表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シモキタ・ディープ・ブルー  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/12

7話

佳奈子視点



夕方の「ディープブルー」。ガラス戸を開けて入った瞬間、私は思わず立ち止まった。

――哲也さんが、喋っている。しかも楽しそうに。


向かいに座っているのは、兄から聞いていた例の元カノだった。彼女は静かに微笑み、時折頷くだけ。それなのに、哲也さんは珍しく言葉を重ねていた。服の話、音楽の話、そして昔の思い出らしき断片。声は低く穏やかで、けれど確かに饒舌だった。


私は智美と美雨と目を合わせた。3人とも驚きを隠せない。沈黙の人が、こんなふうに話すなんて。しかも相手は元カノ。


夜、下北堂に集まった私たちは、湯豆腐ではなく酒を囲んだ。湯気の代わりに、グラスの中で氷が音を立てる。


「ねえ、見た?あの哲也さんが、あんなに喋ってたんだよ」

私が言うと、智美が「信じられない。いつも無口なのに」と首を振る。

美雨は「でも、元カノってやっぱり特別なんだね」と静かに言った。


酒が進むにつれて、妄想は止まらなくなった。

「きっと、昔の思い出を語り合ってたんだよ」

「懐かしい話をして、笑い合って…」

「私たちには見せない顔なんだろうね」


その言葉に、胸が少し痛んだ。まるで自分たちが失恋したみたいに。


「なんかさ、置いていかれた気分になるよね」

智美がぽつりと言う。

「そうそう。私たちには沈黙しか見せないのに、あの人には言葉を…」

私はグラスを握りしめた。

美雨は「でも、それが青春なんだよ。誰かにだけ見せる顔ってあるんだよ」と呟いた。


気づけば、3人とも目が潤んでいた。失恋したわけでもないのに、胸の奥がざわついて涙ぐんでしまう。笑いながら、泣きながら、言いたい放題。


「なんで泣いてるの、私たち」

智美が笑いながら涙を拭う。

「失恋したみたいだよね」

私は苦笑した。

「でも、こういうのも青春だよ」

美雨が静かに言った。


その言葉に、下北堂の夫婦が微笑んだ。母は「青春だねぇ」と優しく言い、父も「いいもんだな、こういうのは」と頷いた。


私はグラスを置き、ふと哲也さんの顔を思い出した。饒舌な彼と、静かに微笑む元カノ。その光景は、私たちの心に小さな衝撃を残していた。まるで失恋のような痛みと、青春のような甘さを同時に抱えながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