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シモキタ・ディープ・ブルー  作者: 双鶴


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4話

美雨視点



ジャケットのポケットに指を入れたとき、指先に紙の感触があった。取り出してみると、それは小さな押し花の栞だった。薄い紙に紫色の花びらが丁寧に貼られ、透明なフィルムで覆われている。少し色褪せてはいるが、作り手の手間と気持ちが伝わってくる。私は思わず息を止めた。


「ねえ、見て。これ、ジャケットの中から出てきたの」

私は佳奈子に差し出した。彼女は目を輝かせて「え、なにこれ!かわいい!」と声を上げる。


「誰かの思い出じゃない?」

佳奈子はすぐに妄想を膨らませる。「このジャケットを着てた人が、恋人からもらったとか!」


智美も巻き込まれる。「いやいや、もっと現実的に考えようよ。本の栞にしてたのを、たまたまポケットに入れたんじゃない?」


「でも、押し花ってことは特別な意味があるんじゃない?」

佳奈子は止まらない。「好きな人に渡すとか、記念に作るとか!」


私は静かに笑いながら、二人のやり取りを眺める。押し花栞は小さなものだけれど、確かに物語を呼び起こす力を持っている。


「私、小学生のときに、図書館で拾ったしおりをずっと使ってたことあるよ」

智美がふと思い出すように言った。「誰のものかわからなかったけど、なんだかお守りみたいで。テストのときも持っていったりしてね」


「わかる!私も昔、花びらをノートに挟んでたことある」

佳奈子が笑う。「結局、茶色くなっちゃったけど、それを見てると当時の気持ちが蘇るんだよね」


私は押し花栞を見つめながら、自分の記憶を重ねた。高校の頃、友達と交換した手紙の中に小さな花びらが挟まっていたことがある。何気ないものだったけれど、今でもその手紙を捨てられずにいる。


「哲也さんはどう思う?」

佳奈子が振り返る。智美も「ねえ、どう?」と声を重ねる。


哲也さんは黙ってジャケットを整え、押し花栞をそっとレジ横に置いた。そして、スマートフォンを取り出し、店のSNSアカウントを開いた。無言のまま写真を撮り、短い文章を打ち込む。


《古着ジャケットのポケットから、手作りの押し花栞が出てきました。前の持ち主の小さな物語が、ここに残っています。》


投稿を終えると、彼はスマートフォンを置き、再び服を整え始めた。


「えー、SNSに載せたの?」

佳奈子が驚きながら笑う。


「哲也さんらしいね。言葉は少ないけど、ちゃんと伝わる」

智美が頷く。


私は微笑んだ。沈黙の人が、ほんの少しだけ言葉を外に出した。その短い文章は、押し花栞の持つ余白を壊さずに、むしろ広げていた。


三人で妄想を膨らませながら笑い合い、哲也さんは黙って服を整え続ける。店の空気は柔らかく、押し花栞がその中心に静かに置かれていた。


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