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四 : 大津城攻防戦 - (2) 戦端開かれる

 慶長五年九月七日。大津城を巡る攻防の火蓋ひぶたが切って落とされた。

 大津城を守る京極勢はおよそ三千。これに、降伏交渉期間に城下から避難してきた非戦闘員を収容している。京極勢は領内の城砦じょうさいを一切捨てて大津城に兵力を一点投入し、全力で抵抗する構えだ。

 城攻めには“守り手の三杯の兵力を要する”という考え方が一般的である。攻撃側は攻略対象の施設の構造を知らないまま攻める必要があるので不利である点に加え、防衛側は整った設備の中から対処すればいい優位があるからだ。ただ、今述べたのはあくまで一般論であり、将兵の練度れんどや士気・大将の采配などで三倍を上回っていても負けたり十倍以上の差があっても持ちこたえたりする。

 対する寄せ手は約一万五千、目安となる三倍を上回る五倍だ。但し、寄せ手の兵数は諸説あり最大の場合四万を超すとされる。混成軍が各々で動くので、連携にほころびが生じれば数字より実力を発揮出来なくなる恐れがあるのは、京極勢にとって好材料か。三井寺みいでら口・尾花川口から末次元康、京町口から小早川秀兼、浜町口から立花親成・高橋重種兄弟、以上四方向から攻める算段だ。

 高次の方針は単純明快たんじゅんめいかい。“門扉もんぴを固く閉ざし、時を稼ぐ”これに尽きる。敵中で孤立する以上、味方が助けに来るとは考えていない。一日でも一刻でも長く、敵勢をこの大津に引き留める。幸い、兵糧は唸る程にたくわえられ、水も城内の複数箇所で掘られた井戸を備えている上に琵琶湖と面しているから心配不要。弾も硝石も矢も潤沢じゅんたくにあり、戦の経験に乏しい京極勢でも矢弾を気にせず浴びせ掛ける事が出来るのは気が楽だった。

 日の出と共に始まった攻防戦は日没まで続き、寄せ手は引き揚げていった。五倍以上の敵を相手に城内への侵入を許さなかったのは上々の成果だが、その代償は大きかった。

 その日の夜、高次を待っていたのは、目を覆いたくなるような惨状さんじょうだった。

「これは……」

 本丸の一室に設けられた救護の部屋には、五十を下らない数の怪我人で床一面を埋め尽くされていた。横たわる者で顔に布が掛けられている者は半数を超えるか。その光景をの当たりにした高次は言葉を失った。

 死傷者の大多数は銃創じゅうそう、銃による傷というのも高次には衝撃を与えた。京極勢は塀に穿うがたれた穴(鉄砲狭間(はざま))から攻撃しており、敵の矢弾を受ける可能性は低い筈だ。大津城は濠を広くしたり塀に厚みを持たせたりして鉄砲対策も充分(ほどこ)されているのに、である。

 高次の傍らに控える翁が沈痛な面持ちで述べる。

「寄せ手は我等が一発放つ間に二発・三発と撃ち込んでくる上に、精度も非常に高く……正直、敵の力量を見誤っておりました」

 京極勢にとって想定外だった点は二つ。寄せ手が損害覚悟で猛攻を仕掛けてきた事と、兵の練度の差だ。

 決戦の時が迫っており、寄せ手は本戦に向けて戦力を温存すると高次も翁も考えていた。本筋かられている大津城攻防で功を挙げても恩賞は多く望めず、どうせ戦うならより多くの恩賞が見込める本戦に投じたい……そう考えるのが自然だ。しかし、寄せ手は違った。間近に迫った決戦に間に合わせるべく、全力で城を落としにかった。これにより、多少の攻防はあれど本格的な戦闘が行われるのはもう少し先になるという見込みは外れた。

 それよりも致命的な誤算だったのは、寄せ手と自軍の埋めがたい経験差だった。

 京極家は高次が信長に仕え始めてから少しずつ再興したものの、戦功を挙げて掴んだものではない。高次や京極家の将兵に武勇を期待されていないのは、戦に従軍しても大半が後詰か予備だった事から明らかだ。その結果、京極家では今回の戦が初陣という者も珍しくなく、前回から十年以上の空白期間がある者も多かった。

