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シモキタ・ディープ・ブルー  作者: 双鶴


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7/12

6話

佳奈子視点



兄が同窓会から帰ってきた夜、玄関で靴を脱ぎながら何気なく言った。

「そういえば、哲也も来てたよ。元カノも来ててさ、楽しそうに話し込んでた」


その一言が、私の胸に小さなざわめきを残した。哲也さんが「楽しそうに話す」姿なんて、ほとんど見たことがない。無口で、動作で返事をする人。そんな彼が、誰かと笑いながら話していたなんて。しかも元カノと。


翌日、私は智美と美雨を誘って下北堂に集まった。湯豆腐の鍋を囲み、湯気の向こうで豆腐が揺れる。箸でそっとすくい上げると、白い塊がほろりと崩れる。


「ねえ、聞いた?哲也さん、同窓会で元カノと話してたんだって」

私が切り出すと、智美が「え、あの哲也さんが?」と目を丸くした。

美雨は少し笑って「想像できないね。どんな顔してたんだろう」と言った。


「絶対、笑ってたと思う」

私は豆腐をすくいながら言う。「だって兄が『楽しそうに』って言ってたんだもん」


「元カノって、どんな人なんだろうね」

智美が妄想を始める。「きっと明るくて、話し上手で、哲也さんを引き出せる人だったんじゃない?」


「でも、無口な人が急に喋るって、相手に特別な気持ちがあるからじゃない?」

私は少し嫉妬を混ぜて言った。


美雨は静かに「もしかしたら、ただ懐かしかっただけかもしれないよ」と言う。けれどその声にも、ほんの少し揺らぎがあった。


湯豆腐をつつきながら、話題は自然に自分たちの過去へと広がっていった。


「私、中学のときに好きだった人に告白したら、『ごめん、部活で忙しい』って断られたんだよね」

智美が笑いながら言う。「でも、今思えばその人、全然忙しくなかったと思う」


「私は高校のとき、好きな人に手紙渡したんだけど、返事が来なくて。後で聞いたら、机の奥にしまったまま忘れてたんだって」

美雨が少し照れくさそうに話す。


「私なんて、大学のときに合コンで隣に座った人に『声が大きすぎる』って言われたんだよ!」

私は笑いながら豆腐をすくった。「でも、その人は結局、私の友達と付き合ったんだよね」


3人の失敗談は、笑いと少しの切なさを混ぜながら続いた。湯豆腐の湯気が、まるで昔の記憶を柔らかく包み込むようだった。


「だから余計に気になるんだよね。哲也さんが誰かと楽しそうに話すなんて」

智美が真剣な顔で言う。

「そうそう。私たちには見せない顔なんじゃない?」

私は少し拗ねるように言った。

美雨は「でも、沈黙の人が喋るって、それだけで特別だよね」と静かにまとめた。


夜、私は思い切って哲也さんに聞いた。

「同窓会で、元カノと話してたんですって?」


哲也さんは少し驚いたように私を見て、そして微笑んだ。何も言わず、ただ微笑むだけ。沈黙が返事になっている。けれどその沈黙は、余計に私たちの妄想を広げてしまう。


私は豆腐の湯気を思い出しながら、胸の奥に残るざわめきを抱えたまま、彼の微笑みを見つめていた。


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