表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

第7話 入植線引き──耕作と鍛冶のルート

 朝の鍵を胸の前で回す。世界の紙が音もなく剥がれ、倉庫が肩口からすべるように寄ってくる。


《在庫:生成スロット 本日1/1

 候補:号令板(旗信号・遠距離合図)/当番札ケース(紛失減少・列速度+4%)/測界縄(境界可視化・流路最適化・踏圧予測)》


 ――測界縄そっかいなわ

 今日やるべきことに、これ以上の候補はない。僕はうなずき、指先で歯を撫でると、棚の奥から細長い木箱が滑り出た。蓋の裏には、簡潔な刻字。


測界縄:縄を張り、舌を半目起こせば、人と水の流れが淡光で見える。

効果:境界線の納得形成/路線の踏圧分散/水はけの改善

副作用:長時間の直視で目まい(特に高地)


 中には、麻色の縄が二条。ところどころに透き通った珠が嵌め込まれている。端には小さな金具の舌。握ると、手の中で微かな振動が走った。

 箱の底には、薄い板が一枚。「境界の作法」。線は引くためでなく、共有するために引く――と、最初に書いてある。僕はその一文が気に入った。


在庫ログ#0007:測界縄・二条配備

 目的:入植の線引き/畑路・鍛冶路の最適化/衝突回避

 手順:四隅に杭→縄を張る→舌1/2→淡光の流れを確認→公開帳簿へ図化

 副作用:目まい(高地・連続注視)

 責任者:リオ/共同責任者:ガロン・マーグ



 砦の中庭に板を広げ、公開帳簿の下に「入植台帳」の紙を増やす。左に名、右に希望地、さらに右にやく――耕す、鍛つ、繕う、見張る、運ぶ。読めない者には横で読み書き盤を当てる。

 ガロンは棒で砂地に大きな四角を描いた。「ここが谷の腹。北は水路、南は墓地。風下はここ。鍛冶は風下に置け。畑は上手かみての緩い斜面」

 マーグが手を挙げる。「牛は?」

「牛路は畑の外。踏圧は敵だ。測界縄で見える。見えるものは避けられる」


 縄の端を四人で持ち、北の斜面へ。

 僕は舌を半目起こし、縄を張る。淡い光が、珠から珠へゆっくり走る。

 ――地面の上に、薄い流れが見えた。人が通う道は濃く、子どもが遊ぶ輪は細く、牛が曲がる角は丸い。未来の踏み跡が、まだ誰も踏んでいない土の上に浮かんでいる。

 リロが目を丸くした。「道が先にある……」

「踏圧予測。この縄は、地の癖と人の癖を拾う。線は、癖を無理に曲げず、受けて引く」


 畑路はふた筋。鍛冶路は風下の低い筋へ。住宅は騒がしさから半刻歩いた高台に網目で。市への主動線は灯の縫い目と合うように。

 僕は板に図を写し、公開帳簿の隣に釘で打つ。

 ガロンが短く頷いた。「列は主動線に沿う。曲がれの号令はしるしごと」

 マーグは腕を組みながら、畑の角で帽子を外した。「ここに井戸をもう一つ掘りたい」

「水脈は?」

「昔、父が耳で聞いたと言っていた。土の音でわかったって」

 僕は縄を井戸候補の周りで小さく円にしてみる。珠の光が、一点で留まる。

 ――ここだ。

「土が響いてる」

 マーグは帽子を深くかぶり直し、声を少しだけ低くした。「なあ、リオ。お前さんの縄、争いを呼ばないか」

「呼ぶこともある。だから作法が先だ」

 僕は箱の板を取り出し、みんなに見せた。

 1)線を引く前に見る(縄で流れを)。2)引くときは言葉で(号令で)。3)引いた後は書く(公開帳簿へ)。4)揉めたら秤へ(口閉じの秤)。5)異議の期限を切る(今日なら日暮れまで)。