 対する寄せ手は……中国・九州を舞台に苛烈かれつな生存競争を繰り広げ、さらに二度の朝鮮出兵も経験している者達ばかり。将も兵も厳しい戦いを幾度も乗り越えてきた強者つわもの揃いだ。中でも飛び抜けた強さを見せるのが親成率いる立花勢である。鉄砲衆は各個人が“早込はやごめ早合はやごうとも)”を持ち、一発分の弾丸と火薬が一纏ひとまとめになっていて竹筒から銃口へ流し込む事で準備動作が完了し、簡略化した事で従来のおよそ半分の速さで鉄砲を放てた。さらに実践を積み重ねた事で命中精度も高く、狭間のように小さな穴の先に居る敵も狙って仕留める事が出来た。結果、戦に慣れてない京極兵が一発撃つ間に立花兵は三発撃ち、被弾確率の低い筈の京極兵が死傷者を多数出す事に繋がった。

(私が戦う選択をしたばかりに、本来生きていたであろう命を奪ってしまった……)

 動かない者や痛みでうめく者の姿を前に、高次は悔恨かいこんの念に駆られた。

 今ここに居る者達は、自らの意思で戦いに臨んだ訳ではない。京極家当主の高次が挙兵を決定し、命じられるまま参加したまでだ。もし高次がそのまま西軍に従っていれば、死なずに済んだかも知れない。そして、ここに居る者達にも親兄弟や家族が居た筈だ。高次が下した決断によって、そうした家族親族の人生も狂わせてしまった。どんなに立派な大義を掲げても、その責めは高次が負わなければならない。

 無意識の内に膝を折ろうとする高次へ、咄嗟に声が掛かる。

「なりませぬ」

 翁の声で、反射的に止まる高次。決して大きくない声量せいりょうながら、その口調から強い意思が感じられる。

「ここに居る者達は、殿が謝ったからといってよみがえったり傷がえたりする訳ではありません。殿の為、御家の為に戦った者達に大将が掛けるべきは、感謝や褒誉ほうよであるべきです」

 その言葉に、高次は背筋を伸ばす。家臣が傷つき亡くなった事を主君が詫びても、それは只の自己満足に過ぎない。いたわる姿は味方を鼓舞するが、嘆き悲しめば“この大将で大丈夫か?”と将兵を不安にさせる。大将たる者、その一挙手一投足が戦に影響を与えるものだと自覚し行動しなければならない。翁はそうさとしているのだ。

 幾つかの行燈あんどんに照らされる中、薬師くすしやその助手とおぼしき者が忙しなく立ち働いている。治療したり赤く染まったさらし木綿もめんを取り替えたり水分を口に含ませたりしているものの、人が足りているようには到底見えない。

 城内で手の空いている者を回さなければ……と考えている高次に、こちらへ近付いてくる衣擦れの音が聞こえてきた。それも、複数。

(――あっ!!)

 部屋に入ってきた人物の顔を見た高次は仰天した。現れたのは、初だった。

「……殿?」

 初の方も高次の姿を目にして声を漏らす。その後ろには側仕えの女中達が控えている。奥方の登場に気付いた薬師達がひざまずこうとするも、初は「お気になさらず。仕事を続けて下さい」と声を掛ける。

「どうして、此処ここに? それにその恰好……」

 頓狂とんきょうな声で訊ねる高次。初はいつもの美しい小袖に打掛うちかけ姿ではなく、すその長い小袖にたすきを掛けている。化粧も簡素なもので、大名家の奥方にはとても見えない。

 その問いに「あぁ」と応じた初は、事も無げに答える。

殿方とのがた達が命を懸けて戦っておられるのに、女子おなご達が何もしない訳にもいきません。傷ついた者の手当や炊き出しなど、少しでも力になろうと」

 言っている側から、何人かの女中が負傷者の体を温めたお湯で拭いたり持参したかゆを配ったりし始めた。これには痛みに苦しんでいた者達の顔も少しだけほころんだように見えた。

 てきぱきと働く女子おなご達の姿を眺めながら、初はさらに続ける。

「私達だけではありません。避難してきた者達からも『手伝える事はないか』と申し出てくれる方がられます。殿方には物を運んでもらったりまきを割ってもらうなど力仕事を、女子には足腰の悪い高齢の者の世話や洗濯など身の回りの事を、それぞれお願いしております。……本当に、ありがたい事です」

 しんみりとした口調で明かす初に、目を丸くする高次。

 京極家に仕える者達のみならず領民達も協力しているとは知らなかった。当主の決断の所為せいで迷惑をこうむっているとばかり思っていただけに、“どうして”という思いが強かった。

