第10話 ざまぁ回・後編 〜最高の素材と幸せな結婚〜
王宮の謁見の間。
かつて私が婚約破棄を言い渡された場所よりも、さらに奥にある、国の中枢です。
赤い絨毯の両脇には、煌びやかな衣装を纏った貴族たちがずらりと並んでいます。
その視線が、中央に立つ私とサイラス様に注がれていました。
そして、私たちの隣には、後ろ手に縛られ、騎士に押さえつけられたジェラルド様と聖女ミア様の姿があります。
「陛下! 聞いてください! これは陰謀です!」
ジェラルド様が必死の形相で叫びました。
「あの女は魔女です! 辺境で禁忌の術を使い、魔物を呼び寄せたのです! そうでなければ、あんなタイミングでスタンピードが起きるはずがありません!」
「そうですわ! 私の祈りが届かなかったのも、あの女が呪いをかけたせいです! 私は被害者なんです!」
ミア様も涙ながらに訴えます。
その迫真の演技に、周囲の貴族たちがざわめきました。
やはり「聖女」や「騎士団長」の言葉には、まだ一定の影響力があるようです。
玉座には、病から回復したばかりの国王陛下が座っておられます。
陛下は静かに私を見下ろしました。
「……リリア・アークライトよ。彼らの主張に対し、申し開きはあるか?」
私は一歩前に出ました。
緊張はしていません。
だって、私の手には動かぬ証拠がありますから。
「陛下。魔術や呪いといった曖昧な話ではなく、『物質的な証拠』で説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
私は許可を得て、証拠品として提出されていた「折れた聖剣」を手に取りました。
ジェラルド様がスタンピード戦で砕いた、黄金の剣です。
「この剣は、王国の至宝『聖剣デュランダル』……のはずでした。ですが」
私はポケットから、小瓶を取り出しました。
中身はただの酸です。
それを、折れた剣の断面に一滴垂らしました。
ジュワッ。
酸が反応し、黄金のメッキが剥がれ落ちていきます。
その下から現れたのは、どす黒く錆びた、粗悪な鉄の塊でした。
「ご覧ください。これは聖なる金属『オリハルコン』ではありません。ただの『屑鉄』に金メッキを施した模造品です」
貴族たちから悲鳴のような驚きの声が上がります。
「な、なんだそれは!?」
「聖剣が偽物だったというのか!?」
私は冷ややかにジェラルド様を見ました。
「ジェラルド様。騎士団の予算帳簿と照らし合わせました。あなたは聖剣のメンテナンス費用、および新装備の購入費として計上された膨大な予算を、どこかへ消してしまいましたね? その穴埋めのために、安物の偽物を職人に作らせた。違いますか?」
私の【真眼】は誤魔化せません。
この剣からは、ジェラルド様の私利私欲と、ミア様への貢ぎ物に使われた金の流れまで透けて見えそうです。
「う、嘘だ! それはお前がすり替えたんだ!」
「往生際が悪いぞ、ジェラルド」
低い声が、広間を震わせました。
今まで黙って控えていたサイラス様が、一歩前に出ました。
その瞬間、彼が纏っていた「認識阻害のローブ」を脱ぎ捨てます。
現れたのは、黒い冒険者服ではありません。
隣国ガルディア帝国の、漆黒の軍服。
その胸には、王位継承権を持つ者だけが許された「双頭の竜」の紋章が輝いていました。
「……サ、サイラス殿下!?」
宰相が素っ頓狂な声を上げて腰を抜かしました。
広間はパニック寸前です。
軍事大国の第二王子が、なぜここにいるのかと。
「俺はこの目で見た。リリアが辺境で何を守り、お前たちが王都で何を腐らせてきたのかを」
サイラス様は国王陛下に向かって、恭しく一礼しました。
「オーランド国王陛下。我が国は、貴国の騎士団による『聖剣偽装』および『素材管理放棄による国防義務違反』を重く見ます。……これ以上、無能な者に国境を任せるなら、同盟の見直しも考えねばなりませんな」
