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シモキタ・ディープ・ブルー  作者: 双鶴


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プロローグ

下北沢の街は、昼と夜でまるで表情を変える。昼間は古着屋や雑貨屋を目当てに若者が行き交い、夜になるとライブハウスや居酒屋の灯りが路地を染める。駅前から伸びる商店街を抜け、さらに細い路地へと入ると、古い木造家屋を改装した店が肩を寄せ合うように並んでいる。看板はどれも小さく、通り過ぎれば見落としてしまうような控えめさだ。


「ディープブルー」もその一角にある。外壁は白く塗られ、入口には古びたサーフボードが立てかけられている。ガラス戸を開けると、潮風を思わせる香りが微かに漂い、店内にはレコードの柔らかな音が流れている。壁際には色褪せたTシャツやデニム、サーフジャケットが並び、天井から吊るされたランプが淡い光を落としている。哲也はいつもその光の下で、黙々と服を整えている。


彼の動作は静かだが、無駄がない。ハンガーを掛け直す手つき、埃を払う仕草、レジ横に置かれた小物を整える指先。その一つひとつが、言葉の代わりに店の空気を形づくっている。客が入ってきても、彼は多くを語らない。ただ微笑み、必要なやり取りだけを交わす。だが、その沈黙は冷たさではなく、余白のような温度を持っている。


その余白を埋めるように、三人の女性が店に集う。佳奈子は明るく、店の雰囲気を軽やかに変える。新しい服を広げて「これ絶対似合う人いる!」と声を弾ませ、哲也の沈黙を自然に受け止める。智美は定食屋「下北堂」の娘として、昼のランチタイムに哲也と佳奈子を迎える。彼女の笑顔と料理の匂いは、店の外にまで温かさを運ぶ。美雨は常連客として、静かに服を選びながら哲也の無言の仕草を楽しむ。三人は幼馴染だからこそ、気兼ねなく語り合い、笑い合える。


「下北堂」は駅から少し離れた場所にある。暖簾をくぐると、木のカウンターとテーブルが並び、昼時には常連客で賑わう。智美は厨房と客席を軽やかに行き来し、客に声をかける。味噌汁の湯気、揚げ物の音、炊き立てのご飯の香り。そこに哲也と佳奈子が座ると、店はさらに親密な空気を帯びる。智美は二人に料理を運びながら、幼馴染らしい気楽な会話を交わす。


昼下がりの「ディープブルー」では、佳奈子が服を広げて「智美に似合うと思う!」と騒ぎ、智美が「いやいや、私には派手すぎるって」と笑う。美雨は「でも、似合わないと思っていた服が意外としっくりくることもあるよ」と静かに口を添える。哲也は黙ってハンガーを掛け直す。その仕草が「まあ、試してみればいい」という返事のように見える。


夕暮れになると、街の灯りが少しずつ点り始める。居酒屋の暖簾が揺れ、ライブハウスからはリハーサルの音が漏れてくる。そんな賑わいの中で、「ディープブルー」と「下北堂」は小さな灯りをともす。そこに集う人々の声と沈黙は、まるで日常の音楽のように重なり合い、街角をほのぼのとした温度で満たしていく。


猫が一匹、古着屋の前を横切り、サーフボードの影で丸くなる。通りすがりの学生が「かわいい」と声を上げると、猫は知らん顔で尻尾を揺らす。そんな小さな風景も、この街の一部だ。哲也は黙って店のガラス戸を拭き、佳奈子は笑いながら猫に手を振る。智美は定食屋の暖簾を直し、美雨は服を手に取りながら微笑む。


街の雑踏の中で、「ディープブルー」と「下北堂」は小さな灯りのように存在している。そこに集う人々の声と沈黙が重なり合い、日常の風景を形づくる。哲也の無口さと三人の賑やかさ。その不思議な関係が、この街角の空気を柔らかく染めている。


物語は、この小さな街角の風景を、それぞれの視点から描き出していく。語る者が変わるたびに、同じ日常は異なる色を帯び、やがて重なり合いながら、彼らの関係を静かに揺らしていく。


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