 ミナの隊商の若い衆まで、身を乗り出して頷いた。



 昼前、最初の異議が来た。

 谷の外れで炭を焼いて暮らしているらしい男が、帽子のつばを深く下ろして現れた。肩は細いが目の骨が硬い。

「鍛冶を風下に置くなら、俺の窯が煙を被る」

 ガロンが一歩出る。「鍛冶は風の下に」「炭は風の底に」。

 男は鼻を鳴らした。「風は日と季節で違う」

「――秤に乗せよう」

 僕は口閉じの秤を台に据え、ひとつの皿に鍛冶の図、もう一方に炭窯の位置と風向の図を置く。

 舌は、わずかに傾いた。

「季節風を見落としてる。冬は谷風が逆だ。鍛冶を半刻分、西に出す」

 再計。舌が静まる。

 男は肩をわずかに落とし、「なら、冬は窯の火を落とす代わりに、薪の札を多めに」と言った。

「等価で刻む」

 僕は盤に薪の欄を作り、刻印穴を二つ多く空けた。男は帽子のつばを指で上げ、目の骨の硬さを少しだけ緩めた。



 午後、鍛冶路の線引き。

 風下の筋を曲がりながら、土の硬さを足の裏で確かめる。タイトが「ここは泥だ」と指先で掬う。人の流れが重なると、じきに滑る。

 僕は縄の舌を少し上げ、珠の光を速める。流れは泥の手前でうっすら避け、自然に石の出た筋へ寄った。

「石畳にする計画まで、書いておこう。札の使い道を見せるために」

「見せるのは悪党の餌にならないか?」ガロンが問う。

「公開は防具。『見えている』ことは、餌にはならない。餌は『隠れている』ところに集まる」


 鍛冶場の位置は、市から半刻。煙が市にかからず、水路に灰が落ちない高さ。風鈴の音が届き、灯の縫い目が夜道を繋ぐ距離。

 マーグが「火の道も要る」と言う。

「火急のときの直線だ。棒で列を外し、空ける合図」「号令板がいるな」ガロンが旗を見上げる。

 僕は鍵を指で撫でた。候補にあった。だが今日は縄を出している。明日の生成で出そう。



 住宅の区は網目で。家は正方の箱ではなく、風と水に斜める。

 リロが手を挙げる。「家の前に小さな畑、していい?」

「いい。けれど、家の後ろは空ける。逃げ道と、風の道と、物流の道」

 読み書き盤の線をなぞる子どもたちが、家の模型に指で矢印をつける。「前」「後」「右」「左」。

 ミナの若い衆が荷車を押して試しに通る。角で止め、棒で角度を指す。荷車の輪が一度で曲がる。二度なら渋滞だ。

 ガロンが声を短く飛ばす。「曲がれ!」

 輪が鳴り、曲がった。列は切れない。

 僕は公開帳簿に追加する。《住宅区:奥行二間/逃げの筋は一間/前畑は半間まで/火の壺は二つ(水と砂)》

 書けば、約束になる。約束は、在庫に変わる。



 日暮れ前。

 入植台帳の名が増えた。読み書き盤の線で名前を書けるようになった子は、目を輝かせて札盤の横に立った。

 「私、繕う」

 「俺、運ぶ」

 「夜の鳴らし手」

 当番札のケースが欲しくなる頃合いだ。落としたり、濡らしたり、焼いたりしないように。僕は倉庫の候補を思い出し、明日の生成に回すことにした。


 ――そのとき。

 谷の北の見張りが、旗を振った。右・右・止。

 侵入、右から、停止の合図。ガロンが旗の布を握り、号令を短く三つ。「列、右、止!」

 棒の列が畑路の端で形を作る。灯の舌を一目盛り起こす。影の濃淡が浅くなる。

 風鈴が低く二度、鳴った。

 北の斜面から、三騎。馬上の布は粗い。鎧は不統一。けれど、馬の足は揃っている。

 先頭の男が手を上げた。手綱を短く持ち、口は笑う形だが、目は測っている。

「路銭だ」