それは、最後通告でした。
国王陛下は深く頷き、ジェラルド様とミア様に宣告を下しました。
「騎士団長ジェラルド、聖女ミア。其の方らの罪は明白である。直ちに地位を剥奪し、北の鉱山にて労働刑に処す。……本物の『素材』の重みを、その体で知るがいい」
「い、嫌だぁぁぁ!」
「私は聖女よ! こんなの嘘よぉぉ!」
二人の絶叫が響き渡る中、彼らは衛兵に引きずられていきました。
私はそれを、何の感慨もなく見送りました。
彼らはもう、私の人生における「障害物」ですらありません。
ただの、処理済みの「廃棄物」です。
静まり返った広間で、陛下が私に向き直りました。
「リリアよ。其の方の功績、誠に大である。どうだ、王宮筆頭鑑定士として戻る気はないか? 王家が全力で支援しよう」
破格の提案です。
かつての私なら、泣いて喜んだかもしれません。
でも。
「もったいないお言葉ですが、辞退させていただきます」
私は迷わず答えました。
「王宮は綺麗すぎます。私は、泥の中に埋もれた原石を探すのが好きなのです。それに……私のお店には、まだ手のかかる『大きな素材』が残っていますので」
私はチラリと隣の王子様を見ました。
サイラス様が、バツが悪そうに視線を逸らします。
「……ほう。ガルディアの王子を『素材』扱いか」
陛下は愉快そうに笑いました。
「よい。その者の管理は、其の方に任せよう。……行ってこい、娘よ」
***
数日後。辺境都市ベルフォート。
いつもの店先に、いつもの日常が戻ってきました。
……いえ、少しだけ違いますね。
入り口の「用心棒」が、以前よりも堂々としています。
「サイラス様。国に帰らなくてよかったのですか? 王子様なんでしょう?」
「兄上がいるから問題ない。それに、俺の呪いはまだ完治していない。主治医のそばにいるのが合理的だ」
サイラス様はカウンター越しに、私に小さな箱を差し出しました。
作業の手を止めて、私は首を傾げます。
「これは? 新しい素材ですか?」
「……開けてみろ」
言われるままに箱を開けると、そこには指輪が入っていました。
銀色の台座に、深い緑色の宝石が嵌め込まれています。
その宝石の中心には、黄金色の縦長の瞳孔。
「これ……『ドラゴンの瞳』?」
私が店に来た初日に磨き上げた、あの宝玉です。
まさか、これを加工したのですか?
「俺の国では、ドラゴンは『伴侶』を守る最強の守護獣だ」
サイラス様が、私の手を取りました。
その大きな手は、剣ダコでゴツゴツしていて、でもとても温かい。
「リリア。君の瞳には、俺はどう映っている?」
真剣な眼差し。
私は【真眼】を発動させるまでもなく、答えを知っていました。
この人は、強くて、不器用で、誰よりも私の価値を認めてくれた人。
「……最高級の、国宝レベルの『素材』ですね」
私が悪戯っぽく答えると、彼は苦笑して、私の指に指輪を嵌めました。
「なら、責任を取ってくれ。……一生、君の研究対象でいさせてほしい」
「ええ。覚悟してくださいね? 私の研究は、死ぬまで終わりませんから」
指輪が、私の指でキラリと輝きました。
鑑定レンズを通さなくても分かります。
これは、世界で一番価値のある「契約」です。
カラン、コロン。
ドアベルが鳴り、冒険者たちが雪崩れ込んできました。
「店主! 今日も在庫あるか!」
「おーい、二人で何イチャイチャしてんだ!」
騒がしくて、埃っぽくて、活気に満ちた私の店。
王都の煌びやかな夜会よりも、私にはこの場所が似合っています。
「いらっしゃいませ!」
私はエプロンの紐を締め直し、最高の笑顔で答えました。
私の幸せな「素材屋ライフ」は、まだ始まったばかりなのですから。
(完)




