様!?」


 私はカウンターを飛び越えて駆け寄りました。

 彼は床に片膝をつき、右腕を抱えて荒い息を吐いています。

 顔面は蒼白で、脂汗がびっしりと浮いていました。


「近寄るな……!」


 私が手を伸ばすと、彼は獣のような声で拒絶しました。

 その声には、明確な「恐怖」が混じっていました。

 でも、私は止まりません。

 彼の右腕。捲れ上がった袖の下に、異様なものが見えたからです。


「……見せるな、と言っただろう」


 サイラス様は諦めたように、力を失いました。

 露わになった右腕。

 手首から肘にかけて、どす黒い幾何学模様が肌を侵食しています。

 皮膚がひび割れ、その隙間から不気味な紫色の光が漏れていました。


 一般的に言えば、これは「呪い」です。

 それも、致死性の高い「石化の呪い」。

 普通の人間なら、悲鳴を上げて逃げ出すでしょう。伝染るのではないかと恐れて。


 けれど。

 私は思わず、ポケットから拡大鏡を取り出して、その腕にへばりつきました。


「す……すごい」

「……は?」

「見てください、この結晶の純度! 魔力が凝縮されすぎて、個体化しています! まるで夜空を切り取ったみたい!」


 私の【真眼】には見えます。

 これはただの石化ではありません。

 体内の魔力循環がバグを起こし、血管の中で高純度の魔石が生成されているのです。

 痛いはずです。血管に砂利が詰まっているようなものですから。


「なんて美しい……じゃなくて、興味深い症例でしょう」

「お前……気色悪くないのか?」

「どうしてですか? こんなに綺麗な『素材』が埋まっているのに」


 私はうっとりと黒い紋様を撫でました。

 サイラス様が、信じられないものを見る目で私を見下ろしています。

 まあ、感心している場合ではありませんね。

 このままだと、彼の血管が破裂してしまいます。


「サイラス様、少しチクッとしますよ。動かないでくださいね」

「何をする気だ」

「治療です。いえ、採掘ですね」


 私は棚の奥へ走り、厳重に封印された赤い小瓶を持ってきました。

 中身は、毒々しい赤色の液体。

 ラベルにはドクロマークが描いてあります。


「これを飲んでください」

「……毒に見えるが」

「正解です。『デビルズ・ルート』の煮出し汁。一滴で牛一頭を殺せる猛毒ですね」


 サイラス様の顔が引きつりました。


「俺を殺す気か?」

「毒も使いようです。あなたの腕の結晶は、過剰な生命力を餌に増殖しています。だから、この毒で生命活動を一時的に『仮死レベル』まで落として、結晶を餓死させるんです」

「……理屈が狂っている」


 彼は呻きましたが、拒否はしませんでした。

 震える手で小瓶を受け取り、一気に煽ります。


 数秒後。

 ドクン、と彼の心臓が大きく跳ねる音が聞こえました。

 サイラス様が胸を押さえて苦悶の声を漏らします。

 同時に、右腕の黒い紋様が、シューッという音と共に薄くなっていきました。


「……痛みが、引いた?」


 彼は不思議そうに自分の腕を見つめました。

 ひび割れが塞がり、紫色の光も消えています。

 完治はしていませんが、進行は完全に停止しました。


「ふう、成功ですね。今のうちに結晶のカスを削り取っておきましょう」

「おい、何をカリカリしている」

「もったいないじゃないですか。これ、最高の魔力触媒になるんですよ」


 私がピンセットで彼の腕から剥がれ落ちた黒い欠片を集めていると、サイラス様が深くため息をつきました。

 その表情からは、先ほどまでの張り詰めた緊張感が消えています。


「……お前は、本当に変わっているな」

「よく言われます。でも、サイラス様こそ」


 私は小瓶を回収しながら、彼を見上げました。


「こんな面白い体を隠しているなんて、水臭いです。定期的に毒を飲まないと、また結晶化しますよ?」

「……一生、この毒を飲み続けろと言うのか」

「私が調合してあげます。その代わり、削り取った結晶は頂きますけど」


 素材代と治療費の相殺。

 合理的で素晴らしい提案です。

 サイラス様はしばらく黙っていましたが、やがて低い声で笑い出しました。

 自嘲ではなく、どこか吹っ切れたような笑い声でした。


「分かった。契約しよう」

「契約?」

「俺はこの店に住み込む。お前の用心棒としてな」


 彼は立ち上がり、完治していないはずの右腕を握りしめました。


「俺の呪いを『素材』と呼んだのは、世界でお前だけだ。……この命、お前の実験台として預ける」

「実験台じゃなくて、患者さんです。……まあ、たまに新薬の味見はお願いしますけど」


 こうして。

 私の店に、正式に「用心棒」が就職しました。

 Sランク冒険者兼、生けるレア素材製造機。

 これ以上の優良物件はありません。


 サイラス様は、入り口の扉を睨みつけました。

 その背中からは、今まで以上に強い「守護」の意志を感じます。


「安心しろ、リリア。この店には指一本触れさせない」


 心強い言葉です。

 でも、サイラス様。

 店は守れても、王都からの「面倒ごとの波」までは、斬れないかもしれませんよ?


 だってほら。

 外の通りに、王都の紋章をつけた伝令鳥が、慌てた様子で飛んできましたから。

 そろそろ、向こうも限界のようですね。

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