 困惑顔の高次へ、初がそっと語り掛ける。

「皆、役に立ちたいのです。愛着ある街や自分達の命を守る為に、代わりに戦ってくれる将兵達に。……勿論、殿も」

「私も?」

 思わず問い返した高次に、コクリと頷く初。

「誰も、戦をすると決めた殿へ恨み言を口にしたりとがめたりしておりません。そればかりか、『こういう時こそ恩返しを!!』と呼び掛ける者が居るくらいです」

 初の言葉ではあるが、高次はにわかに信じられなかった。八幡山城の廃城に伴い大津城へ入封にゅうほうしたのは五年前の文禄四年、統治も前例を踏襲とうしゅうしたものも多く善政をいた覚えもない。恩返しされる理由がなく、理解に苦しむ。

 戸惑うばかりの高次に、初は優しく問い掛ける。

「殿、大津の街は好きですか?」

「あぁ。大好きだ」

 高次は間髪入れず即答する。

 大津は畿内と東国を結ぶ東海道・中山道という二本の大動脈が城下を通っているので、人の往来が絶えない。都から程近い立地にあることから、京を目前に最後の休憩や日没前の到着が難しい者が宿を取ったりと、足を止める者も多い。人が止まれば銭が落ちる、銭が落ちれば商機になる。故に、旅客りょかくや運搬業を相手にした商売も盛んで、大津の街は賑わいを見せていた。高次はそうした活気(あふ)れる街が大好きで、在城している時は折を見て城下に繰り出したものだ。

 また、大津城の天守から望む景色も高次は気に入っていた。琵琶湖の他に東に目を向ければ伊吹山を中心とする伊吹山地、北に転じれば比叡山ひえいざんを始めとする比良ひら山地と、四季折々に見せる風景は高次を楽しませてくれた。気候も暑過ぎず寒過ぎず、それでいて夏の日差しも冬の降雪も感じられるので好きだった。

「この街を愛する殿のお気持ちは、民達にも伝わっております。それで充分理由になりましょう」

 温もりのある初の言葉に、高次も“そうかも知れない”と思い始めた。

 領民から慕われる領主は、善政を布くだけとは限らない。税を軽くしても統治に支障が出れば不満を抱くし、負担が重くても相応の事業を目に見える形で実行すれば納得する。税率は低いに越したことはないが、大事なのは均衡きんこうと満足度だ。敢えてもう一つ挙げるならば、“愛着を持って治めているかどうか”か。自分達の生活している街が好きならば、“もっと良くしたい”という気持ちで統治する筈だ。戦国乱世も年月を重ねて『先祖代々の土地に根差す(土地に縛られる)』考えから脱却し『主君から与えられた土地を治める』考えに移行しつつある段階で、土地に愛着を持たない統治者も出始めている。御上おかみの言い付け通りに徴税し政務を執り行う“代行者”のような振る舞いだが、高次はそうした血のかよってないやり方をしたくなかった。自分の出来る範囲で領民の暮らしぶりを知ろうと努め、要望に応えようとしてきた。そうした姿勢が領民達に伝わっている。初はそう言いたいのだ。

「殿の抱えている重責や辛苦しんくを替わって差し上げる事は出来ません。れど、殿お一人で抱える必要はないのです。皆で少しずつ背負えば、少しは軽くなるでしょう」

 それから、初は高次にペコリと頭を下げてから行ってしまった。傷ついた者に声を掛けたり背中を優しくさすったり、湯の入ったたらいを運ぶなど献身的に動き回る。

 暫く皆が一生懸命働いている姿を見つめていた高次は、自分が思い違いをしていた事を痛感させられた。

(……そうだ。失ったものもあるが、まだ大勢の命を預かっているのだ。これくらいでくじけてたまるものか)

 折れかかっていた心が、スッと直立する。鉄が熱せられ叩かれる事ではがねになるように、高次も武将として一歩成長を遂げた気がした。

 自分一人で戦っているのではない、将兵に領民と一緒に戦っているのだ。信じている想いに応える使命を胸に、高次は前を向いていこうと胸に誓った。

「翁」

「はっ」

「負けたままでは、終われないな」

 その一言に、翁は目を大きく見開いた。想定以上の損害にしおれていた気持ちに、高次からかつを入れられた気分だ。

「……そうですな。寄せ手に一泡吹かせてやりましょう」

「おいおい、何をそんなに遠慮しておる。一つどころか大いに吹かせてやろうぞ」

「おっと、これは失礼」

 自らの至らない発言にペチッとひたいを叩く翁。直後、二人は愉快ゆかいそうに笑った。

 数も勢いも強さも上回る相手に圧倒された初日だが、京極勢に悲愴感は全く無い。それどころか、一致団結し難局を乗り越えようとする空気に包まれ、高次や将兵達に勇気を与えた。



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