 短い声。命令の声だ。

 マーグが鼻を鳴らし、ガロンが一歩出る。

 僕は秤を前に押し出し、台の上に紙を置いた。公開する数字。

 《税:入市、札片一/隊商:道普請で代替可/徴収は市のみ/路銭禁止》

 僕は秤の皿に、路銭の主張と、公開帳簿の条を置いた。

 舌は、はっきりと傾いた。

「ここは市だ。道は倉旗の列が守る。路銭は在庫にならない」

 先頭の男は笑みをそのままに、鞭の先を小さく揺らした。「札の穴、増やしてやるって言ってるんだ」

 僕は盤の穴を指で弾き、音を聞かせる。木みたいに乾いた、良い音。

「穴は、働くと増える。奪うと減る」

 男の目がわずかに細くなる。

 ガロンが棒を置いた。馬の脚の前、半歩先に。

 馬は賢い。置かれた約束に、前脚を出さない。歩幅が濁る。

 列の後ろで、リロが読み書き盤を子どもたちに抱かせる。「止、止、止」

 灯の縫い目が、馬の目の高さで揺れる。

 風鈴が一音。チリン。

 先頭の男は短く舌打ちし、鞭を戻した。「……市で話そう」

「秤が待ってます」

 彼らは馬を返し、市の縁で降り、秤の前で言葉を並べた。

 “路銭”の主張は、公開の前で形を失う。舌は水平にならない。

 代わりに、彼らは「護衛」の労で札を刻んだ。列の外周を半刻、回る。

 帰り際、先頭の男がひとことだけ聞いた。「倉旗の旗は、誰の許しで立ってる」

 ガロンが答える。「在庫の許しだ」

 男は何も言わず、馬を返した。わずかに敬礼に似た手の動き。

 ――敵ではない。測っている。



 日暮れ。

 入植の線は、見える形を得た。畑路は曲がり、鍛冶路は風下へ流れ、住宅の網目が灯の縫い目に重なる。逃げの筋、火の直線、牛路の輪。

 公開帳簿の下に、今日のまとめを書く。


《入植#0001:測界縄で境界合意(異議1→補正・成立)/畑路二筋/鍛冶路風下/住宅網目(前畑半間)/井戸候補1/火急直線設定

 市:流通札57/道普請延べ14人

 接触:騎馬3(路銭主張→秤で差戻→護衛労へ転換)

 事故:0

 補正案:号令板導入/当番札ケース/石畳化計画の図示/鍛冶場の無煙風箱(候補検討)》


 倉庫の鏡面に、薄い文字が寄ってくる。


《在庫ログ#0007:終了。副作用:目まい2(休息済)。

 候補:号令板(視覚号令・旗信号)/当番札ケース(紛失減少)/無煙風箱(鍛冶用・煤低減・肺負担-)》


 ――無煙風箱。鍛冶場の煙を、在庫で軽くする道具。明日は鍛冶場を起こす。列と灯と風で守られた火を。


 ガロンが棒の先に旗を結び直し、マーグが井戸の杭に印を付け、リロが当番札を紐で束ねる。

 タイトが肩で息をしながら笑った。「道ができると、腹が減るな」

「腹が減るのは良い兆し。明日の在庫を食べる資格だ」

 ミナが塩の壺を叩いて「明日は肉を少し回す」と言った。

 子どもたちは読み書き盤の線をなぞり、名を指で書き足す。家の前に、小さな畑の絵。

 風鈴が、短く鳴った。

 灯の舌が落ち、夜の濃淡が戻る。眠らぬ街路灯の根元で、誰かの足音が一拍、合った。


 鍵を握る。歯はまた一つ、角を増やしている。説明は歯になる。歯は、次の噛み合わせを待っている。

 ――明日、鍛冶を起こそう。無煙の風で、火を在庫に。


――――

読んでくれてありがとう!面白かったら**ブクマ&☆☆**で在庫に応援をください。次回「鍛冶の息──無煙風箱と最初の刃なし槌」へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