ep.4 届かない声
放課後、ハルカに誘われて訪れた図書室。
彼女が探していたのは――二年前の、この学校の記録。
ページをめくる静かな空間に、俺の名前を呼ぶ声が響く。
聞こえたのは、俺だけだった。
そして、その夜。
夢の中で少女が告げた。
――「来ないで、ここに」。
金曜日の放課後。
教室では来週の小テストの話でざわついていた。
俺はカバンを肩に掛けて帰ろうとしたところで、廊下から声をかけられる。
「結城くん、ちょっといい?」
振り向くと、ハルカだった。
彼女は珍しく少し息を切らしている。
「図書室、行かない?」
「……図書室?」
「うん。探したい本があって……でも、一人じゃ見つけられないかも」
それだけ言うと、ハルカはすたすたと先に歩いていった。
***
図書室は放課後の静けさに包まれていた。
カーテン越しの夕日が本棚を赤く染めている。
「何探してるんだ?」
「……記録。二年前、この学校であった出来事の」
「二年前?」
思わず声が大きくなり、司書の先生に睨まれる。
小声に切り替えて、問い直す。
「それって、俺と何か関係あるのか?」
「あるよ。でも、図書室には残ってないかもしれない」
彼女は古い新聞やアルバムをぱらぱらとめくりながら、真剣な表情を崩さなかった。
その横顔を見ていると、また胸がざわつく。
――その時だった。
廊下から、誰かが俺の名前を呼ぶ声がした。
低く、掠れた、聞き覚えのない声。
(……誰だ?)
振り向くが、そこには誰もいない。
けれど、耳の奥に声が残っている。
――ユウト、逃げて。
瞬間、心臓が跳ねた。
「どうしたの?」
「いや……今、誰かが……」
「何も聞こえなかったよ?」
ハルカは首を傾げる。
その瞳の奥に、一瞬だけ影が差した気がした。
***
その夜。
夢の中で、またあの少女が現れた。
今度は泣いていなかった。
真剣な目で、何かを言っている。
――「来ないで、ここに」
手を伸ばそうとした瞬間、目が覚めた。
胸の奥に、言いようのない不安だけが残っていた。






