ep.3 思い出せない約束
夢の中で泣いていた少女――その姿は、どこか一ノ瀬ハルカに似ていた。
昼休み、中庭で一緒に過ごす中で、彼女はぽつりと口にする。
「あの頃の君は、今と同じ笑顔だった」
それが何を意味するのかは、分からない。
ただ、夢の中の声が確かに呼んだ。
――「約束だよ、ユウトくん」と。
「……また、夢だ」
目を覚ました瞬間、心臓が早鐘を打っていた。
夢の中で泣いていたのは、確かに少女だった。
でも、その顔も、名前も、声すらも、霞がかかったように思い出せない。
ただ――その時の自分が、どうしようもなく胸を締め付けられていたことだけは分かる。
***
昼休み。
食堂へ向かう途中、廊下の窓から中庭が見えた。
そこに、一ノ瀬ハルカがいた。
ベンチに腰掛け、紙パックのジュースを飲みながら、空を見上げている。
周囲には誰もいない。
まるで、世界から切り離されたみたいに。
(……なんで、誰も話しかけないんだ?)
昨日も今日も、彼女の周囲には人影がなかった。
クラスの中でも、まるで存在を意識されていないように見える。
足が勝手にそちらへ向かっていた。
「一人で食べてるのか?」
声をかけると、ハルカは少し驚いた顔をして、すぐに微笑んだ。
「うん。……でも、来てくれて嬉しいよ」
その笑顔は柔らかくて、どこか懐かしい気がした。
理由なんてない。ただ、胸の奥がざわめいた。
***
「なあ、昨日の……“始まり”ってどういう意味なんだ?」
昼食を食べ終えた後、俺は切り出した。
ハルカは少し間を置いて、視線を伏せる。
「それを話したら、君は――多分、今と同じじゃいられなくなる」
「同じじゃいられないって……」
「今はまだ、普通でいてほしい。君の笑顔は、あの頃と同じでいてほしいから」
「あの頃?」
その瞬間、脳裏にフラッシュのような映像がよぎった。
夕焼け、風、泣きそうな笑顔。
でも、またすぐに霧に包まれて消えてしまう。
「……俺たち、前にも会ってたのか?」
問いかけると、ハルカはほんの一瞬、何かを言いかけて――やめた。
「ごめん。いつか話す。その時まで……信じてくれる?」
俺は返事をしなかった。
ただ、彼女の瞳から目を逸らせなかった。
***
その夜、再び夢を見た。
泣いていた少女は、確かに何かを言っていた。
唇がかすかに動き、言葉を紡ぐ。
――「約束だよ、ユウトくん」
目が覚めた時、胸が苦しくてたまらなかった。
でも、その“約束”が何だったのかは、やっぱり思い出せなかった。